38.突然の謁見
魔法使いは国から保護される。王城に届け出れば色々保証を受けられる。
以前聞いていたその保証を受けるべく、わたしはさっそく手続きをした。もうわたしが未来視の魔法使いだと一部にはバレているのだし、これ以上隠しておく理由もないだろう。何より今後の生活のためにも保証は受けておきたいし。
…なんて軽い気持ちで王城へ行ったら、まさかの陛下へ謁見する羽目になったわたしは、今お城の庭園に足を踏み入れていた。今まで警備隊のお手伝いのために行っていた場所ではなく、王族のプライベートな空間だという場所で。
「(な、何故こんなことに…!)」
謁見だなんて恐れ多すぎて丁重に辞退しようとしたのだけれど、どうしてもと聞き入れてもらえなかった。拒否権など一般人であるわたしにあるはずもなく、結局庭園の入口まで連れてこられているのが今である。正直緊張で吐きそう。ライリット国でイリシオスを名乗っていた頃はパーティで王様をお見掛けすることはあったけれど、一貴族の娘――しかも私生児に過ぎなかったわたしは面と向かって話すことなどなかった。
そう遠い目をしていると、前を歩いていたここまで案内してくれた男の人が「ここより先は魔法使い様だけでお進みください」と前方を示しながら頭を下げているではないか。
「え? わたし一人で行くのですか?」
「はい。ここより先は陛下がお許しになった者しか立ち入れませんので」
いや何でしがない一般人が許されているんですかね。
そうは思いつつ、わたしには進む道しか残されていなかった。まっすぐ伸びている整えられた道を恐る恐る進んでいく。色とりどりの花々や小さな池などとても美しい空間ではあるのだけれど、景色を楽しむ余裕などない。ただただ足を前に進める。
ふと前を見れば、道のゴールとも言えるような離れた場所にテーブルとイスが用意されていて、その一脚に誰かいるのが分かった。
「(処刑場に向かう罪人の気分ってこんな感じなんだろうか…)」
歩みはいつもの倍以上遅いだろう。それでも一歩一歩確実に進んでいけば、いずれは辿り着いてしまう。
遠目からでも厳かな雰囲気を醸し出す、煌びやかな服を身にまとっている男性がイスに座っていた。見た目だけならばリラックスしているのに、素人のわたしから見ても隙がないことが分かる。
「わざわざここまで来てくれたことに感謝する、未来視の魔法使い」
王族、それも陛下相手に自分から声をかけることは不敬に当たるだろうと離れた場所で足を止め、その場で困り果てていたわたしは突然かけられた声に肩を跳ねさせた。慌てて彷徨わせていた視線を陛下へと固定し、スカートの裾を持ち上げながら頭を下げる。挨拶も口にしたけれど、つい言いなれていたライリット国での作法でしてしまった。レフィルト国でもこの挨拶で通じるのだろうか。失礼だったらどうしよう。
「ふむ。これは驚いた。未来視の魔法使いは貴族の礼儀を把握しているようだな。てっきり平民だと思っていたが」
「陛下のおっしゃる通り平民でございます。ただ故郷でそのような時期もあったというだけでして」
「ああ、聞けばライリット国の出だとか。かの国はさぞ魔法使いには生きにくい国であったろう。貴重な力を持つそなたが我が国に来たことは必然かもしれんな」
これは何と答えるのが正解なのか。わたしは頭を下げながら曖昧に微笑むに留めた。
幸い陛下は特に興味もなかったのか「そなたを呼んだのは聞きたいことがあってな」と話題を変えてくれた。ついでとばかりに頭を上げるよう言われたので、ひとまずスカートの裾だけ降ろす。
「だがまずは礼を言わせてくれ。この国の危機を救ってくれたというそなたに」
「お、恐れ多いことです」
「謙遜は必要ない。そなたがいなければこの国は混乱に陥っていたであろう。…かつてそなたとは違う未来視の魔法使いに救われた、流行り病の時のようにな」
驚いて頭を上げてしまった。ばちりと視線が陛下と合ってしまって心臓が跳ね上がる。しかし陛下は思ったよりも優しい瞳でこちらを見ていて。いっそ落ち着くような雰囲気のそれに、肩の力が少しだけ抜ける。そのご尊顔に、ルクリオス殿下の面影を感じたのもあるかもしれない。
殿下と同じ銀髪だけれど、陛下の瞳は赤だった。
「そこで聞いておきたいのだが、そなたはかの魔女の関係者か?」
