31.最悪な未来
宣言通り、リリーさんと広場をぐるりと回った。色々な出店があったけれど、ライリット国では見たことがないようなものばかりで興味深く、思ったよりも時間を使ってしまっていて。太陽が真上に差し掛かりそうなあたりで、ようやく満足して時計台へと足を向けた。
「こちらです…道が少し狭いので、気を付けてくださいね…」
「ああ、大丈夫です。この道、先日通ったので」
「あぇ、そうなんですか…この辺りは住宅街なのであまり来ないものかと…と、時計台への近道を教えるだなんて、調子に乗ってしまってすみません…」
しゅんと眉を下げたリリーさんに、「通りの向こうにある『魔道具』を売っているお店へ行くのに通っただけです」とわたしは慌てて首を横に振った。本当に時計台への道は知らない。ここは先日、リオスさんに案内してもらったとき前述の通りに使っただけで、途中までしか歩いていなかった。
「そ、そうですか…」と安心したように息をついたリリーさんが、気を取り直すように微笑んで先導してくれた。
「(…なんだか、今日は何回もリオスさんのこと思い出すなぁ)」
リリーさんの背中を見ながら心の中で苦笑した。中央広場のことも含めると、いったい何回目だろうか。
別に不自然なことではない、わたしがまともにこの街を歩いたのは件のリオスさんに案内された日のことだ。その後何回も街に出ているけれど、最初の記憶というのは鮮明に残るものだろう。だから時計台だったり中央広場だったり、ただの通路だったり。覚えのある場所が話に出るたび、あの日、隣にいた彼のことを思い浮かべるのは当然だと思う。
…なんて、誰に聞かれるわけでもないのに心の中で繰り返してしまう言い訳に、つい苦笑してしまった。
『あの日』、わたしはリオスさんへの気持ちを自覚した。してしまったと言うべきかもしれない。絶対伝えるべきことではないと理解しているので、当然彼には何も言っていないし、態度にも出さないように気を付けている。…本当に隠せているかは定かではないけれど。慣れない感情に振り回されている自覚はあるので、正直自分ではわからないのである。
幸いと言うべきか、あれから今日のお祭りに向けた準備が忙しいとのことで、リオスさんとはまともに顔を合わせていなかった。
なんでも今日の警備隊はグループに分かれ、主要地点に人員を配置、残りの人員でパトロールを行うのだそうだ。警備隊本部と合同でリオスさんの隊も動くため、隊同士の折り合いの付け方やら人員の置き方やらで寝る間も惜しむほどだったらしい。らしい、というのはリオスさんの代わりに王城で出入り―警備隊の訓練は変わらず行われていたので、ガラットとの騒動もひと段落したからと『身体強化の魔法使い』として参加していた―する際、ついてくれたオリバーさんに聞いたのだ。
リオスさんが会いに来てくれなければ、わたしは本当に彼と顔を合わせられるような立場ではないのだと改めて思う。
「(当然だよね。わたしはただの一般人だもの)」
警備隊の誘いに乗れば、少なくとも上司と部下という関係で顔を合わせることはできる。しかしわたしはまだ夢を追うことを優先したいと思っているし、何よりそんな不純な動機で入隊するなどリオスさんにはもちろん、真面目に働いている隊員の人たちにも失礼なことだろう。
「(…自覚してしまった以上、リオスさんの親切にいつまでも甘えているわけにはいかない。そろそろ、本当にどうするか決めなきゃ)」
おばあちゃんみたいな偉大な魔女になるにはどうすれば良いのか。わたしがどういう魔女になりたいか。
「アシェラ様、そろそろ着きますよ…ほら、あ、あそこに時計台の屋根が見えてきていますから…」
リリーさんの声に我に返った。いつの間にか下げていた視線を上げると、彼女はこちらを振り向いて斜め前を指さしている。その先に目を向ければ、確かに先日見た時計台のてっぺんが見えた。
