35.掴み取った未来
街の有名な場所で、今日特に人が多い所。さらにはすでに爆弾が仕掛けられていることが分かっている時計台と中央広場から距離がある場所。わざわざ近しい場所に仕掛ける意味は薄いだろうとの読みだ。
まずは国の正面玄関である門へと向かった。お祭りに参加するために訪れた人だったり、満喫したからと帰る人でごった返している。リオスさんがその門の上部に着地すると、すでに警備兵の制服を着た男性がひとり待機していた。
「お待ちしておりました」
「オリバーから話は聞いているな? 協力してほしい」
「はっ」
敬礼のポーズをする男性。見覚えはないのでリオスさんの隊の人ではないはずだけれど、本部側の人も彼に従うようだ。改めてすごい人なんだなと思いつつ、「アシェラ頼む」と呼びかけられて一歩前に出た。
「手を貸していただけますか?」
「は? 手ですか?」
ものすごく怪訝そうな顔をされたけれど、リオスさんの手前か彼は大人しく差し出してくれた。わたしは軽く彼の手を取って意識を集中した。相手が驚いた雰囲気は察したけれど、幸いにも弾かれたりはしなかった。
「………ここもあります。門の上の方が崩れていたので、高い位置に仕掛けられているんじゃないでしょうか」
「となると、ちょうど立っているこの辺りか…基本見張り以外は出入り禁止なんだがな」
あいにくと目に見える範囲に爆弾は見つけられない。まあ簡単に見つかる場所に仕掛けるはずないか、と少し肩を落とした。
「いったい何を…?」
困惑の表情を浮かべている男性に、リオスさんとわたしは同時に振り返った。しまった、この人のこと忘れていた…
移動中、リオスさんと相談して各地に配置されている警備兵に協力してもらい、彼らの未来を視ることで爆弾が仕掛けられている位置を特定することになっていた。彼らはお祭り中は決められた場所を動かないので、『その場がどうなるか』という視点での確認をしたい今、適任だと考えたのだ。
「事情は後で説明を…」
「いえ、リオスさんは一旦オリバーさんと連絡を取って下さい。わたしから話しておきますから」
門にも人の派遣が必要だろう。そのことを相談してはどうかと提案してみると、彼は何故か渋い表情を浮かべた。時間を無駄にしない適当な判断だと思ったのだけれど。
しかししばし無言だったリオスさんもそれが一番良いと考えたのか、「頼む」と一言呟いてから目を閉じて意識を集中させている。おそらくオリバーさんとやり取りしているのだろう。
「あの…?」
「あ、すみません。わたし未来視の魔法を使えるので、それであなたの未来を拝見しました。この門が爆発するかどうかを確認するために」
瞬間、困惑の表情を浮かべるばかりだった男性が瞳を鋭くしてこちらを睨みつけてきた。あまりの変わりように驚いて身を引いてしまう。
「魔法使い?」
「は、はい…」
「しかも未来視の魔法使い…そんな奴が俺たちの仕事場に勝手に入ってくるとはどういうつもりだ」
「どういうって、理由は今説明したでしょう?」
「爆弾が街に仕掛けられていることについては聞いている。だが魔法使いになんか頼らずとも、我々で探すことは可能だ。わざわざ出しゃばってくるな」
明らかな敵意だった。
いつか聞いた「レフィルト国の警備隊は魔法使いを追い出す傾向にある」という話が頭をよぎる。最初は怯んでしまったけれど、理由が分かればこちらが引く義理などない。そんな無駄に高いプライドやら偏見やらを抱えている人間の悪意を浴びせられることなど、とうの昔に慣れきっているのだから。
わたしがこんなことで縮こまるようなか弱い人間だと思うなよ。
「出しゃばっているわけではありません。わたしの力で場所を絞った方が効率が良いからです」
「は、出しゃばりどころか傲慢だな」
「そういうあなたの主張はみんなで探せば良いでしたか。その探す時間と人はどう捻出されるおつもりで?」
「警備隊は何人もいるんだ。人海戦術が使えるだろう」
「街全体を? どこにあるかも分からない物をしらみつぶしに?」
「…やってみなければ分からないだろう」
