33.協力者
リリーさんがひとり、襲撃者たちの前に立ちはだかった。その予想だにしていなかった姿に、判断が遅れる。完全に固まってしまったわたしを他所に、黒い影たちのうちのひとりが一歩踏み込み、彼女にナイフを振り上げた。
「リリーさん!」
情けないことに、わたしはただ悲鳴にも近い声をあげただけだった。ナイフが彼女に向かって距離を縮めていく様子がスローモーションに見えた。
しかし、その切っ先が彼女に触れることはなかった。
「ぐっ!?」
何が起きたのか分からない。分からないけれど、リリーさんを襲おうとしていた男が横から飛んできた何かに顔面を叩かれ、勢いでそのまま横にひっくり返った。
『何か』はくるりと空中で一回転して、リリーさんの手元に降り立つ。
「(あれって…水?)」
それは握り拳よりも一回りほど大きい、水の球体だった。その内側に小石がいくつも漂っている。
彼女はそのまま、突然のことに理解が追い付いていないのか動きを止めている襲撃者の残りふたりに向けて球体を投げた。慌てた様子で彼らは反対方向に飛びのき、その間を球体がすごいスピードで通り過ぎていく。球体は急カーブを描きながら方向を変え、そのうちのひとりへと突っ込む。彼はそれも避けたが、さらに後ろに飛び退ったのでわたしたちとは距離が開いた。さらに球体は狙いを変えてもうひとりへと向かっていく。
それを繰り返して、リリーさんは徐々に相手側から距離を開かせていった。
人ひとりをひっくり返させるほどの威力なのだから、直撃すればそれなりにダメージを与えられるだろう。襲撃者たちもそれを分かっているのか、避けることを優先しているようだ。
しかしその状況に焦れたのか、そのうちのひとりがどすの利いた声で「いい加減にしろ!」と回避を捨ててリリーさんに飛び掛かった。当然彼女は球体を男に向けて弾こうとして―――ぴたりと動きを止めた。それより前に、男の体が反対方向へと吹き飛ばされたからだった。
彼の背後から突っ込んできた、また新しい黒い影によって。
「え!?」
今度は何!?
そう叫ぶ間に、その新しい影は近い方の襲撃者へと飛び掛かる。それが人で――しかも先日、城でオリバーさんやわたしたちにちょっかいをかけてきたガラットだと気付いたのは、彼がその襲撃者を引き倒して顔を上げたときだった。
「プルーフォリーはもうひとりを頼む!」
「え!? あ、は、はいぃ!」
リリーさんは肩をびくりと跳ねさせたものの、水の球体をもうひとり立っている男へと突っ込ませる。そのもうひとりは、突然第三者が出てきたことに驚き固まっていて完全な無防備だった。猛スピードの球体の一撃を後頭部に食らい、前のめりに倒れる。そのまま動かないので気絶したようだ。
ガラットの方も引き倒した相手を拳で無効化していた。さらには先ほど自身が吹き飛ばした残っていたひとり、うめき声を上げながら身を起こしていたところだった相手の鳩尾に強烈な一撃を放ち、沈黙させる。見事な手際だった。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、静寂が広がる。
「あ…リリーさん、大丈夫ですか!?」
ようやく我に返って、わたしはリリーさんへと駆け寄った。完全に役立たずだったことが申し訳ない。
リリーさんは息を切らしていたけれど、普段通りの顔色でこちらに振り向いてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ…アシェラ様こそ、お怪我はありませんか?」
「わ、わたしは大丈夫に決まっているじゃないですか。リリーさんが庇ってくれたんですから…」
「あ…ふふ、そうでしたね…お役に立てて良かったです…」
嬉しそうに微笑むリリーさん。その笑みがどうしようもないくらい優しさに溢れていて、目元が熱くなるのを感じた。どうにか唇を噛みしめて耐える。この場面でわたしが涙を見せるのは違うと思ったからだ。
