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28.ルクリオスの過去3

 魔法使いは誰しも、求められればその力を振るうことが当然だとルクリオスは思っていた。生まれたときから『そう』であった彼は、その生き方以外を知らなかった。


「わたしは自分の力を国のために使うつもりはない。悪いが帰っておくれ」


 だから、魔女――マーサからにべもなく断られるなど思ってもいなかった。



 言葉が出ないとはこういう感覚なのか。どこか他人事のように、ルクリオスはそんなことを思った。

 しんと静まり返った室内で、ただマーサだけが彼の視界に映っていた。彼女は先ほどまでとは打って変わり、いっそ冷たいとすら感じるほどの真剣な表情をしていた。

 声を出そうとして、喉がカラカラに乾いていることに気付いた。唾を飲み込んで、どうにか言葉を口から絞り出した。


「な、ぜ、そんな…」

「理由はいくつかある。ひとつはレフィルト国のことが信用できない。リオスくん、君はかつて、わたしが君の国に殺されるところだったことは知っているのかい?」


 流行り病を魔法使いの助力で収めたことを他国に知られることを恐れた以前の王が、その事実を隠蔽するために彼女の処刑を命じた。

 間違いなくマーサはそのことを言っているのだろう。ルクリオスは頷いた。この事実についてはその血を引いている王族の人間として、謝罪してもしきれない。


「あの事件は本当に…」

「ああ悪い、君を責めるつもりはないんだ。あの王と君は別人だからね。それに最後、『ああなること』はあらかじめ知っていた」

「え…?」


 驚いて、いつの間にか下げていた顔を上げる。目の前のマーサは、命の危険があったという話をするには似つかわしくない、どこか悪戯が成功したような子供っぽい笑みを浮かべていた。


「わたしは偉大なる魔女だよ? 流行り病を抑えたら、そのあと自分がどういう目に遭うかも視えていたさ」

「…それなら、どうしてあなたは声を上げたんだ?」


 のちに自分を処刑するよう命じる国のために、何故わざわざ、当時忌み嫌われていた魔法を明かしてまで出てきたのか。


「そうさねぇ…あの頃はわたしも若かったとしか。”知っている”のに、大勢見殺しにすることが許せなかったってところかねぇ。まあ、そのまま本当に処刑される未来だったら逃げたかもしれないね。わたしがそうできたのは、結局逃げられることも知っていたからさ」


 マーサはやはり口にする内容には相応しくないような軽い口調だった。クッキーを頬張りながら淡々と語るさまは、世間話をしているかのようだ。実態は歴史書の裏話のようなものだけれど。


「とにかくわたしは一度レフィルト国に裏切られているんだよ。その事実は変わらない」

「今は王も変わり、国の在り方も大きく変わったんだ。魔法使いを積極的に受け入れているし、力を認められた者は相応の地位を与えられる。マーサ殿を裏切ることなど二度とない!」


 ルクリオスは思わず椅子から立ち上がり、大きな声を上げていた。その強い口調に、マーサは驚いたように目を丸くする。


「…君がそこまで言うならきっとそうなんだろうね」

「なら…!」


 前向きに検討してくれるのだろうか。そう顔を輝かせたルクリオスだったが、その期待を感じ取ったのだろうマーサは即座に首を横に振る。


「悪いが答えは変わらない。断る理由はいくつかあると言っただろう。ふたつ目、この国はわたしの娘が眠る場所なんだ。離れたくないんだよ」


 眠る場所、ということは彼女の娘は亡くなっているということだろうか。すぐには返せる言葉がなく、ルクリオスは唇を引き結ぶ。


「みっつ目、これが一番大きな理由だ。わたしには可愛い可愛い孫がいるんだ。顔はもちろん美人さんだし、性格も良いんだよ。お手伝いはたくさんしてくれるし、何をするにも後をついてくるし…この間なんかおばあちゃんとずっと一緒にいるって言ってくれてねぇ」

「はぁ…」

「リオスくんとちょうど同い年くらいさ。ああ、先に言っておくけどあの子に色目使うんじゃないよ」


 何の話だろう。ルクリオスだけでなく、後ろの護衛ふたりの目も点になっていた。


「―――とまあ、我が孫ながらできた子でね、あれは将来相当良い女になるさね。…わたしは、そんなあの子の人生を縛りたくないんだよ」


 ひとしきりマーサの孫自慢が繰り広げられたあと、ふと彼女は先ほどまでのテンションが嘘のように真剣な表情を浮かべた。声のトーンも表情と同じく固い。数舜前との落差がひどかった。


