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50.5.届かなかった声

 アシェラと別れた後、ラウレルと共に螺旋階段を駆け上がったガラットは、今しがた妹のシェルディを保護した。

 結論として、シェルディ・ラナラージュは誘拐される寸前だった。彼が階段の終着点で見たのは、明らかにゴロツキと思われる風貌の男が7名。彼らの周りには本日のシェルディの護衛が4名―もうひとりは先ほど階下に投げ飛ばされた女性―が昏倒させられており、肝心のシェルディも意識のない状態で小汚い袋に入れられそうになっていた。

 完全に目の色を変えたガラットは身体強化の『魔道具』の活躍もあり、数の不利にも関わらず相手を圧倒した。ちなみにラウレルは本人の申告通りその弱さから何の役にも立たず。せめて足は引っ張らないようにと隅で隠れていたため、すべてを片付けた後ガラットに殴られた。


「ちょ、ちょっと待ってガラット! 一応ボクも仕事したからさ!」

「あぁ!? 何の仕事だ!? そもそもお前働いてねぇのに何息切れしてやがる!?」

「いやだってあの螺旋階段キツイって…」

「よし帰ったら俺が鍛えてやるよ。ちょうど、少し前に体力戻すために組んだ特別メニューがあるからな」

「いや、遠慮させてもらうよ。そんな特別なもの、教えてもらうほどの仲じゃないでしょボクら」

「同じ警備隊のよしみだろ、遠慮すんなよ」

「いやいや…ていうか話し戻すけど、ほらこれ見てよ。そしてもう一発って振り上げてるその手を下ろしてくれないかなぁ!?」


 左の頬を腫れさせているラウレルが掲げているのは石だった。灰色の、どこか淀んだ色のそれ。


「これ、たぶん『魔道具』だよ」

「は? にしては随分くすんでるが」

「まともに加工されてないみたいだね。ほぼ魔石に魔法を込めただけの剥き出し状態。ゴロツキのひとりが持ってたんだ。おそらくシェルディ嬢も彼女の護衛も、これにやられたんじゃないかな」

「…どういうことだよ」

「彼女に付いていた護衛はみんな手練れだよ? いくら数の不利があるとはいえ、一方的にやられるとは思えない。大方、この『魔道具』でいいようにやられたんじゃないかな」

「その護衛のひとりの癖にお前は何の役にも立たなかったがな。剣も抜かずに速攻で隠れるとか、その剣捨てちまえ」

「やだなー、ボクが弱いことは周知の事実でしょ。ボクは頭を買われて隊に所属しているんだし」


 開き直ったように笑うラウレルに、結局ガラットはもう一発拳を振り下ろした。




 ゴロツキ全員を動けないように縛り上げ、気を失った様子の護衛たちはまとめて四隅に横たわらせた。生憎とふたりだけで彼ら全員を階下に降ろすことは不可能だ。そう判断して、最優先保護対象のシェルディだけをガラットが担いで階段を下りる。

 出入口を潜ると、いつの間にか門の周辺に警備隊員が何人も集まって来ていることにガラットは気付いた。どうやらアシェラが応援を呼んでくれたようだ。ほっと息をつきながら、己の護衛対象がどこにいるのかと辺りを見回してみれば、「ガラット!」向こうからオリバーが走ってきた。その顔色が真っ青に見えるのは気のせいだろうか。


「おう、もう問題は片付いて―――」

「アシェラさんはどうした!?」


 ガラットがシェルディを抱えていることに直前で気付いたのか、オリバーは寸でのところで足を止め、彼女に触れない距離でガラットへと詰め寄る。もしオリバーがシェルディの存在に気付かなければ、ガラットへ掴みかかっていたのではないかと思うほどの勢いだった。

 彼の言葉に表情を変えたのはガラットだ。


「は? え、シプトンが応援を呼んだんじゃないのか?」


 オリバーが顔を抑えて俯いた。


「…彼女が助けを求めたから、俺たちが来たのは事実だ」

「なら、あいつは無事なんだろ?」


 ガラットは無意識に妹を抱える手に力を込める。

 アシェラ・シプトンは無事なはずだ。だって彼女は危険な場所から遠ざけたのだ。だから、きっと誰かが彼女を保護しているに違いない。そう、信じたかった。


「アシェラさんは行方不明だ。最後に助けを求める『声』を、俺が聞いてから…」






 数十分前。

 オリバーはちょうど街中をパトロールしていた。王城からぐるりと外周を回って、ちょうど半分くらい来た頃だっただろうか。彼の通信機が反応を示したのだ。


「こちらオリバー。どうかしたか?」


 オリバーは普段通り通信機を手に取り応答する。近くで何か揉め事でも起きたのだろうか。そう軽く考えていた。その時までは。


『オリバーさん…』


 ひどく弱々しい女性の声に、オリバーは目を瞬かせた。そしてそのか細い声が誰のものか分かって、すぐに顔色を変える。


「え、その声はまさかアシェラさん?」

『門、に…』


 そこでぶつりと通信が切れた。ただ事ではないとすぐに気付いた。

 門。今日はシェルディ・ラナラージュがそこで設置されている『魔道具』に魔法を込める日だったはずだ。迂闊に近寄ってはいけないと、見回りの順路をよく確認したから間違いない。