「ふたりとも、そこまでだ」
睨みあっていたわたしと男性の間にリオスさんの鋭い声が落ちてきた。わたしと男性―もみあげが長くて特徴的なのでもみあげさんと呼ばせてもらおう―は同時に肩を跳ねさせる。
振り向けば、眉を吊り上げて厳しい表情を浮かべるリオスさんがこちらを見ていた。
「今は仲間内で争っている場合ではない。事件の阻止に全力を注ぐべきだろう」
「…おっしゃる通りです」
「…すみません」
挑発につい乗ってしまった自分が不甲斐ない。ただ謝ることしかできなかった。
「………彼女に協力を仰いだのはオレだ。抗議するならば相手が違う。もし何かあればすべてが終わった後に聞くから、後日…」
「い、いえ! 決してルクリオス殿下に文句があるわけではありませんので!」
相手によって態度を変えるなんて卑怯な。そんな思いは、もみあげさんが口にした単語を耳にした瞬間に吹き飛んでしまった。
「…でんか…?」
でんか。デンカ。―――殿下。
その三文字を頭の中で繰り返して、ようやく意味を飲み込んだ。驚きすぎて言葉を失う。ついでに血の気も失せていった。
そんなわたしをリオスさんが見て悲しそうな眼をしていたのだけれど、その時のわたしは気付く余裕などなかった。
「ひとまず爆弾を探してくれ。この後応援を送る。そちらと協力して、危険物の撤去と市民の安全に注力するように」
「はっ!」
綺麗な敬礼を浮かべるもみあげさんは、わたしを忌々しそうに見てから踵を返した。一方のわたしは彼に一瞥をくれることもなかった。なかったというか、いっそ彼の存在自体思考の外だった。
「え…あ、あの、リオスさ…い、いや、ルクリオ―――」
「アシェラ」
「はい!」
「この騒動が落ち着いたらちゃんと説明するから…それまでは、今まで通りに接してほしい」
「え、いや、でも、そんな…」
もしわたしが考えている通り、リオスさんが「殿下」と呼ばれるような立場の人ならば不敬なのでは。今までの態度を考えれば手遅れ感がすごいけれど。
そう慌てふためくわたしに対して、リオスさんは「お願いだ」と苦しそうな声をあげた。彼が顔を伏せているので表情は見えない。
何故そこまで今まで通りにこだわっているのかは分からない。だが、色々お世話になっている手前、断ることはできなかった。何よりこれ以上断れば彼をより苦しめるだけのように感じたので、それは避けたいと思った。
「…分かりました。それでは次に行きましょう、リオスさん」
「ああ」
ほっとしたように息をつくリオスさんの手が背中に回って、そのまま宙へと飛び上がった。
「(改めて考えると、わたしリオスさんについて何も知らないや…)」
レフィルト国の警備隊隊長で、風を操る魔法使い。少し子供っぽいところがある、面倒見の良い人。彼について知っていることと言えばそれくらいだろうか。
いったい、この人の本当はどこにあるのだろう…そう思って顔を上げたけれど、姿勢の問題か表情を窺い知ることはできなかった。
その後も街のあちこちを巡った。
接した警備兵が本部の人―リオスさんの部下ではなく、魔法を使えない人―ばかりで、だいたいもみあげさんと同じような反応をされたけれど、さすがに学習してわたしも受け流した。リオスさんが庇ってくれたこともあり、最初以外は特に衝突もなくやり過ごす。
爆弾が仕掛けられていればオリバーさん経由で全体に伝えて。仕掛けられていなければそのまま次に向かう。場合によっては他の場所に応援に向かうように等、適宜リオスさんが指示を出していた。
14時50分。
街の全体、各地に配置されている警備兵すべてを回りきった頃にはその時間帯になっていた。今まで回って分かったことだけれど、仕掛けられていた爆弾は時間が確認できたものはすべて15時に起動していた。あと10分だ。
「アシェラ、大丈夫か?」
「…なんとか」
ただでさえ力を使うと疲れるうえ、今回はいつもよりも緊張状態で連続して使用したこともあって、もう立っていることすらできなかった。申し訳ないことにリオスさんに抱えてもらっているという体たらくである。疲れすぎて、気を抜くとそのまま意識を手放してしまいそうだ。