そのまま少し進んでいけば、大時計の上の方が民家の隙間から顔を出す。
「もう着くんですね。先日中央広場から歩いたときはもっと時間がかかったので、あそこからは距離があるイメージでした」
「あの広場は、名前の通り街の真ん中に位置していますから…街の西にある時計台とは少し離れています…た、ただ今の道ならほぼ直線なので、近くなるんですよ…」
この間は大通りから向かったので、結果的に回り道になったのだろう。ただその道中には魔法を扱う興味深いお店だとか、料理の美味しそうなレストランなどもあったので、結果的に遠回りして良かったと思っている。今度時計台に向かうときは、時間を節約したいか寄り道をしたいかで道を決めよう。
わたしは目的の建物を見上げた。喋りながらも足は動かしているので、今は大時計の半分くらいが見えていた。あれをこれから間近で見られる、しかも年に一回という貴重な機会だと思うと、自然と心が弾んだ。
―――瞬間、視界がいきなり切り替わった。
大時計が15時を指している。いや、正確にはちょうど今15時を指したようだ。かち、と長針が動いて12の文字盤へと振れた。
途端、眩い光と轟音が視覚と聴覚を覆った。何が何だかわからなかった。混乱している間に視界がブレ、またピントが合った時には景色が一変していた。
大時計や周囲のレンガは崩れ落ち、黒焦げになっていた。炎もあちこちで上がっている。誰かの悲鳴や叫び声、すすり泣く音なんかが聞こえてくる。
先ほどの光と轟音が爆発のそれだと気付いたのは、目の前の地獄絵図を目にしてからだった。大時計が爆発したのだと、直感で理解できた。
大時計が目の前にある――正確にはあったということは、ここはレフィルト国のシンボルである時計台だ。もっと言うなら今日限定で解放されている最上階。そして辺りで倒れたり逃げ惑っている人々は、この時計台を見学しに来た人だろう。先ほどまでのわたしと同じように、こんな惨劇が起こることを知らず、貴重な大時計を見に来た人たち。
ふと視線を下に下げれば、赤い髪を三つ編みにまとめている小さな女の子が、目を閉じて倒れていた。綺麗に結われていたのだろう髪はあちこちほつれている。四肢は地面に投げ出されている。近くに、ウサギのぬいぐるみと彼女の頭と同じくらい大きい瓦礫が転がっていた。よく見ると瓦礫の表面が赤黒く汚れている。さらによく見れば、彼女の赤毛の隙間から、髪よりも赤い何かが…
「アシェラ様!」
鋭い声と肩を揺さぶられる感覚に、目の前の映像が途切れた。瞬きの間に、リリーさんの焦った顔へと視界が切り替わる。
「…あ…リリー、さん…?」
自分の声とは思えないほどか細かった。
リリーさんは心配そうに「だ、大丈夫ですか?」とわたしを覗き込んだ。大丈夫、と返したかったけれど、声が出なかった。ひゅー、ひゅー、と嫌な呼吸が喉から鳴っている。息がうまくできない。
「お、落ち着いてください…ど、どこかで休みましょう…!」
「…ぁ、だ、だめ!」
来た道を戻ろうとしたリリーさんを止めるように、肩に添えられていた彼女の手を掴み返した。そこで初めて、わたしは自分の手が、いや全身が震えていることに気づいた。
驚いて振り返ったリリーさんに、わたしは今見た映像を伝えなければと口を開く。声が出なかった。三回ほど言葉になりそこなった息を吐き出し、四回目でようやく声を絞り出す。
「すぐ、時計台に行きましょう…」
「え、で、でも、アシェラ様すごく体調が悪そうですよ? 先ほども、急に立ち止まってしまわれたと思えば、どんどん青ざめていって…震えも…」
「い、行かないとダメなんです!」
今の時間はすでに12時を回っている。もうあまり時間がない。
「15時に、時計台が爆発します! たくさんの人が犠牲になってしまう…絶対止めないと…!」