「(何故アシェラさんが門に…いやそれよりも、何か異常事態が起きたに違いない)」


 すぐにオリバーは門へと向かって走り出した。同時に己の力を使って意識もそちらへと向ける。正確には、そちらにいるだろうアシェラの心の波長へと。


【…どうにもできない。今のわたしに、もみあげさんから逃げる術は、ない】


 少しして、アシェラの心に繋げることができた。しかし余程動揺しているのか、いくら呼びかけてもこちらの『声』が届かない。辛うじて彼女の『声』が聞こえるだけだ。

 その後も苦痛を訴える叫びが聞こえてくる。オリバーはどうにもできない状況にきつく拳を握り締めた。一刻も早く門に辿り着いて、彼女を救わなければ。そう考えて通行人を避けながら必死に街中を駆けるけれど、門まではまだ距離がある。こんなことなら立入禁止区域など気にせず、いつも通りの順路で回っていれば良かった。


【どうにか、何かできない…!? 誰か…!】


 明確に助けを求める『声』。恐怖に慄く様子がしっかりと伝わってくる。

 オリバーはそこで一時的にアシェラとの繋がりを切った。すぐに彼の上司であるルクリオスへと繋げる。彼とはいつでも連絡が取れるよう整えてある―媒介となる特別なバッジをお互いに身に着けている―ため、すぐに返事があった。


「(隊長!)」

【オリバー、悪い今ちょっと大事な客が…】

「(今すぐ門に向かってくれませんか!? アシェラさんが危険なんです!)」

【どういうことだ】


 すぐにルクリオスの雰囲気が変わるのが、『声』だけで分かった。


「(詳しく説明している時間はありません。まさに今危ない状況みたいで…一刻を争うんです)」

【分かった】


 そこで彼からの反応も途絶える。おそらく今頃どこかの窓から飛び立っている頃だろうか。どんなに離れた距離でもこの街の中ならば、彼の方が早く門に辿り着けるはずだ。

 人通りの多い道に出て、オリバーは足を止めた。この中を縫っていくのは難しい。ちょうど店の並ぶ通りのため、買い物客でごった返しているようだ。胸中で舌打ちをしてから、裏道へと足を向ける。少し遠回りにはなるが、先ほどの道を通るより時間はかからないだろう。


「(アシェラさん! アシェラさん!?)」


 足は止めないまま、もう一度アシェラへと繋いだ。正確には繋ごうとした。微かに彼女の心の波長は感じられるのだが、反応が弱すぎて不安定になっていた。いくら呼びかけても返事はない。

 ここまで弱るほど精神的に追い詰められているということか。もしくは意識がないかだ。後者の方がまずい。完全にアシェラの意識がなくなるとオリバーの力でも彼女の波長を捉えることは不可能になり、同時に相手の居場所が分からなくなってしまうのだ。ちなみに彼の力が限定的な探知にも使えるのはルクリオスやリリーといった一部の人間しか知らない。

 どうにかアシェラの位置だけでも捉えておきたいという彼の思いも虚しく、すぐに彼女の波長は完全に感じられなくなった。


「(落ち着け。アシェラさんにはガラットが付いているし、隊長だって今向かってくれている。きっと大丈夫だ)」


 そう願いながら、オリバーはひたすら街を疾走した。




 ようやくオリバーが門に着いた時には、すでにルクリオスは到着していた。彼がいつも身に着けているフード付きの服が風に揺られている。何とか息を整えながら、その背中へと走り寄った。


「隊長!」

「………」

「良かった、先に着いていたんですね。状況は…」


 隊長のことだ。何でもこなしてしまう彼ならば、きっとすでにアシェラを救出して自分を待っていたのだろう。そう希望を持って彼の横へと並んで。オリバーは言葉を失った。

 ルクリオスは右手に何かを持って立ち尽くしていた。

 何か――緑色の宝石と思われるような輝きの破片と、それをぶら下げていたのだろうチェーン。無残にも粉々になっているその破片に、見覚えがあった。


「それ、アシェラさんの…」


 彼女が母親の形見だと言っていつも身に着けていたものだ。チェーンの色からしても、彼女の物と一致している。

 先日、クリンゲル店で大事そうに抱えているアシェラの姿が過った。彼女がそうそう手放すなんて…ましてや壊すような真似をするなんて、まず考えられない。


「オリバー」

「っ、はい」

「今すぐ他の隊員にも連絡を入れてくれ。人手がいる」

「分かりました。…任務内容は」


 いつものオリバーなら頷くだけだっただろう。それでもつい聞いてしまったのは、一縷の望みが捨てられなかったからだ。

 ルクリオスは右手を強く握りしめた。手のひらに破片が食い込む感触がある。これ以上割らないよう、僅かに力を緩めた。


「門の安全確保と……未来視の魔法使いの捜索だ」




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