34.今できること
オリバーさんは通信の『魔道具』と同じ力を持っているらしい。いや同じというと語弊がある。そのオリジナルというべきか、完全に上位互換と言える魔法使いだから。通信の『魔道具』の場合、媒介となる物を通し、特定のひとつに対して声を届ける。しかしオリバーさんは声を出さずに互いに頭の中で会話することができるとか。また心の波長―彼曰くそうとしか表現できないものらしい―を把握している人であれば媒介を通さずにその波長を繋ぎ、声を届けることも拾い上げることも可能なのだそうだ。当然『魔道具』と同じように何らかの媒介を通してもできる。しかもこれらの条件を満たしていれば、一度に複数人と連絡を取ることも可能らしい。
「届く距離は正確に測ったことはないので分かりませんが、少なくともこの街全域は有効ですよ」としれっと答えるオリバーさんだが、そんな事も無げに言う台詞ではないと思う。
ひとまず魔法について無知なわたしも、彼が非常に強い力の持ち主だということは理解できた。先ほどリリーさんとガラットが落ち着き払っていた理由も。オリバーさんは自身の力で、すぐにリオスさんに連絡を取った上で簡潔に説明までしてくれていたそうだ。そしてそんな緊急連絡を受けたリオスさんは、すぐに飛び出してきたと。
駆け付けてきてくれたリオスさんにより詳しい事情を話し終えた頃には、彼は見たこともないような険しい表情で黙り込んだ。当然だろう、自身の暮らす街で凄惨な事件が起きると言われているのだから。
「オリバー、すぐに時計台担当者に連絡を取ってくれ。オレの名前を使って構わないから、すぐに危険物の捜索にあたるようにと。場合によっては避難誘導を考えろとも」
「分かりました。応援は?」
「フィンとルシェを向かわせてくれ。ふたりとも物探しに向いた力を持っている、適任だろう」
リオスさんはそのあともいくつか指示を出している。的確な素早いそれに、わたしはほっと息をついた。これなら大丈夫だろう。…そう思うのに、何故か胸騒ぎが収まらない。
嫌な予感がする。こういう時のわたしの勘がよく当たることを、自分自身がよく知っていた。
「…ガラット、あなたこの後どうするの?」
「あ? あぁ、本来なら謹慎中の身だが…この緊急事態だ、拠点になるだろうここに留まるつもりだが」
この事件の収束に動いているリオスさんとオリバーさんのふたりがいる、この中央広場に留まって動けるようにしておくつもりだと。今余裕がないリオスさんとオリバーさんの手を煩わせるわけにはいかないから、ちょうど良い。
「ちょっと手を貸してもらえる?」
勘だった。格好よく言うなら未来視の魔法使いとしての第六感とでも言うのだろうか。
不思議そうな顔をしながらも、ガラットは特に抵抗もせず手を差し出した。わたしには色々借りがあるからだろうか。とにかく今はその素直さがありがたい。
あれだけの大きな爆発を今日というお祭りの日に起こす意味は何なのか。犯罪者の気持ちなど分からないけれど、わざわざ街のシンボル――それも人が集まることが明白な場所に爆弾を仕掛けた意味は、何かあるはずだ。
…そしてそう言った『場所』は、何も時計台だけではない。
「(爆発が時計台だけで起きるとは限らない…それこそ、この中央広場は街のど真ん中にある上、今日はお店が多く出ている)」
人が集まっていて、この街の有名な場所。それはこの中央広場も同じだろう。
わたしはガラットの手を握って意識を集中した。どうか外れていますように、魔法使いの勘など当てにならないと笑い話になりますように、と祈りながら。
―――果たしてそれは当たっていた。
「お、おい、どうしたんだよ!?」
焦点を結んだ時にまず見えたのはガラットの焦った顔だった。その横には同じような表情でこちらを覗き込むリリーさんがいる。視界が揺れる。ガラットの声に反応したのか、リオスさんとオリバーさんもこちらに振り向いていた。
わたしはいつの間にか止まっていた息を大きく吸って吐き出した。冷や汗と動悸が止まらない。
「………この中央広場にも爆弾が仕掛けられています。時計台と同じような未来が視えました」
全員の息を呑む気配がした。
「それから…すみません、これは確実ではないんですが…」
「何でも良い。話してくれ」
リオスさんは強く頷いた。
唇が震える。言葉にすることすらも恐ろしいと思ったけれど、絶対に伝えなければならないことだ。
「広場から離れた複数の場所から、煙が上がっているのが視えました…もしかしたら、街のあちこちで爆発が起きるのかもしれません…」
全力疾走したように動悸が収まらなかった。酸素が足りなくて何度も深く息を吸っては吐く。何度見ても慣れようもない悲惨な光景を目の当たりにして、またしても震えが止まらなかった。今こんなところで怯えて、立ち止まっている暇などないのに。
「アシェラ」
視界の中に手が映り込んだ。それはきつく組まれたわたしの両手の上に優しく置かれる。暖かかった。
「…リオスさん?」
「大丈夫だ。爆発は食い止められる。君が視た未来は訪れない」