「…リリーさん、助けてくれてありがとうございました」
「いえ、そんな恐れ多い――い、いや、この場合は違いますね…その、どういたしまして…」
リリーさんは先日王城で起きた人質にされる事件をきっかけに、このままではいけないと魔法の特訓をしていたのだそうだ。同じ魔法を扱えるお父様に指導を仰ぎながら、精度を上げていったらしい。
以前までは対象範囲は彼女の手が届く範囲で、操れる量も手の平で掬えるくらいが限界だった。しかし特訓の甲斐があってか、対象範囲は自身から3メートルほどまで、操れる量は拳大くらいまで広がったのだとか。
その成果を存分に発揮して、彼女は突然の襲撃者たちと渡り合った。あの時リリーさんが操っていた水の球体はいつも持ち歩いている水筒からとり出したらしい。ついでに小石は少しでも威力が上がればとその辺に転がっていたのを利用したのだそうだ。
…そして彼女がそんな特訓をするきっかけを作り出したガラットが、何故ここにいるのかというと。
「さっき時計台でラウレルに話していた内容を聞いたんだ。…悪いとは思ったが、立ち聞きさせてもらった。あんなあからさまに内緒話を祭り当日にしていたら、何かあったのかって気になるだろうが。そうしたらまさかの 爆発するとかいう話だったから、気になって後つけてたんだよ」
ガラットは王城の事件を引き起こした責任を取って二週間、謹慎中の身だ。本来なら今日も家に閉じこもっていなければいけないのだけれど、自分が抜けることでできる警備の穴が気になり、担当だった場所にこっそりと足を運んだのだそうだ。そしてそれが時計台だったため、偶然わたしたちの話を聞くことになったとか。
またラウレルとは例の事件の日、ガラットを連行していったうちのひとりらしい。どこかで見た顔だと思ったのは間違いではなかったようだ。
襲撃者たちを縛り上げながら彼の事情を聞いて、わたしは感謝しつつも首を傾げた。
ちなみにまだ彼はわたしのことをライリット国のお偉いさんだと思っているので畏まった口調を作ろうとしていたけれど、面倒なので素で話すようにお願いしている。
「え…わたしの話を信じてくれたんですか?」
「信じなきゃここまで追ってきてねぇ」
「どうして…?」
「別に疑う理由もないし、信じるだけの理由があればとりあえず信じるだろ。あの慌てようから考えても嘘じゃなさそうだったし…過去の歴史から、『未来視の魔法使い』は実在してたしな」
時計台にいた警備員―ラウレルだっけ―は取り付く島もなかった。それなのに今日初めてわたしの力のことを聞いたという意味では同じ条件のガラットが、当然のように信じてくれたのだという。
ありがたかったし、何より嬉しかった。爆発する未来を視て、何者かに襲われるという怒涛の展開に精神が不安定になっていたのもあるだろう。感動からか、少し瞳が潤むのが分かる。
そんなわたしの横で、リリーさんがおそるおそるといった様子で手を上げた。
「あ、あの…ひとつお聞きしても良いでしょうか…?」
「何だよ」
「その、先ほどのお話から、あ、あなたは最初から、付いていらっしゃってたんですよね…?」
「そうだが」
「…あの、助けてもらっておいて、ず、図々しいとは思うのですが…そ、それなら、最初の襲撃で助けに入っていただいても、よ、よろしかったのでは…?」
リリーさんの言葉に、わたしも彼へと振り返る。瞳の潤いは引っ込んだ。ふたり分の視線を受けたガラットは、気まずそうに視線を明後日に逸らした。
「…俺、十日以上謹慎していたんだよ」
「え? はい、聞いていますけれど…」
「その間、何であんな事件起こしちまったんだろうなとか、あの日は何であんなにオリバーへ当たり散らしたんだろうなとか考えて、ほとんど反省してたんだ」
「それは、良いことですね?」
「それ以外はほとんど何もしてなくてな…早い話、体がなまっちまってんだ」
