40.第一歩
思い出を商品として扱っているクリンゲル店。シャラさんたちご夫婦が経営している、この国の魔法に関連するお店では一番と言っても良いくらい繁盛しているお店だ。
「最近、夫婦だけでの経営に限界を感じていてね。娘のクロエにも店に出てもらったりして回しているんだけど、あの子も最近警備隊補助員の仕事で忙しくて…アシェラちゃんの接客はリンのお墨付きだし、お客さんの対応をお願いしたいと思っているの」
以前はルクリオス殿下のお手伝いや自分の夢を第一に行動すべく断ったけれど、今は事情が変わってきている。とにかく自立するために働かねばならないのだ。わたしが目指す姿―――偉大なる魔女だったおばあちゃんは誰に守られることもなく、むしろわたしを守ってくれていた、自立した大人だったから。
そしてその自立への第一歩である仕事が自分から飛び込んできてくれたのだ。何よりこれを逃すと本気で働き口が見つからない可能性が高い。即決である。
「あんなに素敵なお店の店員がわたしに務まるか分かりませんが…よろしくお願いします!」
そうして翌日、わたしはさっそくお勤め一日目としてクリンゲル店で働いていた。当然ガラットも一緒である。
シャラさんはわたしが殿下と噂になってしまっている件も知っていた―誤解だということも主張しておいた―し、ちょっと事情があってガラットが護衛についている件も了承済で雇ってくれたのである。気合を入れて働かねば。
仕事内容は店頭でお客様の対応、お客様の誘導に、都度魔法を行使するシャラさんや旦那さんを呼びに行く、といったものだった。特にトラブルに見舞われることもなく、その日の勤務が終わった。
「お疲れ様アシェラちゃん。いやー、助かったわー、あたしも主人も、こんなに余裕をもって働けたの久しぶりだよ。やっぱりあなたにお願いして良かった」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。それにしてもお客さんたちの質が良いんですね、接客でこんなに揉め事がないだなんてびっくりしました」
リンベル酒場で働かせてもらっていたときはお酒が入ることもあってか絡んでくるお客さんやらお客さん同士が揉めたりなど、少なからず諍いが起きていた―本当に厄介なお客さんはリンさんが叩きだしていた―のだけれど。まだ一日目とはいえ、何も起きることなく就業時間が終わったことに面食らっていた。
「どうだろうねえ。いろんなお客さんがいるからうちでも揉め事は起きるよ。そこは接客業な以上、避けて通れないから。まあでも、警備兵のお方が店の中にいてくれているおかげもあるかもね」
シャラさんはそう言いながら、出入口の脇に控えているガラットへと視線を送った。
彼は護衛という立場上、わたしが見える位置にいる必要があった。プラスお店の邪魔にならない場所ということでシャラさんたちご夫婦と話し合った末、出入口の脇に陣取る形で落ち着いた。お店に入る時も出る時も目に飛び込んでくる場所なので、悪いことはできないという意識がお客さんに働くのかもしれない。
「ある意味クリンゲル店の門番ね」
「実際お客さんたちはそう感じてたんじゃないかしらねぇ? まあウチとしても助かるよ」
「…俺の役割はあくまでもアシェラ・シプトンの護衛ですからね」
最近気付いたことだが、ガラットはなぜかシャラさんご夫婦には丁寧に接している。というかわたし以外、第三者がいると猫を被るという方が正しいか。何か事情があるようだが、彼は自分のことを語りたがらないので理由は分からない。
自身との態度の違いは今さらなので気にならないけれど、そのあまりの違いに戸惑うなという方が無理な話だ。猫かぶり状態のガラットに困惑しつつ、ふと考えてしまった。
「(ルクリオス殿下もそうだったなぁ…)」
無意識にそう思って、慌てて頭を振った。少しずつでも気持ちを薄めようとしているのだから、殿下のことを思い出すだなんて自分の首を絞めるだけだ。
「お母さん。お父さんが今日の注文について話があるって…」
何とか思考を切り替えていると、奥からクロエちゃんが顔を出した。立っていた位置の都合か、偶然ばちりと視線が絡み合う。彼女はその大きな瞳を真ん丸に見開いたかと思うと、だんだんと細められていった。初めて会ったときと同じような反応である。
「ほらクロエ、今日からうちの店で働いてくれているアシェラちゃんよ」
「…どうも」
