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42.魔法研究所

 結局クッキーの回収には失敗した。殿下が美味しそうに頬張るものだから、片づけることができなかったのだ。むしろ「また食べさせてくれ」と言われる始末で。その表情が少年のようにキラキラとしているものだから、つい頷いてしまったのは後悔しかない。


 その後今日の予定を聞かれて特にないことを伝えると殿下はしばし考えた後、「それなら今日はオレに付いて来てくれないか?」と。正直、『護衛として扱え』という彼の言い分とは矛盾しているような言葉だと思ったけれど、そこはやはり王子様、ある程度自分本位な考え方をするのは仕方がないのだろう。そもそも、わたし自身も特に不満などないので了承の返事をした。むしろ有難い申し出だとすら思う。殿下と家でふたりだけで過ごすなど、わたしの心臓がもたない。そんな事態になるならばリリーさんを呼んでほしいと全力で頼みたいくらいだ。




 そうして連れてこられた先で、わたしは今最高に満喫していた。


「どうだアシェラ」

「すごく楽しいです!」


 こんなに魔法に囲まれた素敵な環境があるだなんて!

 そう力強く主張すれば、背後でパチパチと拍手する音が聞こえてくる。


「いやー、殿下のお連れさんは随分話が分かる子ですねぇ。それじゃあ次はぼくのとっておきを紹介しますよぉ」


 そう言ってニコニコと笑うのは『ハカセ』さん。

 ここ、今わたしが最高に楽しんでいる『魔法研究所』の責任者だ。その名の通り魔法を研究している場所で、主に『魔道具』の開発を担っているのだとか。まだ若く見えるハカセさんだけれど、その知識―主に魔法に関する―はこの国で随一とされているらしい。さも研究者然とした白衣に丸眼鏡をかけている風貌の彼は、ルクリオス殿下曰く「変人だが頭が非常に良く、何より口が堅く信用できる人物」であるらしい。本名は別にあるそうだが、「みんなそう言うので是非ハカセって呼んでくださいねぇ」と言われたし、何よりもう「ハカセ」にしか見えないのでそう呼ばせてもらうことにした。

 魔法研究所に連れてきてもらったわたしは、先ほどから『魔道具』を使った魔法を次々と見せてもらっていた。これは楽しい以外の感想にならないでしょう!


「これは『引き合う』力を込めた物です」


 そう言って取り出したのは青色の宝石のような石ふたつ。ハカセさんはそれの一つを机の上に置いて、もう一つを片手に部屋の片隅まで歩いて行った。


「この状態で、一方を発動させると…」


 彼は手に持っている方の石を上に掲げる。一瞬その石が淡く光を帯びたかと思うと、机に転がっていた石がもう一方の方へと飛んで行った。ガチ、と固い音が響くと同時にぴったりと二つの石がくっついていた。


「へえ、引き合うってそういうことか」

「面白いでしょう殿下。まだ重すぎたり離れすぎるとうまく機能しないので、実用性はあんまりなんですけどねぇ」

「その辺りの問題がクリアできれば、色々応用が効きそうだな」


 ルクリオス殿下の傍らでわたしは声を出さないように口を抑えていた。何故かって、ただただ目の前にした魔法に感動して、触らせてほしいと叫ばないように必死だからだ。真面目な話をしている中、自分の考えが場違いなことを理解できるだけの理性は残っていた。


「それで殿下、今日はどうされたんですかぁ?」

「あぁ、研究進捗を見に来ただけだ。ただの見学だよ」

「あはは、お忙しいあなたがそんなことで来られるわけないじゃないですかぁ。しかも未来視の魔法使いまで連れられてぇ」


 一気に部屋の温度が下がった。わたしは表情ごと全身が固まるし、殿下も笑みを浮かべながらも口元を引きつらせている。ただ一人、ハカセだけがニコニコと笑っていた。

 この反応からして、殿下もわたしの正体が知られることは想定外だったようだ。


「…何でそう思った?」

「えぇー、殿下が『通信』の人以外で誰かを連れている時点で珍しいですからぁ。なんか特別な子なんだろうなって。それで、特別といえばちょうど最近噂の未来視の魔法使いがいるじゃないですかぁ」


