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52.裏切り

 捕まってからどれくらい経ったんだろう。ぼうとする頭でそう思った。時計はおろか窓すらないこの部屋では、時間を把握することが難しい。少しでも楽な姿勢を取ろうと壁に背を預けているけれど、ほとんど全身が痛くて意味がないような気がしてくる。


「(分かったことは、ここはおそらくダリアたちの隠れ家。この部屋は地下室。扉の向こうは出口ではなくて、ただの廊下だった。その向こうから男性の声がしたから、別の部屋に繋がっている可能性が高い。人の声は常に3人以上は聞こえてくるから、交代で寝起きしているっぽい。最低でも10人はダリアの仲間がいる)」


 率直に言って、脱出は絶望的だった。

 ただでさえ腕力がない上、そもそも縛られて体の自由がきかない状態。隙を伺おうにも、そもそも誰もいないという状況を作らないようにしているようだ。せめて未来視の魔法が使えれば希望はあるのだけれど、と魔封じの縄を見下ろした。何とか外せないものかと石造りの壁にずっと擦っているが、今のところ千切れそうな気配はない。


「(逃げられる可能性があるとしたら、移動の瞬間…)」


 「人が揃ったら北に向けて出発するわ。二度とこの地を踏むことはないから、よーく目に焼き付けておきなさいね?」少し前にダリアがそう笑いながら言い残していったのだ。移動中ならばわたしにばかり注意するわけにはいかないし、意識は分散されるはずだ。犯罪組織がまさか目立つ道を選ぶはずはないから、きっと森の中など、視認性の低い道を進むはず。そうなれば、わたしの足でも撒ける可能性はある。


「…0パーセントが1パーセントになるくらいだけれど、ね」


 苦い笑みが思わず零れた。


「シェルディさん、大丈夫かな…まあガラットと、ついでにラウレルが助けに行ったし、きっと大丈夫だよね…」


 がりがり。壁に縄を擦り付ける微かな音だけが聞こえる。腕が痛くてあまり強くできないのがもどかしい。


「お店を無断欠席しちゃって、シャラさんとご主人には申し訳ないな…そういえば、結局クロエちゃんにペンダントを読み取ってもらった結果、何が見えたのか聞けてないや…」


 喉が渇いた。お腹もすいた。わたしに餓死されたら向こうも困るだろうし、次ダリアが来たらせめて水くらいは要求してやろうか。


「リリーさんは優しいから、きっと心配してくれてるよね…あわあわした勢いで倒れちゃってないかな…ああ、そうなったとしても、オリバーさんが付いててくれるか…」


 がりがり。がりがり。腕がつりそうだ。もう結構な時間頑張っているつもりだけれど、全く外れる気配がないのはさすが罪人仕様だと技術を誉めれば良いのだろうか。


「ルクリオス殿下に、は…」


 がり。音がしなくなった。無意識に腕の動きを止めてしまっていたと気付いたのは、一拍遅れてからだ。


「………会いたいなぁ…」


 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。それでも常につき纏う不安や心細さが限界だったのだろう。そう他人事のように考えて。

 我慢していたものが、とうとう決壊した。ぼろぼろと零れる涙を拭うこともできず、わたしはその場に蹲った。




 立てた膝に頭を埋めて、声を押し殺しながら泣くことしばらく。わたしの耳に、誰かがこの地下室に向かってくる音が聞こえてきた。

 すぐに部屋の扉が開く。ここに立ち入るのはどうせダリアしかいないのだ、わたしを嘲笑うために。涙など見られたら高笑いでもされるのではないだろうか。絶対に顔を上げまい。そう思って姿勢そのままに寝たふりをしてやろうと思ったのだけれど。