「縛る、とは…」


 ルクリオスが必要としているのはマーサの力だ。彼女とその家族が望むなら全員そろってレフィルト国で保護する。それができるだけの環境は整えられているし、足りないというなら自身の立場を利用して可能な限り要望に応えるつもりだ。


「わたしが未来視の力をレフィルトのために使うと決めた場合、それはわたしだけで終わる話かい?」

「?」

「いずれわたしという魔女がいなくなった時、その役割をあの子――わたしの孫に求めるようになるんじゃないのかい?」


 マーサの言葉に、ルクリオスは困惑しただけだった。

 レフィルトでは魔法使いの一族を重用している。 血縁者の中で同じような魔法に目覚めるパターンが多いから、特定の役割を期待されてのことだ。しかしそれは、そうした力を持っているのだから向けられる期待に応えることは当たり前ではないのか。

 そうルクリオスが言葉にすると、マーサは首を横に振った。明確な否定だった。


「君の責任感の強さは、上に立つ人間として正しいと思うよ。でもそれを人に押し付けるのはやめておくれ。わたしだけならまだしも、あの子には自由に生きていってほしいんだ。いつまでも魔女として求められるようなわたしとは違う、そんな人生をね」


 マーサの言っていることは、やはりルクリオスには理解できなかった。求められれば、そして自分にそれを叶えるだけの力があれば、応えることは当たり前ではないのか。

 それでも彼女の意思が固いことは、幼い彼にも感じられた。そして彼女が、その魔女という役割を望んでいないということも。


「マーサ殿は、魔法を嫌っているのか?」


 気付けばそんな疑問がルクリオスの口から滑り出ていた。しかし言葉にしたそれは、思いのほか彼の中にすとんと落ちてくる。

 目の前のマーサは、ただ薄く微笑んだ。否定も肯定もないけれど、ルクリオスの直感が是と言っている。彼女は、自身の未来視の力を良いものと考えていないようだ。


「どうでも良いだろう。さあ、お引き取りを」


 マーサは椅子から立ち上がり、出入口の前に立った。そのまま扉を指さす。帰れという強い意思表示だった。

 護衛たちは不愉快そうに顔を顰めていた。長い時間をかけて訪れた先で、取り付く島もなく拒絶されているのだ。しかも相手の態度も決して褒められたようなものではない。

 しかし護衛たちとは違い、ルクリオスが抱いていたのは相手に対する純粋な興味だった。彼女がどうしても欲しいと考えた未来視の力を持っているからではない。


「待ってくれ。もう少し話をさせてほしい」

「何度言われても、わたしの答えは変わらないよ」

「それでも構わない。オレはただ、自分とは違うあなたの考えを理解したい」


 ルクリオスがそう宣言すると、マーサは目を丸くした。まさかそんなことを言われるとは、といったその表情。未来視の力があると言っても、すべてを”知っている”わけではないらしい。

 その事実に、今までどこか超常的な存在だと思っていたマーサ・シプトンに対し、ルクリオスは勝手に親しみを覚えた。彼女もまた、普通の人間なのだと。


「…全く、こんな年寄りを口説こうだなんてとんだお子様だねぇ。将来良い男になるよ」

「え? いや、そんなつもりは…」

「はは、知っているさ。これくらいの冗談はかわせるようになりなさいな。ただ悪いが、今日は本当に都合が悪いんだ。もうすぐ孫が帰ってくる。あの子は何も知らないんだ…わたしの力のことも、わたしがレフィルト国と関係があることも」


 その前に帰ってほしい。

 そう困ったように微笑むマーサを前にしたのでは、腰を上げるしかなかった。何も知らない彼女の孫と、自分たちが顔を合わせることは都合が悪いだろう。何故他国の偉い人間が祖母に会いに来たのかと疑問に感じるに違いない。


「…明日の同じ時間」

「え?」

「そのタイミングならあの子はいないよ」


 また来て良いという言外の許可に、ルクリオスは顔を輝かせた。お礼を言えば、マーサは苦笑した。


「全く、あの子と同じくらいの子供だからかつい甘くなっちまうね。その真っ直ぐさも、ずるいったらないさ」




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