34.5.中央広場にて
「ガラット、念のため俺の剣を持って行ってくれ」
飛び立ったアシェラたちを見送った中央広場。
オリバーが己の腰から剣を引き抜いてガラットへと差し出した。ガラットは驚いたように目を瞬かせる。
「…俺は謹慎中の身だ。受け取れない」
「その謹慎を破っておいて何を言っているんだ。この非常事態だ、問題ないだろう」
「……縛り上げている相手だ、素手でも後れは取らない」
「道中に何があるわからないだろう。また別の人間に襲われるとも限らない。念のために持っていけ」
「………俺はお前に暴力をふるった人間だぞ。そんなやつに自分の大事な剣を渡すなんて、何考えてんだよ」
なるほど受け取りを渋る本当の理由はそれか。
オリバーは苦笑した。しかし元来感情が顔に出にくく彼の表情は全く変わっていないので、傍から見ると無表情のそれである。
「この間謝ってもらった。その件については解決したはずだが」
「…謝罪くらいで許されるものじゃねぇだろ」
「それを決めるのは俺やリリ、それにアシェラさんだろう。お前は謝った。俺たちは許した。だからこの話は終わりだ」
ガラットは口をぽかんと開けた。その表情があまりにも抜けているように見えて、オリバーは少し噴出した。今度は僅かに口元が緩んでいる。
「持っていけ。お前の剣の腕が確かなことを知っている。万が一また襲われても、剣があればお前は絶対に負けないだろう」
「………礼を言う」
何か込み上げてくるものを、ガラットは無理やり飲み込んだ。そうして震える声でオリバーの剣を受け取る。自身が扱うそれとそう変わらないはずなのに、どこか重く感じた。
「リリを頼む」
強く頷いたガラットは、そのまま踵を返した。少し離れた所で待機していたリリーとともに、ルクリオスから任された役割を果たしに走り出した。
ふたりの背中を見送り、オリバーは意識を集中させる。まずは全隊員に情報伝達。人の動きも把握しながら適当な指示出し。常にルクリオスへの連絡も必要だ。やることが山積みだった。
ルクリオスが駆け付けることになった最初のやり取りのタイミングで、王城にいた彼は真っ先に陛下へと事件の話を通してくれていた。その際、陛下は一時的に警備隊の指揮権をルクリオスに渡したらしい。息子への信頼と言えば聞こえは良いが、おそらく「お前が事件を治めてみろ」という圧だろう。
彼の部下であるオリバーは動きやすくはあるが、それ以上にプレッシャーがひどく胃に鉛が詰め込まれたかのようだった。ふうと大きく息を吐く。
「(隊長たちは大丈夫だろうか)」
すでに姿は見えない。ルクリオスたちが飛び立っていった方向を見ても、ただ今の気分とは正反対な綺麗な青空が広がっているだけだ。
そして何故かこのタイミングで、ふと以前ルクリオスとしたやり取りをオリバーは思い出した。
「オリバー、アシェラにはしばらくオレがレフィルト国の王子だということも、未来視の魔女の歴史についても黙っていてくれないか」
それはセントラムで例の爆弾犯たちを捕らえた夜だった。被害者の少女―アシェラのことだ―を送り届けたルクリオスが戻って来て、一通り業務的なやり取りを終えた後にぽつりと彼が零したのだ。
「歴史の方はまあ分かりますが…王子ということは、遅かれ早かれ分かることでは?」
自分と同じ力が歴史書に載っていれば動揺するだろう。だからオリバーは後者について理解を示したが、前者には渋い顔をした。そもそもいくら被害者とはいえ隊長自ら付き添ったり警備隊に誘ったり…あまつさえレフィルト国に連れていくなど、警戒が薄すぎるのではないだろうか。彼女が本当に爆弾犯たちと無関係だという裏付けも取れていなければ、身元すらも定かではない。
無害かも分からない少女を、隊長は気にかけすぎではないか。そう思って呈した苦言に、ルクリオスは困ったように笑った。
「上手く説明できないんだが…おそらくあの子は大丈夫だ」
「いえきちんと説明してください」
「ちょっと、今は難しい…」
いつもはっきりとした物言いをするルクリオスが、ここまで歯切れが悪いのは珍しい。
しばし沈黙が続く。折れたのはオリバーだった。
「分かりました。ひとまず隊長の言う通りにしましょう」
「悪いな」
「しかし彼女が怪しいと判断したら、俺は自分の仕事をするまでですからね」
「ああ。でもそれは心配ないと思うぞ」
何を根拠に、という言葉は飲み込んだ。きっと答えてはもらえないだろう。せめてもの抗議としてため息を落とした。
今日相談すべき話は終わった。そう判断したオリバーは一礼してドアへと足を向ける。もう夜も遅い時間だ、明日の出発時間を考えてもそろそろ休むべきだろう。
「…あの子、恩人の関係者かもしれないんだ」
ひとり言かのようにぽつりと落とされる。思わずオリバーが足を止めて振り向くと、窓際に座っているルクリオスの表情が月明りに照らされてよく見えた。
まるで幼い少年のような、嬉しそうな笑顔だった。
「(隊長はアシェラさんに自分の正体を知られることを、ひどく嫌がっているようだった)」
後から聞いたことだが、リリーにもきちんと口止めをしていたらしい。しかも一緒に過ごす時間が長いだろう彼女に対しては、アシェラの接する相手が口を滑らせないように気を付けてほしいとも頼んだとか。無茶ぶりをされたリリーには同情した。
幸いアシェラのことをルクリオスが上手に囲い込んでいるためか、彼の話を誰かに聞くこともなければ彼女自身の力を周りに知られることもなく過ごしていたようだ。
しかし今日これだけの事件が起きれば、さすがにお互いの事情を隠し続けることは不可能だろう。それこそアシェラの力はすでにガラットはじめ第三者に知られてしまっている。ルクリオスがこの国の王子だと彼女が知るのも時間の問題だろう。
それでもできればあの日、ルクリオスが――友人が浮かべていたあの純粋な笑顔が、曇らないで済みますようにとオリバーは静かに祈った。