「あれ、せっかくだから様子を見に来たんだけど、寝ちゃってる感じ?」


 覚えのある声に、弾かれたように顔を上げた。軽薄そうな響きの、男性の声。


「なんだ起きてるなら返事してよ」

「な、んで…」

「あ、その顔もしかして泣いてた? ていうかひっどい扱いされてたみたいだねー、せっかく可愛らしい顔してるのに、そんな腫れちゃってさ」


 そんなのはどうでもいい。部屋に入ってきた男性にそう吐き捨てたかったのだけれど、衝撃が大きすぎて言葉にならなかった。だって。


「何で、あなたがここにいるの………ラウレル」


 レフィルト国の警備兵である彼が、いつもの何を考えているのか分からない薄い笑みを浮かべて、目の前に立っているのだから。


「んー? ほら、よくあるでしょ? 『味方に紛れ込んだ敵』って。物語の定番みたいなやつ。ボクもそれをやってたんだ」


 にこりと笑う男に、わたしは言葉を失った。

 別に彼のことを信頼していただとか、特に何か思うところがあったわけではない。正直あまり関りはなかったし、ショックだとかそんな感情を持ち合わせるほどの絆なんかないし。ただレフィルト国の警備隊だなんて重要なポジションに、ダリアの仲間が入り込んでいたことに驚きを隠せなかった。


「どうして…」

「あぁ、どうしてこの組織に所属しているボクが、レフィルト国の警備隊になれたかってこと? それともそもそもどうして魔法使い反対活動の組織に参加しているかってこと?」

「…どちらも。色々聞きたいことはあるけれど、答えてくれるの?」

「別に良いよ。ボクが戻ってきた以上、みんなここから発つ準備を始めているんだけど、まだしばらくかかるらしいんだよね」


 暇だからおしゃべりしようよ。

 そう軽く言う目の前の男が、不気味に見えて仕方なかった。彼の耳元で黒い宝石が音を立てて揺れた。




 ラウレルは一方的に生い立ちやらなにやらを話した。にこにこと笑みを浮かべているのだけれど、感情を感じない、いっそ無機質とすら感じるような表情を終始張り付けながら。


 彼はこれから向かおうとしている北の地の出身で、魔法使いの母親から生まれた。父親の顔は知らない。母親は『催眠』という、他者に対して思い込ませる―「君は眠いんだよと言えば言葉を聞いた相手は本当に眠っちゃうし、動かないでって言えば本当にその場で立ち止まってくれる感じ」―力を使えたらしい。性質としてはダリアの洗脳魔法と近いけれど、彼女の力はその恐ろしい響きとは裏腹に制限が多いものだった。ラウレル曰く、「発動させてもひとりにしか効果ないし、割と近くにいないとそもそも効かないし。効果時間もそんな長くないんだよね。せいぜい5分くらいかな。あと精神強い人には弾かれちゃうしー」とのこと。また彼の母親自体が善人だったため、彼女は決して力を悪用するようなことはなかったそうだ。「ボクとは正反対のできた人『だった』よ」

 多くの魔法使いがそうであるように、彼の母親も魔法使いであることを隠して暮らしていた。それはそれは貧しく、ラウレルは幼少期苦労していたとか。自分と息子の、その日のパンを何とか手に入れるために日銭を稼ぐ日々。そんな時彼女は魔法使いを保護している国があると知る。「まあ飛びつくよね。あの人、すぐに遠路はるばるレフィルト国に申請出しに行ったよ。受理されるまで時間がかかるって言われたから一回国に帰って。そうしたらどっかから『あの女はレフィルト国に行こうとしている魔法使いだ!』って噂聞きつけた近所の奴らが家に押しかけてきてさー。あの人、ボクを守って死んじゃった」

 にこにこ。無機質な笑みの下で、ラウレルがどんな感情でそう語っているのか、わたしには分からなかった。

 孤児となったラウレルだが、そこからは本人曰く「あんま苦労せず生きてきたよー」らしい。ラウレルがいつも左耳に着けている黒い宝石―わたしは勝手にレフィルト国の身分証だと思っていた―は、彼の母親が自身の魔法を込めて作った『魔道具』だった。彼はその力を悪事に使いまくって強かに生きてきたそうだ。




