60.5.舞台裏では
時は少し遡り。アシェラがダリアたちに捕まり、姿を消していた間の話。
ルクリオスたちが必死の捜索を行い、旧水路が怪しいという目星がついた後のこと。
「…つまり、もうひとりいるということですわね。未来視の魔法使い様に危害を加えた愚か者が、王城に」
そう言って怒りに身を震わせたシェルディの行動は早かった。そのまま王城へと向かい、犯人探しを強行したのだ。片っ端から「あの日、未来視の魔法使いさまを襲ったのはあなたですか!?」と声をかけ、嘘をついていないか彼女の力で見定めるという力技を。
そんな彼女を諫められる立場のルクリオスも一緒になって探す側に回ったため、最早王城に逆らえる者はいなかった。正確には、唯一止められる立場である王が静観を貫いていたのだ。
第二王子と、国にとって重要な立場にいる令嬢。最凶の組み合わせを前に、使用人も城に務めている貴族も、大臣すら逆らうことができなかった。失礼だと叫んで逃げ出そうとした猛者もいたが、そんな人物の前にはガラットとリリーが立ちはだかり、最終的にシェルディが胸倉を掴みあげるという荒業を見せた。彼らから離れたところで、オリバーが「この後始末書かな…」と頭を抱えていたのは余談である。
そうして端から城を回っているうちに、シェルディが犯人を見つけたのだ。
「違うって言いたいんですけど、シェルディ嬢の前だと無駄ですよね?」
シェルディの問いかけにそう答えたのは、見回りから帰ってきたばかりのラウレルだった。
ラウレルは見回りで先ほどまで街に出ていたため、王城での犯人探し騒ぎを知らずに逃げる暇がなかったのだろう。仕事の報告をするため、警備隊本部へと向かうべく庭を歩いていたところを捕まった。
彼の答えに驚き固まるシェルディを、ガラットが素早く引き剥がして自身の後ろに庇った。同時にルクリオスとオリバーも身構える。そんな彼らに囲まれながらも、ラウレルは笑みを絶やさずに両手を上げて「抵抗しませんよ」と軽い口調で言った。
離れた位置で成り行きを見守っていた、ラウレルと同じく見回りから帰ってきたばかりの警備兵のひとりが困惑した表情で立ち尽くしている。彼はすでにシェルディから無実の判定を受けていた。ルクリオスが彼へ、王に現状を報告するよう指示を出す。警備兵は困惑しながらも、命令に逆らうことなく城の中へと走って行った。
「あなたが、未来視の魔法使いさまを攫ったということですわね?」
「そうですね。ついでに、この国に爆弾騒ぎを巻き起こしている奴らの仲間でもあります」
「そこまで話が広がんのかよ…」
「むしろ国に悪さしている奴らが同じなんだから、喜ぶべきところじゃない?」
どの口が言う、とガラットが青筋を立てる。本当ならすぐにでも身動き取れないようにしたかったが、すぐ後ろにいるシェルディを守ることを優先し、ガラットは剣の柄に手をかけたまま様子を伺っていた。
「抵抗しないんだな」
「この状況じゃあさすがに諦めますよ。せめて殿下がいなければ、ガラットを操って暴れさせている間に逃げることも考えますけど…あなたがいたんじゃ、ガラットを無力化した上でボクを捕まえるのも容易でしょう」
「はあ? 何で俺が暴れるんだよ」
「ボクの『魔道具』、催眠の力が使えてさ。これを使えば周りを敵だと思い込ませることくらいはできるよ。ていうか、実際前にそうしたし」
「…前?」
「オリバーと剣まで持ち出して喧嘩した時があったろ。アシェラ・シプトンと初対面の時。あれ、ボクがガラットに催眠かけたんだ。『オリバーはお前を蔑んでいる敵だ』って。ついでに怒りも冗長させるように吹き込んだっけな。その騒ぎのどさくさで、旧水路の鍵を盗んだんだよね」
「は」と呆けた声がガラットの口から洩れる。
シェルディはあまりの不愉快さに吐き気を覚えた。彼女の目には、ラウレルが事実を言っていることが分かってしまう。
「お兄さま…」
心配そうに見上げれば、兄は怒りで顔を真っ赤に染め上げていた。唇を強く噛みしめて何とか耐えているようだ。おそらく自分を庇っていなければ、兄はそのままラウレルに殴り掛かっていたのではないだろうかとシェルディは思った。