この返事も全く同じだ。「失礼でしょ、ちゃんとしなさい」と怒られているクロエちゃんに、ガラットと一緒に苦笑してしまう。
「シャラさん、大丈夫ですよ。それよりもご主人の所に行ってください」
「いや、でも…」
「わたしはまだお店にいる以上、勤務時間中です。お仕事の方が優先ですよ」
「…アシェラちゃんがそう言うならちょっと行ってくるね。クロエ、ちゃんと挨拶しておきなさい!」
そう言ってシャラさんは居住スペースにいるのだろうご主人のところへと去って行った。その場に残されたわたし、ガラット、クロエちゃんという何とも言えない組み合わせの間で微妙な空気が流れる。
「えっと、じゃあわたしたちはそろそろ失礼を…」
「待って」
特に用事はないし、気まずいだけの空間にいつまでも留まる理由はない。わたしに良い感情を持っていない―と思われる―クロエちゃん的にも早く立ち去った方が良いだろうとお店を出ようとしたのだが、その彼女に呼び止められてしまった。
クロエちゃんは真剣な表情で、視線を彷徨わせている。何か言葉を探しているようだ。隣に立っていたガラットは目線だけで「外にいる」と示すと、呼び止める暇もなくそのまま音もなく出て行ってしまった。とても素早い動きだった。体が鈍っていると言っていた一件から鍛え直したのだろうか。
「………即位記念祭の日、事件解決に走り回ってくれたんでしょ? どうもありがとう」
「え?」
驚いた。わたしが関わっていることは公表されていないと聞いている。唯一知っているのは陛下に近しい人たちか、お祭りの日にわたしが関わった警備隊員たちだけだ。クロエちゃんは警備隊補助員だが、当日は時間がなかったために招集されていないはずだ。
だから彼女が知っているはずはないのだけれど。
「あなた、未来視の魔法使いなんでしょう? ルカ様と同じく、事件解決に貢献したっていう」
「え!?」
「あ、誰にも言ってないから安心して。お母さんたちにも話してないから」
予想もしていなかった言葉に思わず叫んでしまった。しまった、これでは肯定したも同然だ。そう冷や汗が浮かんだけれど、クロエちゃんは鎌をかけたわけではなくすでに確信を持っての質問だったようだ。どのみち否定しても意味はなかったのだろう。
落ち着きを取り戻すために深呼吸をひとつして、わたしも真剣に彼女へと向き直った。
「…どこでその話を聞いたの?」
「王城。正確には警備隊の人たちがしていた話を偶然聞いてしまったの。あたし、補助員の仕事として事件の捜査に関わっているから、ここ数日ずっと王城に出入りしているのよ」
ルクリオス殿下は「警備兵全体に箝口令を敷いた」と言っていたけれど、口の軽い輩はどこにでもいるらしい。まだ関係者しかいない王城内で話が留まっているのならばマシと考えるべきなのだろうか。
「(国全体に未来視の魔法使いの正体が知られるのは時間の問題か…)」
バレたら厄介事を呼び寄せそうだったので、まだしばらく今知られている人以外には隠しておきたかったのだけれど。少なくとも偉大な魔女になるための手段が見つかるまでは、と考えていたがそう思い通りには進んでくれないらしい。
「どういたしまして、と言いたいところだけれど、あの事件はわたしだけの力じゃないよ。指揮していたルクリオス殿下はもちろん、オリバーさんやリリーさん、それこそあそこにいるガラットとか、警備隊の全員の力があったからこそだよ」
「でもあなたが大きく貢献してくれたことには変わりないじゃない。もっと偉ぶっても良いのに」
「いやー、わたしあの後ぶっ倒れて、ルクリオス殿下たちに多大な迷惑をかけちゃったし」
「それでもプラスの方が大きいでしょ?」
「そう…なのかな?」
「そうでしょ」
改めて言われるとそうなのだろうか。あの時はただ必死だったし、あの後もルクリオス殿下の衝撃の話やら陛下とのいざこざやらであまり考えている余裕がなかった。
あれは、クロエちゃんから見れば『偉ぶっても良い』ものなのか。
「そっか…うん、わたし、すごいことを成し遂げたのか」
「はあ? 今さら?」
「ううん。ありがとう、クロエちゃん」
「え? 何で逆にあたしがお礼言われるわけ?」
「んー、気付かせてくれたお礼!」
第三者の目線から見て『偉ぶっても良い』ものならば、それは充分『偉大』だと言えるものではないだろうか。
―――わたしが目指す偉大な魔女への第一歩を、踏み出せたと言っても良いほどの。




