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47.広がる影

「わたくし、以前周りから向けられる悪意を受け止め続ける人に、何もしなかったのですわ。その人は強いから、大丈夫だろうと考えてしまったのです。いえ、本当はみんなに良い顔をして、嫌われたくなかっただけだろうと今なら思います。その人は、わたくしにとって大切な人だったのに…かつてわたくしは、そんな人に背を向けたのですわ」


 ―――その人は『特別な力』が使えないというだけの理由で虐げられていました。その人に近しい人はみんなそれを持っていて、また持っていることが当然と周囲からは思われていましたから、期待外れだの異端児だのと陰口を叩かれて。最初は反発していたのですが、いつしか反論するのも疲れてしまったのでしょう。その人は向けられる悪意に何も返さないようになりました。そうすればどんどんエスカレートしていって。

 どんどんその人は荒れていきましたわ。わたくしの所には寄り付きもしなくなって…まともに顔を合わせることなど何年もなかったのです。その人はやがて剣の道に進みました。血の滲むような努力をし続けていました。その姿を隠れて見ていましたから、よく知っています。この国の中でも有数の実力者となって、その人はだんだん傲慢になっていったそうです。そうです、というのはわたくしはその姿を知らないのです。先ほども言いました通り顔を合わせることがなかったので、ご容赦くださいませね。もしかしたら意図的に避けられていたのかもしれませんわね。ああ、すみません話が逸れました。とにかく態度は悪いしすぐに喧嘩を吹っ掛けるしで、評判はまあ悪いものでしたわ。

 そうして何年も、わたくしはその人のために何もできず過ごしていたのですが…最近、とある人たちにこっぴどくやり込められたそうで、なんとその人が言ったのです。『目が覚めた』と。羨んでばかりではなく自分のできることしようと思ったとも言っていましたわ。以来、その人は変わったのです。昔のようにわたくしも仲良く過ごせるようになりました。少し前なら考えられなかったことです。わたくし、その人の目を覚まさせてくれたという方たちに感謝してもしきれないのですわ。


「でも同時に思うのです。わたくしだけでもその人の味方になって、向けられる悪意の盾になっていたら…そもそもその人に辛い思いをさせることはなくて、荒れることもなかったのではないかしらって」


 シェルディさんの言う「その人」が誰のことか、すぐに分かった。言葉をなくすわたしに、彼女は微笑む。


「だからわたくし、決めたのです。誰に対しても良い顔をするのはやめようって。せめてわたくしが大切だと思う人の味方になろう…ただ一人大切な人に好かれていれば、その他大勢に嫌われていても構わないって。だからわたくしは、あなたさまに向けられる悪意には全力で歯向かいますわ。あなたさまはわたくしにとって大切な人ですもの。

―――未来視の魔法使いさまというだけではなく、恩人ですからね」

「………」

「あなたさまも、悪意に慣れないでくださいませ。そんなもの、向けられて当然の人なんていません。何もしていないなら猶更です。…積み重なれば、どんな人であれ心が疲れてしまいますわ」


 シェルディさんの右手が、組んでいたわたしの両手の上に優しく重ねられる。先日のルクリオス殿下と同じ温かさだ。

 彼女はわたしがどう生きてきたのかなど知らないはずだ。もしかして特別な力を持つ彼女の目は、嘘だけでなく過去も見えるのだろうか。


「差し出がましいことを申し上げましたわね」

「そんなことありません。とても嬉しいです。ありがとうございます、シェルディさん」


 瞬間、ぴたりと彼女が固まる。目に見えて動きを止めた彼女に首を傾げた。「シェルディさん?」びく、と華奢な肩が跳ねる。


「…あ、あぁ…」

「え? どうしました?」

「未来視の魔法使いさまに名前を呼ばれてしまいましたわー!」


 「ていうかわたくしったら触っているじゃないの!? わざとではないのです、あぁでもこれはしばらく手を洗えないですわぁ!」と例の顔で飛び跳ねる彼女に、わたしは無言で身を引いた。残念ながら座っているので少しだけ空間が空いただけだけれど。


