61.充電期間
レフィルト国に戻って来ても、すぐに日常に戻ることはできなかった。
まず変わったこととして、住む所がルクリオス殿下の別邸に逆戻りになった。犯人が捕まっているとはいえ誘拐事件にあったばかりな以上、より安全な場所にいた方が良いという話になったのだ。といっても家自体が変わったわけではなく、怪我が治るまでの期間限定の話だ。いっそ今の家を引き払って戻ってきたらどうかと殿下には真顔で言われたのだけれど、「甘やかさないでください」と丁重にお断りさせてもらった。
そして当然のようにリリーさんに世話を焼かれている。日常生活を送るくらいなら問題なく回復しているのだが、いそいそと彼女が料理や掃除をしてくれるのだ。以前なら手伝いくらいは許容してくれていたのだが、今回は「休んでください…」と譲ってくれず。あまりに快適すぎて、そのうちわたしはダメに―自力で生活できなく―なってしまうかもしれないと密かに怯えている。
また怪我が完全に治るまでは、雇ってもらっているクリンゲル店もお休みさせてもらうことになった。事前にシャラさんたちにわたしが事件に巻き込まれたという話を通してもらっており、お休みの許可ももらえたとリリーさん経由で聞いて。本当なら直接顔を出したかったのだけれど、怪我した状態で会いに行っても心配をかけるだけだろうと諦めた。
逆にシャラさんたちの方からお見舞いに来てくれようとしたそうだが、あまり殿下の別邸を色々な人に知られるのは良くないからと叶わなかったらしい。
そうして数日、殿下の別邸で大人しく療養に務めていた。その間、顔を合わせる相手と言えばリリーさんくらいだ。あとはオリバーさんが仕事終わりに顔を出してくれるくらいか。護衛役のガラットは殿下の家にいる間はさすがに不要だろうということで、しばらくは通常の警備隊の業務に戻るそうだ。彼もこの家の詳細は知らない。
ルクリオス殿下とシェルディさんは誘拐されていたわたしを探す過程で、王城で無茶をしたらしく。しばらく謹慎を言い渡されたと聞いている。お二人がそれぞれ「早くアシェラ(未来視の魔法使いさま)に会いたい」と嘆いているという話を、オリバーさんから聞いて苦笑してしまった。
「今日はアシェラさんにお願いがありまして」
謹慎中の殿下からの手紙を届けてくれたオリバーさんが、そう切り出した。殿下は会えない代わりにこうしてちょくちょく手紙をくれた。わたしが返事を出す際もオリバーさんに託しているので、彼には伝書鳩のような役割をさせてしまって申し訳ないと思っている。
「何でしょう?」
「俺と一緒に魔法研究所に行ってもらえないでしょうか? 本当は怪我が完治してからと思うのですが、ハカセが未来視の力を早く研究したいと聞かなくて…」
あんな人でも権力は本物なんです、というオリバーさんは遠い目をしていた。彼の様子から見て、きっとハカセのことはギリギリまで止めてくれていたのだろう。それがとうとう爆発して、抑えられなくなったというところか。
「だ、ダメです…!」
良いですよ、と言おうとしたわたしの台詞を遮るようにリリーさんの声が響いた。驚いて振り向けば、珍しく険しい表情をした彼女がポットを抱えて立っていた。
「アシェラ様は、まだ怪我の具合が良くないんですよ…顔の傷は良くなってきましたが、腕や足、背中は、ひどい青あざが残っていて…!」
「うん、やっぱりそうだよな…」
「オリバーも、何を考えているの…!? 上の人に命令されたからって、そんな言い方されたのでは、アシェラ様が断れるわけないでしょう…!」
いつも下がっている眉を吊り上げたリリーさんの手元で、ポットがカタカタと音を立てて揺れている。彼女の感情と連動するように、ポットの中でお茶が暴れているようだ。怒るリリーさんの前で、オリバーさんがしゅんと肩を下げていた。
「り、リリーさん、オリバーさんのせいではないんですし、そんな責めなくても…」
「でも、でもそんな話を持ってくること自体が…!」
「オリバーさんだって、上の人に命令されたんじゃ逆らえないですよ」
リリーさんはまだ納得できないようだったが、少なくともポットのカタカタ音は収まった。少し冷静になってくれたらしい。
「オリバーさん、わたしは構いませんから、魔法研究所に行きましょう。しばらく魔法が使えない状況に置かれていて、異常がないか自分も気になりますし」
療養に専念していたので、ただでさえ体力を奪われる未来視の魔法はしばらく使うなと殿下に言われていた。
正直、ルクリオス殿下といい、リリーさんといい、過保護にされすぎている気がする。確かに怪我はあちこちに残っていて―ダリアが好き放題あちこち叩いたり蹴ったりしたせいだ―まだ時折痛むこともあるが、普通に動くくらいなら問題ないのに。そう思いながらも心配してくれる気持ちが嬉しくて、ふたりの言葉に大人しく従っているわたしも大概だけれど。