「自分の手の内を明かすということは、何か考えがあるということか?」
ルクリオスも険しい顔でラウレルを睨みつけた。アシェラに危害を加えただけでなく、色々な騒ぎの元凶だったとは。彼の怒りを表すように、風が強く吹き荒れている。
「心配しなくても大人しく捕まります。でも、その前に取引をしませんか?」
ラウレルの言葉はすべて真実だ。それが分かるシェルディだからこそ、何故これから捕まる身の上の彼がこんなに余裕そうな笑みを浮かべているのか分からなくて、薄ら寒さを覚えていた。これまでの会話から出てきただけでも、ラウレルの罪は重い。おそらく他にも出てくるだろう。死に物狂いで抵抗してもおかしくない場面だというのに、軽い態度の相手がかえって不気味だった。
その不安から無意識に兄の手を握り締めれば、安心させるように向こうも手に力を込めてくれた。
「そちらが交渉できる立場だと思うか?」
ルクリオスが鋭い視線を向けても、ラウレルは肩を竦めただけだった。
「価値ある情報を提供できると思いますよ? たとえば――未来視の魔法使いを閉じ込めている場所とか」
風の塊が頭のすぐ横を通り過ぎて行った。そう理解した瞬間、ラウレルが初めて顔色を変えた。通り抜けていった突風から発生した音で、耳鳴りがしている。
「言い方に気を付けろ。こちらは取引などせず、実力行使に出ても良いんだからな」
「…失礼しました。ただ情報については本当です。他にも相手の人数、使ってくる魔法や今後の動き方や目的、ボクが知っているものはすべて提供します」
抵抗するつもりはないという意思表示か、ラウレルは手を頭の高さに掲げて膝をついた。その顔に先ほどまで浮かべていた笑みはない。ルクリオスの怒りを買うことは適切ではないと考えたらしい。
「殿下、話に乗る必要などないでしょう。力づくで口を割らせましょう」
「取引ができないならボクは全力で抵抗します。たとえ捕まってもそう簡単に話す気はありません。結果的に時間がかかって、その間に相手は行動を開始するでしょうね。そうなれば二度と未来視の魔法使いには会えないと思ってください。そういう計画ですから」
剣をわずかに引き抜いていたガラットが舌打ちした。
ルクリオスも忌々しそうにラウレルを見下ろす。しばし睨み合いが続いた。
「………お前の要求は何だ」
先に折れたのはルクリオスだった。
「無罪にしてくださいとは言いません。罰は受けます。ただ命だけは保証してください。ボクが求めるのはそれだけです」
「え、そ、それだけ、ですか…?」
後方に控えていたリリーが思わず呟いた。しかし彼女の台詞は全員の気持ちを代弁したものだ。ルクリオスたちも怪訝そうにラウレルを眺めている。何か裏があるのではないか、という疑いの視線を向けていた。
「これまでの自分の罪を考えれば死刑が妥当でしょう。でもボクはどうしても死にたくないんです。だから生かしてもらえるなら何でもします」
「…嘘は言っていないようですわ」
「死にたくないってんなら、そもそもこんなことやらかしてんじゃねぇよ」
吐き捨てるようなガラットの言葉に、ラウレルは「そうかもね」と苦笑した。
「命の保証さえあれば、お前はこちら側に付くんだな」
「誓って」
「―――もし裏切れば、その場で切り捨てるからな」
ラウレルはルクリオスの鋭い眼光に喉を震わせた。唾を飲み込んで、何とか「ありがとうございます」頭を深々と下げる。
ルクリオスがオリバーに視線を送ると、彼は静かに頷いた。
【常に魔法でラウレルの居場所は把握するようにします。もし変な動きを見せたらすぐにご報告しますね】
オリバーの声が直接ルクリオスの頭に響いた。オリバーの魔法だ。ルクリオスも声には出さず、心の中で「頼んだ」と伝える。
シェルディの力でラウレルが真実を話していることは分かっているが、それでも完全に信用することはできなかった。安全策として、秘密裏に監視を付けておくくらいは必要だろう。
「交渉成立ということで良いですか? ボクの命は保証していただけるんですよね?」
「ああ。オレの立場に誓ってやる」
「ありがとうございます。精一杯努めます」
心底安心したという様子で、ラウレルは改めて頭を下げた。
