38.5.芽生え
その日―陛下とルクリオス、アシェラが庭園で会話した日―の夜。
宣言通り、ルクリオスは自身の父、この国の王である陛下の元へと足を運び、昼間彼が呼び出した未来視の魔法使いとの関係を説明した。
偶然セントラムで出会った彼女に手を貸していただけ。それ以上でもそれ以下の関係でもないということを。
「ふむ。つまりお前の独断で、あの娘を匿っていたと」
「…罰はいかようにでも」
「そうさなぁ、未来視の魔法使いをこの父にも隠していたのは少々怒りも感じるが…今回は見逃そう」
父の言葉に、ルクリオスは小さく息をついた。父ではなく王としての面が強い彼の怒りを買えば、実の息子とは言え厳しく罰せられていただろう。こっそりとアシェラを囲い込んでいた時点でその覚悟がなかったわけではないが、いざお咎めなしと言われればほっとしてしまうのは仕方がない。
第一王子であるルクリオスの兄がこの場にいれば罰を言い渡されたとしても弟の味方をしてくれただろうが、彼は残念ながら政務で他国に出ている。もちろん兄がこの場にいたとして、ルクリオス自身は助けを期待してはいないけれど。
「寛大なお心に感謝します」
「勘違いするな。見逃す理由はひとつ―――お前が、あの娘の首輪になりそうだからだ」
下げていた頭を上げれば、父はいっそぞっと底冷えするような瞳をしていた。彼に魔法は発現しなかったけれど、この独特の威圧感は最早それに近いかもしれない。
ルクリオスは思わず生唾を飲み込んだ。常人ならばそのまま気絶してしまうのではないだろうか。そのくらい部屋の空気が重い。
これは「少々の怒り」などと生易しいものではない。相当怒っている。
「首輪…とは」
「あの娘、かつて我が国を救った未来視の魔法使いの血縁者だろう。かの魔女をぞんざいに扱ったこの国へ復讐にきた可能性も否めん」
「彼女はそのような人間ではありません!」
一瞬で頭に血が上ったルクリオスが思わず声を荒げるが、父は顔色一つ変えなかった。
「あくまでも可能性の話だ。あの娘が不穏分子だという可能性は捨てきれないが、あの力は間違いなくこの国をさらなる発展に導ける貴重なものだ。そうそう手放したくはない。そこでだ、お前ならばあの娘を上手く使えると私は考えた。なに、ちょうど良い噂が流れているではないか。『即位記念祭の日、第二王子が恋人と逢引をしていた』とか」
ルクリオスは父の言葉に顔を歪ませた。つまり彼女を自分の恋人として、この国に縛り付けろと言っているのだ。そこに噂の真偽はもちろん、当人たちの実際の感情は考えられていない。
「(アシェラに付ける護衛…あれは早い話が監視ということか)」
彼女がそう簡単にこの国から逃げ出さないように。
ルクリオスは心の中で舌打ちした。自分がアシェラを守れば問題ないと考えていた以前の甘い自分を殴りたくなってくる。
『いずれわたしという魔女がいなくなった時、その役割をあの子――わたしの孫に求めるようになるんじゃないのかい?』
恩人の言葉を今更ながらに痛感してしまうとは思ってもみなかった。これでは、かつてマーサが危惧していた通りではないか。
「…何度も言うように、私と彼女はそのような間柄ではありません」
「そうか? 少なくともあの娘は、お前を憎からず思っていそうだがな」
「当てが外れましたね」
正直に言えば。ルクリオス自身、アシェラとどうなりたいという考えはなかった。ただ恩人であるマーサの孫である彼女を、不自由しないように助けてやりたいと思っていただけだ。一種の自己満足だった。
けれど爆弾事件が起きたあの日から。事件を必死に食い止めようとする彼女の姿が、ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった。彼女は自由の身だ。レフィルト国のためにあんなに弱ってまで尽力する義理などない。それでも彼女は倒れる限界まで身を振り絞ってくれた。そんな姿が忘れられなかった。またいつだったか一緒に出歩いた日、楽しそうにしていた彼女の笑顔が、ふとした瞬間に思い出されて。
今まで『マーサの孫』として彼女の世話を焼いていたのだけれど、あの日から『アシェラ・シプトン』の力になりたいと思った。そう、思った矢先だったのだけれど。
「…昨日、彼女にはフラれたばかりですよ」