「…つまり?」
「………体力が落ちて、あなた方の足に追いつけませんでした」
彼は間違いなく命を助けてくれた相手だけれど。この時のわたしとリリーさんが、微妙な視線をそんな彼に向けてしまったことは仕方がないと思う。
襲撃者たちを身動きできないように縛り上げ、わたしたち三人は中央広場に急いだ。オリバーさん、ひいてはリオスさんに協力を仰ぐために。
リリーさんとガラットに身体強化をかけて、なるべく人がごった返す大通りは避けて通りを疾走する。そうしてようやく中央広場にたどり着いたときには、時計の針は13時を指そうとしていた。
「オリバーさん!」
「アシェラさん? …って、リリにガラットまで?」
幸いリリーさんが何かあったらすぐ来るように、とオリバーさんが大体どのあたりにいるかも聞いていたため、すぐにオリバーさんを見つけることができた。全力で駆けてきたわたしに彼は目を丸くしつつ、後ろから続いてきた意外な組み合わせにさらに驚いていた。
わたしたちの様子に異常事態が起きたのだろうと察してくれた彼は、すぐに目立たない位置に移動した上で話を聞いてくれた。
15時に時計台が爆発すること、現場の警備員に説明しても信じてもらえなかったのでリオスさんに説得をお願いできないかということ、ここまでの道のりで襲われたこと。すべて包み隠さず話す。
はじめは驚いた表情を浮かべていたオリバーさんも、事の深刻さに段々と顔を険しくさせていく。
「分かりました。すぐに隊長に連絡を取ります」
「あ、ありがとうございます!」
「ガラット、『これ』でそっちのリーダーに連絡を取ってくれ。先ほど中央広場へパトロールに来たばかりだから、直接通じる距離だろう」
「分かった」
そういうと、オリバーさんは手のひらサイズの四角い小箱をガラットに手渡した。ガラットは慣れた様子でそれを口元に持っていって何かを話し出す。おそらく通信型の『魔道具』だ。一方、唯一の通信手段だろうそれを手放したオリバーさんは、何やら目を閉じて集中している。
「え? オリバーさん、通信の『魔道具』を渡してしまったらどうやってリオスさんに連絡を…?」
一般的に、警備兵に配布されるそれはひとりひとつだと聞いている。どうするつもりなのだろうとつい焦った声をあげるわたしとは対照的に、オリバーさんは「心配しないでください」落ち着いた様子だった。
「隊長は本日王城の警備を担当しています。どのみち、ここからではあの通信道具だと届かない距離です」
何でも警備兵が持つそれは携帯性を優先しているため、通信可能距離に限界があるらしい。今日のような日は通信が届く距離に人を分散しながら配置して、街全体をカバーしているとのことだけれど。
だからどうするというのだろう。そもそも今は一刻を争うのだ。そんな何人も間に人を挟んでリオスさんを呼んでもらうような時間すら惜しいのに、通信をガラットに譲ってしまうだなんて…
「大丈夫です。もう隊長はこちらに向かっているので」
「え?」
オリバーさんが嘘を言っているようには見えない。しかもリリーさんもガラットも、わたしほど焦っている様子は見られない。ガラットに至っては当然のように通信機を先に使うことを受け入れていたし。
いったいどういうことなのかと混乱するわたしを他所に、強い風が吹きすさんだ。急なことに思わず手を顔の前で庇いながら目を閉じる。
「―――悪い、超特急で来たせいで風の出力が思ったより強かったな」
声を聞いただけで、あんなに焦っていた気持ちが落ち着いていくのが分かる。安心感から緩んだのか瞳に集まりだした水滴を、ちょうど目の辺りに置いていた手で拭い取った。不自然ではなかったはずだ。
目を開ければ、その人はちょうど地面に降り立ったところだった。
「…リオスさん」
「大変な目に遭った後にごめんな。詳しく話を聞かせてくれ、アシェラ」




