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36.事件の後

 目が覚めたらすっかり見慣れてしまった天井が映った。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、リオスさんに借りている家のそれだと遅れて認識する。

 とりあえずと体を起こした。何故かぎしりと節々が嫌な音を立てている。まるでしばらく体を動かしていなかったかのようだ。何とか上体だけを起こして、寝起きではっきりしない頭を振った。


「(わたし、いつ寝たんだっけ…)」


 というかいつの間に帰ってきたんだっけ? ベッドで目が覚める前はたしか――――


「あー!?」


 数秒後、働かない頭からどうにか記憶を引っ張り出したわたしは思わず叫んだ。そうだ、即位記念祭が開催されている裏で爆弾が街のあちこちに仕掛けられていて、それを解決するために動いて! 結果的に爆発は起きないだろう未来を最後に視て、力尽きて気絶したんだった!


「あ、あれから一体どうなって…」


 バタンッ!

 ひとりで慌てふためいていたわたしだったが、扉が勢いよく開いて飛び上がった。おそるおそる音の方を振り向けば。


「…え、リオスさん?」


 部屋の入り口で立ち尽くすリオスさんがいた。彼も驚いている様子に見えるのは何故だろうか。


「あ、ちょうど良いところに…あの、あれからどうなったんでしょうか?」


 リオスさんから返事はない。ただ彼は無言で室内に足を進めて、ベッド脇に立ったかと思えば――そのまま抱きしめられた。背中に回っている腕の力が思ったよりも強くて、いっそしがみつかれているような感覚に陥る。

 何が起きているのか理解できなくて、わたしは硬直したままただ瞬きをしていた。一回、二回、三回。四回目で、ようやく事態が飲み込めた。瞬間、顔に熱が集まってくると同時に靄がかかっていたような頭がはっきりした。ただし同時にとんでもない混乱で埋め尽くされたけれど。


「りりリオスさん!? 何ですか何かあったんですか!? とりあえず放して…」

「目が覚めて良かった。アシェラ、もう三日も意識が戻らなかったから…」

「え、三日?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 まさか三日も寝たままだったということか。でもそれならと起きたときに感じた体の違和感に納得した。

 今まで力の使い過ぎで疲れ果ててしまうことはあったけれど、倒れたのははじめてだった。本当に限界まで絞り出して力を使ったせいだろう。今回は異常事態だったので仕方ないとはいえ、あまり力を使いすぎるのは良くないと学んだ。


「オレが巻き込んだせいで君に何かあったらどうしようかと…」


 ぎゅう、と背中に回っているリオスさんの腕に力がこもる。心なしか声も震えていた。本当に心配してくれていたのだろう。

 わたしが自分から首を突っ込んだのだから気にすることはないのに。しかし正義感の強い彼のことだ、そう言っても納得してくれる様子が想像すらできなかった。むしろ難しい表情で首を横に振る姿が目に浮かぶ。

 恥ずかしさも動悸も収まらないけれど、わたしは手を彼の背に回してそっと撫でた。めちゃくちゃ緊張したのでものすごくギクシャクとしながらだったけれど、そこは許してほしい。


「ご心配をおかけしました。この通り元気ですよ」

「どこか変なところはないか?」

「…そうですね、強いて言えば―――」


 ぐうううぅ。

 先ほどとは別の意味で頬に熱が集まってくる。恥ずかしさでリオスさんの顔が見られなかった。でもどうしても我慢ができなかったんだもの…そもそも三日も眠り続けていたのだから仕方ないと思う。


「………ものすごくお腹がすいています………」




 用意してもらった食事―リリーさんが事前に準備してくれていたらしい―を平らげてようやく落ち着いた。今は夜で、月も高く昇っている時間なので本来なら食事には適さない時間帯ではあるのだけれど、今ばかりは仕方ない。とても我慢できるようなお腹の状態ではなかったので。

 ちなみにリリーさんも心配して付き添ってくれていたが、今は自分のお家に帰っているそうだ。聞けば、陽が昇っている間は彼女が、陽が落ちてからはリオスさんが交代でわたしの様子を見てくれていたらしい。なんて申し訳ない…特にリオスさんなんてとんでもなく忙しい人なのに…