「やめろバカ妹!」

「きゃんっ」


 ぴょんぴょんと跳ねていた彼女の頭をガラットが押さえ込んだ。いつの間にか、というかおそらく彼女の響き渡っていた声を聞いて戻って来ていたようだ。


「店の方にもお前の声響いてんだろうが、静かにしろ!」

「ご、ごめんなさい…でもお兄さま、わたくしの名前を未来視の魔法使いさまが…!」

「おいシプトン、こいつの名前呼び続けていっそ気絶させてくれ」

「嫌ですわそんな貴重なシーン、覚えておきたいじゃありませんの!」


 またしても口論を始めるラナラージュ兄妹。ただ彼らのやり取りを、先ほどのシェルディさんの話を聞いた今はつい穏やかな気持ちで眺めてしまう。彼女の大切な人――兄であるガラットとは、喧嘩どころか何年も口を聞いていなかったそうだから。そんな空白期間を埋めるためにも必要なことなのだろう。

 しかしあまり大声で騒ぐのは良くない。ここは人様のおうちで、この家はクリンゲル店と繋がっているのだし。そろそろ止めるべきだろうか。そう思ってわたしが声を上げようとしたのと同時、2階からバタバタと足音が聞こえてきた。何事かと思わず言葉を喉奥に引っ込めれば、階段から鬼の形相をしたクロエちゃんが現れて。


「ちょっとあんたたちうるっさいんだけど! 疲れてるんだからゆっくり寝かしてよ!」






「くそっ!」


 だんっ、と壁に手を叩きつけて、悪態をつく男が路地裏にいた。レンガで造られたそこに強く拳を打ち付けて、彼の手の方が僅かに赤くなっている。しかし怒りで身を震わせる今の彼はその事実に気付いていない。もみあげが長くて特徴的なその男は、先ほど護衛として付いていたシェルディ・ラナラージュに追い返されたばかりだった。


「何で俺がこんな目に…何もかもあの女のせいだ…」


 この国の在り方を変えた未来視の魔法使い。それと同じ力を持ったあの忌々しい女。

 魔法。それだけでこの国では『特別』になれる。ただ生まれた時に決められたそれだけで決めつけられる。使えるか、使えないかを。男は“使えない”人間だった。


「ただ偶然、“使える”側だっただけのくせに…」


 去り際、目が合ったあの女の瞳は静かなものだった。まるで自分のことなど眼中にないとでも言うように。何の感情も宿していない琥珀色を思い出して、また苛立ちに拳を叩きつける。乾いた音が誰もいない狭い路地に響く。


「たかが一回、役に立っただけの分際で…」


 彼は魔法使い全般が大嫌いだった。本人は何の努力もせず、たまたま“使える”ように生まれただけの人間が憎くて仕方なかった。だから近くに――具体的には男が所属する警備隊に、魔法使いが入ってくれば苛め抜いた。自分の領域に“使える”人間が入ってくるのが許せなかったからだ。

 いや、魔法使いの中でも例外はいる。ルクリオス王子やシェルディ・ラナラージュだ。彼らは生まれ持った力での国への貢献度が大きいし、何より彼ら自身の権力が強い。一介の警備兵である男にとって、彼らは媚びへつらうだけの価値がある人物だと思っている。今回のシェルディ・ラナラージュの護衛任務だって、彼女に上手く取り入って上へ行くためのチャンスだと思っていたのに。実際はそんな彼女に睨まれる事態を引き起こした。全部、あの女のせいで。

 彼の中に、自分が原因を作ったのだという考えはない。


「あの未来視の魔女が…!」

「あら、あなた未来視の魔法を使う子と知り合いなのかしら?」


 第三者の声に、男は驚いてそちらを振り向いた。全く気付かなかった。それほど頭に血が上っていたらしい。

 影からヒール音をさせながら現れたのは、腰まで伸びる金色のストレートヘアーを揺らした美しい顔の女だった。恰好からして貴族だろうか。しかし見覚えがない以上そう力のない家だ。ならば気を遣う必要などないと、男は瞳を鋭くさせる。


「あんたに関係ない。今俺は虫の居所が悪いんだ、さっさと消えてくれ」

「その子、アシェラという名前?」

「しつこいな」


 ちっ、と舌打ちして、男は立ち去るべく背中を向けた。と、その背中に女の声がかけられた。悪魔の囁きとも言える、それ。


「あなた、その女をこの国から消したくないかしら? 私に協力してくれれば、その願い叶うわよ?」

「…は?」


 心の中を見透かされたかのような言葉に、男は足を止めた。止めてしまった。

 女の口が弧を描く。真っ赤なルージュが女の唇に引かれていることから、まるで赤い三日月のようだ。


「あんた、誰だよ」

「あの子のおねえさんよ。可愛いいもうとに会いたくてこの国に来た、ね」




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