最終的にリリーさんが折れた。残念ながら彼女は研究所へ入場する権利がないそうなので、代わりにオリバーさんがわたしの傍を片時も離れないという条件が出された。過保護だなぁと呆れながら、同時に嬉しいと思ってしまう自分はやっぱりすでにダメになっているのかもしれない。
宣言通り、その後支度を済ませて魔法研究所に足を運べば。ものすごい勢いで歓迎してくれるハカセによって、色々と装置を取り付けられて何やら調べられた。正直何が何か分からなかったので、『何やら』としか表現できない。
結論として、わたしの未来視の力には特に異常がなかった。わたし自身の未来は幸いにも視えなかったけれど、代わりにハカセが椅子からひっくり返っている様子が視えたのだ。きちんとそのことは伝えたけれど、果たして彼がその忠告をちゃんと聞いていたかは分からない。「うわぁ、未来視の力で自分のことを言い当てられるなんて、感動ですねぇ」と興奮した様子で、内容は話半分だったようだから。
その状態を見ていたオリバーさんから「よくあることなので気にしなくて大丈夫です」冷めた表情で伝えられたので、まあ良いかと思うことにした。果たしてよくあることは『興奮のあまり人の話を聞かない』ことなのか『椅子からひっくり返る』ことなのか気になったが、ハカセのことだからきっとどちらもだろう。
一通り調査が終わって、取り付けられていた装置が外されて一息ついていた時だ。
「んー、やっぱりダメですねぇ」
「え、何かありましたか? ちゃんと力は使えそうなんですが…」
「ああ、そちらは問題なさそうです。いえね、以前もそうだったんですが、未来視の力を上手く吸い取れないんですよぉ。装置に問題はないはずなんですがねぇ」
何でだろうなぁ、とハカセはその『以前』の時にも手錠のような装置をひっくり返している。
「未来視はその人自身の中で完結して、外に出力されるものではないからかなぁ?」
「出力…?」
「たとえばぁ、そこの通信の人の力であれば、目には見えない力を第三者に向けて放つでしょう? そうしてその力を受け取った第三者と心の中で会話ができる。いわばその人たちの間には見えない『糸』が繋がっているわけです。ぼくが作ったこの子は、その『糸』の繋がりの一部をちょちょいと拝借しているイメージなんですよぉ」
この子、と装置を指さすハカセに、わたしは曖昧に頷いた。分かったような分からないような。とにかく外に向けて魔法の力が働くようなタイプでなければ、上手く動かないということだろうか。
「あれ、でもそうするとシェルディさんの力はどうやってもらっているんですか?」
彼女の『嘘を見破る』力も、文字通り嘘をついているのか否かを彼女自身の目で見分けるというものだったはずだ。そうすると魔法使い自身の中で完結しているように思えるけれど、聞くところによるとシェルディさんは定期的に魔法を提供している。
「あぁ、見破りの人はちょっと特殊な装置を用意してるんですよぉ。そういう意味では、未来視の人にも専用の物を作る方向で考えた方が良さそうですねぇ」
「そういうつもりで言ったわけでは…」
「いやぁ、すでにある子たちの改良は日々してますが、新しい子を生み出すのは久しぶりですねぇ。腕が鳴ります。あ、もし希望の形とか色とかあったら事前に言ってくださいよぉ。どんな物でもお答えしてみせますからぁ」
丸眼鏡の向こうで瞳をキラキラどころかギラギラと輝かせるハカセの圧に、わたしは何も言えなくなった。助けを求めるようにオリバーさんを見上げると、わたしが何を言いたいのか察してくれたらしい彼は首を横に振る。
「ああなったハカセには、もうこちらの声は聞こえていません」
ハカセはギラギラしながらまだ見ぬ装置について何事かを早口で呟いている。今わたしが目の前から消えても気付かないのではないだろうか。それくらい自分の世界に入り込んでいるように見える。
もしかして、わたしが魔法を目にした時もこんな感じの勢いなんだろうか。ふとそう考えて、ハカセをしばし観察する。
………うん、気を付けよう。
「ハカセ、用が済んだのであれば我々はそろそろ帰りたいのですが」
「もう少し装飾を増やしたいとは思っているんですがそこはやっぱり予算が―――」
「ハカセ!」
珍しくオリバーさんが声を張った。そうすれば漸くハカセと目が合う。
「はい、何でしょうかぁ?」
「………我々はそろそろ帰っても良いでしょうか?」
すごくげんなりとした声だった。オリバーさんから分かりやすく感情を引き出すだなんて、リリーさんとハカセくらいではないだろうか。いやそこを同列で並べるのはリリーさんに失礼か。
「あぁ、そうですねぇ。未来視の人から魔法がいただけない以上、今日はもう良いですよぉ」
「ありがとうございます」
「うーん、これから洗脳の人の研究とか催眠道具の不具合について原因調査やらあったんですがねぇ。さらに新しい装置もだなんて…忙しくなるなぁ」
口調だけは困っていそうな雰囲気だったが、ハカセはにこにこと満面の笑みを浮かべている。本当に楽しそうだ。
オリバーさんに促されて部屋を出ようとしたのけれど、聞こえてきた内容が気になってつい足を止めてしまった。