 わたしが倒れた後、滞りなくお祭りは終わったそうだ。あの赤毛の女の子の未来を視たことで爆発騒ぎを事前に解決できたことは分かっていたけれど、改めて事実として聞くと安心感が違って、思わずほうと胸を撫で下ろした。

 ただ、「何事もなく」とはさすがにいかなかったらしい。


「警備兵全体に箝口令は敷いたんだが、どこかから話が漏れたらしい。爆弾が街に仕掛けられていたと、市民が一時的に混乱する事態になっていた」

「そうなんですか…まあ内容が内容ですもんね。規模も大きい話ですし、どのみちいずれ噂になっていたんじゃないでしょうか」

「そうは思うんだが、あまりにも話が広まるのが早くてな。この三日間でようやく落ち着いてきたところだ」


 残念ながら、まだ犯人は捕まっていないそうだ。わたしたちを襲ってきた三人組は爆弾犯の一味と考えられているが、彼らはガラットたちが身柄を確保しに行った時にはすでに絶命していた―何者かによって心臓を一突きにされていた―らしい。

 今は市民の混乱を収めること、犯人探しに注力しているところだとか。


「それから未来視の魔法使いが今回の事件解決に関わっているという噂も広まっている」

「まあ、大々的に動きましたもんね…」


 爆弾の件がバレている以上、わたしのことが広まっているのも仕方がないと思う。幸い、「未来視の魔法使いが事前に動いて、警備隊と協力して事件を収めたらしい」という噂程度らしく、わたしという存在が市民の間で知られているわけではないらしい。


「あとは…まあ事件とは関係ない噂があるが、これは一旦後にしよう」


 ごほんとリオスさんが咳払いをひとつ。どこか気まずそうな様子に見えて気にはなったけれど、今はほかに聞きたいことがたくさんあるからと頷いた。


「事件のことは以上だが、他に何か聞きたいことはあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。…なら、オレのことについてきちんと説明するな」


 リオスさん―――この国の殿下と呼ばれる立場にいる彼は、椅子に今一度座りなおした。わたしも背筋を伸ばして彼に向き直る。一瞬立ち上がるべきか迷ったけれど、わたしの視線の動きでそれを察したのだろう彼自身に制された。おとなしくベッドで上体を起こした姿勢のまま、耳を傾けることにした。



 彼曰く。

 リオスさんの本名はルクリオス・リベラ・レフィルト。レフィルト国の第二王子。王子という立場にありながら警備隊の隊長として働いているので、今までわたしが見ていた彼の姿も嘘ではなかったらしい。


「隠していたことは、悪かったと思う」


 眉を下げるリオスさん――いや、ルクリオス殿下を見ながら、わたしはどこか納得していた。食事の仕草だとか、節々から滲み出ていた上品さとか、以前断固として身分証明書を見せてくれなかったこと―王族は身分の証明もへったくれもないのでそもそも持っていない―とか、思い当たる点があったから。

 でも、どうしても気になることがある。


「隠していたのは何故ですか?」


 ルクリオス殿下は瞳を伏せた。言いたくないと全身で語っているけれど、どうしても疑問が口から止まらなかった。


「それにあなたほどの人が、わたしに親切にしてくれる理由も分かりません。わたしの力に利用価値があったにしても、さすがに与えてもらいすぎだと思いますし…」


 分かっていながら、彼の施しを受け続けていた自分もどうかと思うけれど。


「………」

「…あ、言いにくいことであれば…」

「いや、説明すると言ったのはオレだ。アシェラの疑問も当然だと思う」


 ルクリオス殿下は数回口を開いては閉じてを繰り返した。何か言葉を探しているようだ。わたしはただ黙って彼を待った。

 やがて意を決したように顔を上げた彼は、真っ直ぐにこちらを見ながら口を開いた。


「――――マーサ・シプトンへの恩返しがしたかったんだ」




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