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43.影

 説明を聞いたところ。

 特殊な装置を装着した状態で魔法を使うことで、その魔法を魔石に蓄えさせることが可能なのだそうだ。魔石自体も特殊な代物らしいけれどそもそも魔石がどういうものなのか、以前クリンゲル店で見たカタログくらいの知識しかないわたしには比較対象がないので詳細不明である。

 手錠のようなものを腕に付けられる。これが前述した特殊な装置なのだそうだけれど、見た目のせいでこれではまるで罪人のようだ。入口付近で複雑そうに立ち尽くすルクリオス殿下を背に、わたしはひとりでそう苦笑していた。


「あー、すみません未来視の人。その首に付けている魔石外してもらえますかぁ? 魔石も魔法に近いものなので、この装置の邪魔しちゃうことがあるんですよねぇ」

「え?」

「ほらぁ、その首にかけている『メラルド石』ですよぉ」


 そう言ってハカセはわたしが付けているペンダント――お母さんの形見を指さした。鮮やかな緑色。光の当たり具合でその濃さが変わって見える、宝石のようなそれ。

 以前例のカタログで見たときにとある魔石そっくりだと思ったのだけれど。


「え、これ本当に魔石なんですか?」

「あれぇ、知らないんですかぁ? それ、メラルド石っていうれっきとした魔石ですよぉ」

「宝石だとばかり…」

「ああ、確かに似てますよねぇ。違いは輝きに癖があるのと、魔法に反応する性質があるところですかねぇ。あ、せっかくだから見せてあげましょうかぁ。未来視の人、魔法に良い反応してくれるので紹介し甲斐があります」


 お母さんの形見が魔石だった。その事実に驚いているうちに、ハカセはいそいそと戸棚から小瓶を取り出してきた。徐に目の前に差し出された小瓶を見てみれば、きらきらと細かい粒が入っている。淡く緑色に輝いて見える。


「メラルド石は先ほど言った通り魔法に反応する性質があるんですが、重量があると反応が鈍るんですよねぇ。それこそ君が付けているくらいの大きさだとあまり効果は期待できないです。ただこんな感じで粒にしてやると反応が顕著なんですよぉ」


 そう言って、ハカセは先ほどの『引き合う』力が込められた石を取り出した。次いで小瓶の蓋を開け、机の上にぱらぱらと中身を少し零す。

 何をするのだろう。そう思っているうちに、ハカセは一方の石を机に放り、もう一方を上に掲げた。先ほどと同じような光景だ。そしてやはり同じようにハカセの持つ石が一瞬淡く光を帯びたかと思うと、机に転がっていた石がもう一方の方へと飛び上がり、ぴったりと二つの石がくっついた。

 ただひとつ違うのは。飛び上がった石と同じく、メラルド石の粒が同じようにもう一方へぴったりとくっついたことだろう。


「くっついた…」

「ね、面白いでしょう? 魔石も色々種類はあるんですが、こういった性質があるのはメラルド石くらいなんですよぉ。メラルド石自体に重さがあるとその性質が発揮されないのが玉に瑕ですけどねぇ」

「魔石ってすごく興味深いですね…!」

「そうなんですそうなんです。魔法と関係が深い石ではあるんですが、こちらもまだまだ謎が多いんですよ。石それぞれに色々な特性がありましてね。北部の国が主に魔石の産出国なんですが、そこが輸出を制限しているせいで全くこっちには良い迷惑で―――」

「早くしてくれないかハカセ」


 鋭い声に、話に夢中になっていたわたしもハカセも肩を揺らした。振り向かなくても分かる。不機嫌そうなオーラがルクリオス殿下の立つ入り口付近から漂ってきていた。

 元々彼の反対を押し切ってこの場所に座ったうえ、待たせている状態だ。そんな中無駄話に花を咲かせていたら彼も良い気分ではないだろう。

 我が道を行きそうなハカセも殿下の不興を買うのは嫌なのか、わざとらしくひとつ咳払いをして広げた道具を回収している。


「では未来視の人、ペンダントを外させてもらって良いですかねぇ?」

「えっ…」


 そう言って手を伸ばしてきたハカセを避けるように、わたしは身をひねった。完全に無意識だった。しかしお母さんの唯一の形見であるペンダントに触られると思った瞬間、どうしようもない嫌悪感が湧いたのだ。

 驚いたように目を瞬かせているハカセに、わたしは慌てて「すみません」と謝った。


「自分で外して良いですか?」

「どうぞどうぞ。ぼくとしては離れた所に置いてくれれば問題ないですから」


 お礼を言ってからペンダントを外すべく首の後ろに手をまわした。しかし上手く外せない。というのも、手に付けている装置が思いの外重くて指が震えてしまうのだ。何回も金具が指の隙間をすり抜けてしまって、しびれを切らせたわたしはハカセの方へと顔を上げた。少しだけ装置を外させてほしい、そう申し出ようと思ったのだけれど、声を発する前に背後へと立った気配に言葉が引っ込んだ。

 かちゃ、と首元で音がしたかと思うと、自由になったペンダントが目の前に掲げられる。


「はい。これで大丈夫か?」

「あ…ありがとう、ございます…」


 ルクリオス殿下がこちらを覗き込みながらペンダントを持ち上げている。もたついているわたしに気付いて、気を利かせた彼が外してくれたらしい。一瞬感じた首の後ろの熱が、その事実を告げていた。