「各地の爆弾はすでに処理できたと連絡が来ている。どこかで休もう」
「いえ、まだ…」
15時になるまでは。結果を見届けるまでは。
そんな思いで、何とか落ちそうになる瞼を開いていた。ふわふわと空中を漂いながら、リオスさんは辺りを警戒しているようだ。
「あ、ルクリオスさまー!」
突然の第三者の声に、わたしたちは驚いてそちらへと振り返った。見れば、時計台の屋上でこちらに手を振っている子供がひとり。赤い髪を三つ編みにまとめている小さな女の子だ。手にはウサギのぬいぐるみを抱えている。
いつの間にか時計台周辺に戻って来ていたようだ。普段であれば近づかないように気を付けていると言っていたけれど、リオスさんも余裕がなかったのか近くを飛んでいることに気付いていなかったらしい。
「(あの子は…)」
間違いない。時計台が爆発する未来の映像で、犠牲になっていた子だ。
リオスさんは声をかけられた手前、何とか笑顔を作って返していた。両手はわたしのせいで塞がっているので、今の彼が反応できる精一杯だろう。
「…目立っているな。少し移動しよう」
「あの、リオスさん…ちょっとあの子の所に行ってもらえませんか」
「え?」
「お願いします」
リオスさんはできることなら離れたかったと思う。女の子の声につられたのか時計台にいた人たちがこちらに注目しているのが分かる。リオスさんには申し訳ないとは思いつつ、どうしてもぐったりと脱力しているあの子の姿が脳裏にこびりついて離れなかった。
少し逡巡してから、リオスさんは「分かった」と屋上へと着地してくれた。降ろしてほしいと彼の腕をつついて訴えるが、そこは首を振って断られてしまった。
「もう立っているのも難しい状態のはずだ。話をするならこのままの体勢にしてくれ」
「おねえちゃん、どこかいたいの?」
赤毛の女の子が心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。彼女の両親だろう男女が女の子を慌ててリオスさんから引き剝がそうと前に出てきたけれど、それを彼自身が制した。
怖がらせないよう、わたしは女の子に微笑みかける。
「ううん。すっごく疲れちゃってて…」
「じゃあ早くおやすみしたほうがいいよ!」
「うん、この後そうするつもり」
見ず知らずのわたしに笑顔を向けてくれる赤毛の女の子。素直に、すくすくと育っているのだろう。わたしは何とか笑みを保ちながら、女の子へと手を伸ばした。そのままそっと彼女の頭を撫でた。
時刻は間もなく15時を指そうとしている。
「…心配してくれてどうもありがとう」
わたしが何をしようとしているのか察したらしいリオスさんが慌てた声を上げたのが一瞬聞こえたけれど、それよりも先にわたしはなけなしの力をこめかみに込めていた。
ばちっ、と脳に電流が走ったような感覚の後、すぐに頭の中で映像が―――流れなかった。
「…おねえちゃん? どうしたの、やっぱりどこかいたいの?」
くしゃりと自分の顔が歪んだのが分かる。かろうじて涙は耐えたけれど、引き結んだ唇が震えてしまう。
未来が視えなかった。それはつまり、この子に悪いことは起きないということだ。
――――わたしは、わたしたちは、この子の未来を守れたんだ。
「ううん、大丈夫だよ」
「でも…」
女の子が心配そうに眉を下げるのが辛うじて分かった。ただ段々と景色が白んできていて、もう彼女がどんな表情をしているのかすら分からない。
ああ、瞼が重い。
「…きっと、今日は素敵な一日になるよ」
どうにかその一言を伝えて、わたしは完全に意識を手放した。
15時を告げる鐘の音が響き渡る。街全体に響き渡るその音以外、何も聞こえてこなかった。
いや、鐘の音の裏で、警備兵たちが喜びの声を上げる姿が街のあちこちで見かけられたそうだ。何故彼らが歓声をあげているのか。何事もなくお祭りを楽しんでいる住人たちには理解できず、首を傾げるだけだったという。