静かな口調だった。耳から入ってきた彼の声はわたしの荒れ狂っていた心を沈めていってくれて。だんだんと呼吸も整って、震えも収まってきていた。
「…すみません、ありがとうございます」
「いや、落ち着いて良かったよ。こんなことしかしてやれなくてすまない」
「いいえ、おかげで冷静になれました」
不安なのはわたしだけではないのに。こんな時に弱気になっている場合ではない。
「リオスさん…爆弾は街の有名な場所で、今日特に人が多い所に仕掛けられている可能性が高いと思います。そういった場所までわたしを連れていってくれませんか?」
そう言うと、リオスさんは驚いたように目を見開いた。触れている彼の手もわずかに強張った感覚がある。
「…君がわざわざそんな危険な場所に飛び込んでいく必要はない。あとはオレたち警備隊に任せてもらえば良い」
「もうあまり時間がありません。動かせる人員に限りはあるでしょうし、物探しに向いた魔法を使える人はもっと限られるでしょう。わたしの力で爆発する場所を特定して、ピンポイントで仕掛けられた爆弾を探す方が効率的だと思います」
「だが…」
「お願いします。わたしは大丈夫ですから!」
リオスさんは顔を歪ませたけれど、それ以上否定しなかった。わたしの提案している方法が確実だと彼も感じているのだろう。しばし逡巡するように黙り込んでいた彼だったけれど、やがて小さくため息をついてからオリバーさんたちの方へと振り返った。
「オリバーはここで各警備兵への連絡を頼む。オレの方でも指示は出すが、必要があればお前の判断で動かしてもらって構わない」
「わかりました」
「それからガラットとリリーは先ほどの襲ってきた不審者たちを連行してきてくれ。このタイミングだ、爆弾犯と無関係とは思えない」
「は、はい!」
「わかりました。必ず情報を引き出します」
「…あ、だがガラットは今武器がなかったか。その状態で拘束済みとはいえ三人を任せるのは危険だな…ひとり同行させよう」
「いえ、あの程度の相手であれば素手で問題ありません。今は捜索に人を割くべきかと」
体が鈍っていると言っていた人間が何を言う。わたしは―おそらく何か言いたそうにしているリリーさんも―その言葉を何とか飲み込んだ。それにおそらく問題ないというのは本当だろう。不意打ちもあったとはいえ、武器を持っている相手を難なく制圧していたのだし。
「オレはアシェラと一緒に各地を回る。何かあれば知らせてくれ」
オリバーさんたちが頷く。
わたしはリオスさんにそのまま手を引かれ、宙へと飛び上がった。思った以上にスピードが速い。セントラムの時はリオスさんが気遣ってくれていたのだろう、あの時はゆったりとして楽しいとしか思わなかった空の旅だったけれど、今はあまりの速さに怖いとすら思った。
それでも急ぐのだから耐えるべきだと唇を噛みしめていると、腕が引かれた。ぐいと上に引き上げられる感覚の後、何か暖かいものが顔に触れる。同時に全身に感じていた風の抵抗が和らいだ。どういうことだろうと恐る恐る目を開けると、何か黒いものが目の前に広がっていた。
「…悪い。急ぎたいから、しばらく我慢してくれ」
「へぁ!?」
事態に気付いて変な声が出た。絶対にそれどころではないのだけれど、先ほどまでとは違う緊張で全身が固まる。
でも仕方がないと思う。何故か片想いの相手に抱きしめられるような姿勢になっているのだから。目の前の黒いものはリオスさんの胸元の服だった。
「風が直接当たらなければ、まだ怖くないと思う」
「あ、わ、わか、わかりました…」
恥ずかしさに取り繕う余裕がない。絶対に顔が赤くなっている。
リオスさんは、ただわたしが怖くないようにと気遣ってくれただけなのだから…落ち着けわたしの心臓…!
「………アシェラ」
「は、はい!?」
「君はここで生まれ育ったわけでもない。移住手続きもしていないから君はまだウチの住人でもない。どこにでも行ける。正直、このまま爆発が起きることを黙って姿を消すこともできただろう。それなのに、どうして危険を承知でこの国のために頑張ろうとするんだ?」
さすがに恥ずかしさなど吹き飛んだ。
驚いて顔を上げると、リオスさんはどこか苦しそうに顔を歪ませていた。
「(何で、そんな表情をしているの…)」
残念ながらリオスさんが何を思っているのか見当もつかなかった。もしかしたら彼も不安なのだろうか。
無意識に掴んでいた胸元のペンダントから右手を外して、わたしを支えてくれている彼の腕に手を添えた。先ほど彼がしてくれたように。落ち着いてほしいと願いを込めながら。
「実を言うと…あまり国のためとかは考えていません」
「え?」
「わたしは、わたしの『まっすぐ正直に生きる』という思いを優先しているだけで…言ってしまうと、全部自分のためです」
「………」
「それに偉大なる魔女であったおばあちゃんなら、絶対にこうしたと思うから。わたしも、同じことをしようと思っただけです」
それがわたしの目標だから。
そう言い切ると、リオスさんは目を見開いて―――悲しそうに笑った。
「ああ、アシェラのおばあ様なら、きっと同じことをしただろうな………」