 殿下からペンダントを受け取って、机の離れた位置に置く。その間、どくどくと早鐘を打つ心臓を静かにさせることに必死だった。首の後ろが熱い。大切なペンダントに触れられたというのに、ルクリオス殿下への嫌悪感は不思議と感じなかった。


 準備万端、とハカセが瞳を輝かせた。つまるところこの状態で魔法を使えば良いらしい。ルクリオス殿下は少し離れた壁際に背を預けている。ちらりと彼を盗み見るが、特に何も感じていない様子なのが少し腹立たしいと思ってしまった。そんなことを思う資格などありはしないのに。

 頭を振って思考を切り替える。何とか平常心を取り戻したわたしは意識を集中させた。わたしの魔法についても説明したが、ハカセ曰く未来が視えなくても問題ないらしい。とにかく『魔法を発動させた』という状態であれば装置が力を吸収してくれるとか。

 わたしは目を閉じて力を込めた。ばちっ、と脳に電流が走ったような感覚の後、すぐに頭の中で映像が流れだした。



 薄暗い室内。窓もないそこは、唯一の出入り口であろう扉がひとつあるだけだ。

 家具すらもない部屋の中央で、うつ伏せに倒れている人がひとり。後ろ手に拘束されているのか、手が不自然に背中に回っている。その人がゆっくりと顔を上げる。

 ―――わたしだった。

 眉を下げ、不安に揺れる表情でわたし…アシェラは目の前を見つめている。よく見れば、その先に誰か立っているようだ。光の届かない部屋の隅にいるその人は、ぼんやりとした影でしか捉えられない。


「どうして…」


 わたし――アシェラが震えた声を絞り出している。掠れたそれに、随分長く水分を取っていないことが察せられた。


「どうして、今さら…」


 アシェラの瞳が揺れる。虚ろなそれに映る黒い人影が動いた。薄暗い室内の向こうから、コツコツとヒールが鳴り響く。

 ゆっくりと暗闇から現れたのは………



「―――っ!?」


 がたんっ、と大きな音が聞こえた。次いで視界が切り替わる。同時に、薄っすらと先ほどまで座っていたはずの椅子が床に転がっているのが見えた。


「大丈夫か!?」


 ルクリオス殿下の声がすぐ横から聞こえて、ぼやける視界が線を結んでいく。視線を横へとずらせば、殿下が心配そうにこちらを覗き込んでいた。ゆっくりと感覚が戻って来て、そこで漸く殿下に肩を支えられていることに気付く。

 状況から考えて、椅子から落ちたわたしを彼が受け止めてくれたようだ。


「ありゃりゃ? 何か不具合でもありましたかねぇ? 正常に機能はしてそうなんですが、魔法が流れてきてませんねぇ」

「っ、ハカセ! そんなことを言っている場合か!」


 声を荒げる殿下の服を、わたしは震える手で何とか引いた。険しい表情をしていた彼は、はっとした様子でこちらに視線を向けてくれる。まだ喉が引きつって声が上手く出せなかったので、首だけを横に振った。機械の――ハカセのせいではないのだという意思表示だ。殿下は心配そうな様子はそのままだったけれど、どうにか怒りは鎮めてくれたらしい。


「また、何か視えたのか…?」


 殿下に助けられながら、どうにか上半身だけ起こした。似たような状態を、先日の爆弾事件の際に彼は見ている。わたしは躊躇いながらも頷いた。ここまで異常な状態を見せてしまった以上、誤魔化すことなどできないだろう。


「で、でも安心してください…国がどうこうなるようなことでは、なかったですから…」

「それはつまり、アシェラの身に何か起こる未来が視えたってことだな?」


 わたしの魔法は、対象に悪いことが起こる時に視えるものだ。その発動条件を彼にはとっくの昔に説明してしまっている。頷くしかなかった。


「………どこかに、捕まっているわたし自身が視えました」


 ぎゅ、と肩を支えてくれている殿下の手に力が籠った気がした。余裕がなくて、心細さからそう都合よく捉えているだけかもしれないけれど。


「それは穏やかじゃないですねぇ。まあ未来視の力なんてみんな欲しいですもんねぇ。将来的に、未来視の人は誘拐される感じでしょうかぁ」

「…ハカセ、今すぐ黙らないと魔法の定期的な供給を取りやめるぞ」

「………」


 口元を慌てて抑えたハカセがそそくさと部屋を後にするのが視界の片隅に見えた。

 誘拐。その一言に体が震えた。確かにそれなら監禁にぴったりな部屋に転がされているのも、手を縛られている様子なのも納得できる。

 それに、何より。


「………あ、ねが…」

「え?」


 ぎゅう、と殿下の服を握りしめて、思わずその胸元に頭を寄せた。震えが止まらない。


「………義理の、姉が…わたしを見下ろしていました…」


 あの暗闇から現れたのは、歪んだ笑みを浮かべた義姉だった。わたしのことを恨んでいるだろう――わたしを害する理由のあるダリアが、確かに視えた。




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