ガラットとシェルディは不満げな顔をしていたが、アシェラのことを考えて自身の気持ちを抑えているようだ。
その後宣言通り、ラウレルは全ての情報を洗いざらい吐いた。
首謀者はアシェラの義姉であるダリアで、彼女が使う魔法のこと。潜伏先。組織に所属する人間の数や特徴。北への亡命を目的としていること。等々。
その過程で、アシェラを救うための作戦もラウレルが提示して。紆余曲折はあったものの、最終的にルクリオスたちはその案に乗ることにした。時間が惜しいということもあったし、ラウレルが変な動きをしてもどうにかできるだろうという目算もあった。
「ではボクは準備ができ次第、ダリア・イリシオスたちに合流しますね」
「準備?」
「はい。つきましては殿下、研究所への出入りを許可していただけませんか?」
ルクリオスが訝し気に眉を寄せる。他の面々も同様だった。
魔法研究所はその名の通り魔法を研究している場所で、レフィルト国では重要な施設として扱われている。当然、関係者以外は立入禁止だ。
「お前、何か妙なこと企んでるんじゃねぇだろうな?」
「まさか。悪さをしに行くわけではありません。ただボクが抱えている問題を解決してもらえないかと思いまして」
「そんなことをお願いできるような立場だと思いまして?」
「でもこれは必要なことなんですよ。今のボクが向こうに合流しても、このままでは怪しまれてしまうので」
「…理由を詳しく話せ」
ルクリオスの言葉に、ラウレルは素直に頷いた。徐に自身の耳飾りを指さす。
「ボクの『魔道具』、数日前から使えないんですよ」
「使えない?」
「はい。全く機能しないんです。このせいでレフィルト国から離れるに離れられなくて、ボクはまだ国に留まっていたんですよね」
そうじゃなきゃとっくに逃げてましたよ。そう苦笑するラウレルに、何とも言えない視線が突き刺さる。そのまま流れるように全員分の視線はシェルディに移動した。「嘘か?」とルクリオスたちの瞳が訴えている。
「事実のようですわ」
「この期に及んで嘘はつきませんって。とにかく『魔道具』が使えないままだとダリア・イリシオスに怪しまれるでしょう。アシェラ・シプトンを庇うにも、使えるようにしておきたいと考えています」
「使えなくなった理由に心当たりはありませんの?」
「分かりません。アシェラ・シプトンを誘拐した日を最後に使えなくなりました」
「それなら天罰でも当たったんじゃありませんこと? そもそもレフィルト国で作った『魔道具』ならまだしも、そうでないなら直る保証はないと思いますわ」
「そうしたら諦めますよ。ただその場合は別の作戦を考えた方が良いと言っておきますね。ダリア・イリシオスは用心深いので、少しでも怪しまれる要素は排除していくべきだと思います」
結局ラウレルの催眠の『魔道具』は研究所に持ち込まれることになった。新しい研究材料にハカセが暴走し、質問攻めにあったラウレルが珍しく疲弊していたのは余談である。
ラウレルの監視役にはガラットとオリバーが付くことになった。レフィルト国から離れられないシェルディの護衛のことを考えてガラットは残ることになるが、国にいる間だけはとガラット自身が立候補した形である。
今後の方針が決まり、それぞれ行動を開始しようとしたところで。
「そういやラウレル、お前さっき、俺を操って暴れさせることもできるみたいなこと言ってたよな」
ふと思い出したとばかりにガラットが口を開いた。
「言ったね」
「でも今、お前は催眠が使えないんだよな?」
「そうだね」
「………つまり嘘だったってことか?」
「違うよ。だいたい、嘘をついたらすぐにシェルディ嬢に見破られるじゃないか」
「確かにあなたの発言に嘘はありませんでしたわ。でも矛盾しているじゃありませんの。どうやってお兄さまに催眠をかけるつもりだったのです?」
「ボクは『ガラットを操って暴れさせている間に逃げることも考えます』って言ったんだよ。あくまで『考える』ってさ。『する』とも『できる』とも言ってないでしょ?」
「ね、嘘じゃないでしょ?」あっけらかんとラウレルは笑う。そんな彼に、ガラットの拳とシェルディの張り手がそれぞれ叩き込まれた。