 「当たりですかぁ?」無邪気な笑顔に若干の恐怖を覚える。殿下が言っていた「頭が非常に良い」という評価は正しいらしい。

 殿下とよく一緒にいる『通信』の人とは、もしかしてオリバーさんのことだろうか。何と反応するのが正解なのだろう、困り果てているわたしの横で殿下は額を押さえていた。


「ハカセがそこまで言いきる以上、誤魔化せないだろうな」

「そうですねぇ、正直ほぼほぼ確信していますよぉ。まあ安心してください、誰かに言いふらしたりはしませんからぁ」

「そこはあなたの性格上、心配はしていないが…まさかバレるとは思っていなかった」

「あはは、信用してもらえて光栄ですねぇ。ついでに殿下の魔法を少しもらえませんかぁ?」

「二週間前に提供したばかりだと思うが」

「いえね、殿下の力は使い方が無限大なのでいくらいただいても足りないくらいなんですよぉ」

「次まで今ある分でやりくりしてくれ」

「えぇー、良いじゃないですか減るもんじゃなし」

「減るだろ。思いっきりオレの力吸い取ってるんだから」

「むむ。―――あ、じゃあ」


 わたしの方に突然ハカセが振り向いた。完全に気配を消していたつもりだったので、思わずびくりと肩がはねてしまう。


「未来視の力を分けてもらっても良いですかぁ? 今まで研究したことがないので、是非是非」


 置いてけぼりになっていたわたしが固まっていると、眼鏡―正確にはその奥の瞳―を輝かせながら、ハカセが鼻息荒くこちらに近づいてくる。あまりの勢いに動けずにいたが、「悪いがそれは許可しかねる」ハカセが眼前に来る前に殿下が間に割って入ってくれた。


「何でですかぁ。未来視なんて、研究し甲斐がある未知の力ですよ」

「彼女はあなたの研究材料じゃない」

「んん? レフィルト国の住人である以上、魔法使いは等しく国のために魔法を提供する義務があるでしょう。つまり彼女も研究材料ですよぉ」


 国の保護を受けているなら当然でしょう。そう言うハカセの言葉に、確かにと納得してしまった。魔法を重視しているレフィルト国だ。何らかの得がなければそもそも魔法使いを保護する理由などないだろう。

 特に説明も受けていなかったので、警備隊補助員として働くことで役目を果たしているつもりだったけれど。確かにそれでは見返りとして合わないだろう。


「(魔法を分けるとか、何をするのかよく分からないけれど…ルクリオス殿下も、他の魔法使いもしていることなら危なくないよね?)」


 そう考えて、わたしは表情を険しくしている殿下の袖を引いた。


「わたしは大丈夫ですから、魔法の提供をしますよ」

「いや、でもアシェラ…」

「助かりますぅ! ではさっそくお願いしますね。ささっ、こちらにどうぞぉ」


 殿下を押しのけたハカセの輝いた顔が、眼前に差し出される。そのまま流れるように隣の部屋へと押し込まれた。あまりの素早さに目を白黒させている間に、室内の椅子に座らされる。


「ハカセ!」

「殿下はそちらでお待ちくださいねぇ。国の発展のためには必要なことなのでご了承ください」


 部屋の隅に追いやられているルクリオス殿下が顔を歪ませている。どうしてそんなに辛そうな表情をしているのだろうか。正直、みんながやっているのなら彼が気にすることではないだろうに。わたしは少しでも彼が安心できればと思って微笑みかけた。


「ルクリオス殿下、わたしは本当に大丈夫ですから。この国で生きて行くことを決めた以上、これは義務みたいなものなのでしょう?」


 彼の表情がさらに歪んでしまった。そんな顔をさせたかったわけではないのだけれど、と考えているうちに、ハカセが眼前に来て彼の姿が見えなくなってしまった。




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