「え…」
ルクリオス殿下はまだ陛下に詳しいことを話していないのだろうか。思わずそう考えてしまって、返答が遅れてしまった。
その一瞬、わずかの遅れの間に陛下の纏う雰囲気が変わったことが分かった。落ち着くとすら感じていた瞳が冷ややかなそれに変わり、空気が重くなったかのような。それが陛下から発せられる威圧感のせいだと気付いたのは、緊張で喉がカラカラに乾いてしまってからだった。
何か言わなければ。「わたしはその魔女の孫です」と言えば良いはずだ。でもこんな空気を醸し出しているような人に、事実を言うことは果たして正解なのだろうか。
「父上!」
ぐるぐると考え込んでしまって言葉をなくしていたわたしは、聞き覚えのある声に我に返った。頬を撫でていく風に誘われるように振り向けば、息を切らせてルクリオス殿下がこちらに走って来ているのが見えた。
その姿を見た瞬間、安心感に力が抜けてしまう。
「おお、ルカ。何か用か」
先ほどまでの威圧感はルクリオス殿下が魔法で吹き飛ばしてくれたのだろうか。陛下は初めのような雰囲気に戻って、にこりと彼へと笑いかけていた。
そうこうしているうちに殿下はわたしの前に立って、陛下と直接向き合った。間違いなく庇ってくれたのだろう。彼の背中の後ろで、わたしは呼吸を思い出したように深く息を吸って吐いた。
「アシェラ――嬢を呼び出したと聞きまして、何事かと来ただけです」
「ただ先の騒ぎを収める協力をしてくれた彼女に礼をと思っただけだ」
「…先ほどの雰囲気、それだけとは思えませんでしたが」
「なに、そう怖い顔をするな。お前の恋人を勝手に連れ出したことは悪かった」
「え…?」
予想もしていなかった言葉に、思わず言葉が滑り落ちてしまった。せっかく陛下の興味が逸れていただろうに、声を上げてしまったことで再び視線がこちらに戻ってくる。
「おや?」
「父上。それについては先日言った通り誤解が…」
「彼女のこの反応…さてはお前の片想いか?」
「これ以上話をややこしくしないでください!」
最早何の話か分からない。完全に思考停止してしまったわたしの方へと殿下は振り返った。
「とにかく、もうお話は済んだでしょう? 彼女は連れて行ってよろしいですか?」
「待て待て、まだ息子との関係を聞けていない」
「後で誤解のないようオレが説明します!」
「もうひとつ大事な話がある。未来視の魔法使い、そなたに護衛を付けるつもりだ。人選はルカに任せようか。いっそルカ本人でも良いがな」
「はい…?」
「ああ、だがルカだと公私混同を疑われるな」
「父上…」
からからと笑う陛下のさらなる爆弾に、わたしの止まっていた思考が無理やり動かされた。
護衛? なんで?
「い、いえ、わたしはただの一般人です! そのような過ぎた待遇は…」
「残念ながらそなたのことを一般人とは呼べないな。この国において――さしずめ王たる私にとって、未来視の魔法使いは特別に扱うに相応しい人物だ」
「それはわたしとは別の魔法使いでございます」
「だが同じ力を持っているだろう。それならば特別待遇を受ける資格がある。だがそうだな、そういった理由での扱いを受け入れられないのであれば…先の騒動を収めてくれたそなたへの礼として受け取ってくれたまえ」
「し、しかし…」
「話は以上だ」
言外に拒否権はないのだと言われたかのようだった。
それだけ未来視という力に、陛下は価値を見出しているということだろうか。わたしの力はおばあちゃんのそれ―正確には分からないけれどおばあちゃんは小さな悪戯すら知っていたのでたぶん視える未来に制限はなかったはずだ―とは違い、悪いことが起こるときにしか視えないのだけれど。とてもそんなことを言える雰囲気ではなくて、わたしは「ありがたく頂戴いたします」と頭を下げることしかできなかった。
ルクリオス殿下に促されて庭園を後にする。出口を潜る寸前、ちらりと陛下へと視線を向ければ赤い瞳が鋭くこちらを射貫いていた。その鋭さに体を強張らせて足を止めてしまったけれど、殿下がさっとその身で陛下の視線を遮って前へ進むよう促してくれた。
結局陛下は何がしたかったのか。生憎とその理由は一切分からなかったけれど、一旦今日は宿泊予定の宿へと帰るしかなかった。手続きはしたので、数日のうちに住む場所も決まるはずだ。