「レフィルト国への魔法使い反対活動に参加したのも、正直成り行きみたいな感じでさ。たまたまつるんでた奴らがそういう危ない方向に行っちゃったみたいな。まあ憎い魔法の力である『魔道具』を使いまくってるボクを置いている時点で、中途半端な奴らだよね」

「…仲間に対して、随分な言い草なんじゃないの」

「あはは、仲間かー。面白いこと言うね。君、勝手に後ろ付いてきた野良犬に名前つけるタイプ?」


 無視した。ラウレルは気にした様子もなく椅子に座って足を揺らしている。

 何気にわたしにも椅子を持ってきて座らせてくれたので、だいぶ楽な姿勢が取れているのだけれど。一見親切に見える行動の真意が分からなくて正直気味が悪い。


「レフィルト国への活動をするにあたって、スパイが必要って話になって。あいつら満場一致でボクを潜入係に任命したんだよね。この『魔道具』の力があれば、何でもできるだろうってさ。ボクも他の奴らには無理だろうって引き受けたんだけど、本当すっごい苦労したんだよ? まず入国審査が厳しいのなんの。何とか潜り込んでもまともな身分証もないものだから普通に暮らすだけでも難しいしさー。地道に話術と催眠で人脈増やしていって、何とかレフィルト国の警備隊に入り込むのに数か月かかったかなー。結局身分証だけは偽装できなくて、必要になるたびに催眠使って誤魔化して。いやあ冷や冷やしたよ。そうそう、偶然にもあの人が残してくれた『魔道具』がレフィルト国の身分証と同じ形しててくれたのは幸運だったよね。日頃の行いが良かったのかな?」

「………」

「しかもバレないように他の奴らの潜入手引きまでさせられてさー。ボクだけ仕事量多すぎるって感じだよね」

「手引き?」

「そう。即位記念祭で君とリリー・プルーフォリーを襲ってきた奴らいたでしょ? あれ、あの日のためにボクが街の中に引き入れてたんだ。ついでに君が未来視の魔法使いでボクらの邪魔しようとしているってチクって足止めに向かってもらった奴らだったんだよね。最終的になんか他の奴が先走って口封じとして殺しちゃったけど。あとは今回のシェルディ嬢誘拐未遂事件に関わった奴らも、ボクが国に入れたよ」

「…誘拐未遂? ということは、シェルディさんは助かったの?」

「あれ、そっか知らないのか。君とガラットの活躍でシェルディ嬢は無事だよ。代わりに君が犠牲になっちゃてるけどねー」


 思わず安堵の息をついた。瞬間、ラウレルは何故か目を見開いて、次いで先ほどまで浮かべていた笑みを消して無表情になった。あまりの変わりように背筋に冷たいものが走る。


「何で安心しているの? 自分がまさにピンチの状態なのに」

「わたしとシェルディさんの状態は関係ないでしょう? 単に、シェルディさんが助かったことが嬉しいと思っただけ」

「今回に関しては本当にそうかな? 少なくともシェルディ嬢を見捨てていれば、君はこんな目に遭わなかったはずだよ?」

「わたしからどんな言葉を引き出したいのか知らないけれど。わたしはシェルディさんの元に駆け付けたこと、後悔なんかしていない。もし後悔するとしたら、あの時ガラットから離れたことくらい。捕まったのは自分のミスでしかないよ」


 ラウレルは揺らしていた足をぴたりと止めた。半眼がこちらを射貫いてくる。敵意は感じないけれど、相手が不機嫌なことは伝わってきた。嫌な沈黙に冷や汗が浮かぶ。手が縛られているせいで拭えないのが気持ち悪かった。

 やがて彼はため息をついて、己の耳飾りに触れた。チャリ、と小さく音を立てる。


「イイコに生きたって損するだけじゃん。ずる賢く生きた方がずっと良い思いできるのに」




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