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27.ルクリオスの過去2

 リリーは翌日に保護された。商人に化けた誘拐犯たちが運んでいた積み荷の奥から、ひどく衰弱した状態で。

 魔法使い、それもレフィルト国の中でもそれなりに力のある一族を狙った犯行。どこかの国の関与が疑われて国際問題に発展したけれど、当時のルクリオスはそれどころではなかった。

 幸いレフィルト国を出る前に犯人は捕まえられたけれど、幼い少女の心には深い傷が残った。リリーは今まで以上に他人を怯えるようになった。さらには魔法の力がひどく弱くなっていた。誘拐というトラウマから、無意識に原因となった己の魔法を拒否しているためではないかと医者は言ったという。

 その後、プルーフォリー家は爵位を返上しようとした。プルーフォリー家は水を操る力の有用性を認められ、水路の管理を任されていた。その仕事ぶりが評価されて爵位を与えられた家系である。いずれ一人娘であるリリーが継ぐはずであった。しかし彼女の両親はトラウマを抱えた彼女には荷が重かろうと、そのしがらみから娘を解放しようとしたのだ。

 結果としてこれまでの働きを評価し、少なくとも当代のうちはそのままでいることになったとルクリオスは聞いた。


 どうして被害を受けたプルーフォリー家が、そんな決断をしなければならないのだろう。

 そうひどく憤ったことを覚えている。


「(がんばった人は、正しくむくわれるべきなのに)」


 リリーはいつも授業を頑張っていた。いずれプルーフォリーのお役目を継ぐのだと、決して器用ではない彼女は何度も失敗しながら、成功するまで繰り返すような努力の子だった。最近は同じ水を操る魔法使いである父に付いて、仕事を見学させてもらっているのだと微笑んでいたのだ。彼女の両親だって何も悪くない。ただただ真面目に仕事をしていた。彼らの一族は市民の評判だって良いと聞く。

 身勝手な人間のせいで、どうして彼らが。


 リリーのお見舞いには行かなかった。正確には行けなかった。王子という立場の自分が行けば、間違いなく気を遣わせてしまう。せめてと見舞いの手紙と品を送った。


「(あの事件を防ぐことができていれば…)」


 そこでふと思い出した。『魔女』―――『未来視の魔法使い』の話を。

 かの魔法使いの力があれば、そんな理不尽を食い止めることができる。事件が起きる前にその事件を知ることができれば、それを回避することなど容易い。

 彼女を探そう。そして力を貸してもらおう。幼いルクリオスは、そう決心した。




 結果として、『魔女』は案外あっさり見つかった。

 彼の決心を聞いた兄が、第一王子の特権を大いに振りかざして協力してくれたのが大きいだろう。なんと『魔女』は大陸の中でも特に魔法に厳しいライリット国でひっそりと暮らしていた。当然力を隠しながら。


 ルクリオスはすぐに会いに行った。兄も付いて行こうとしたけれど、残念ながらすでに仕事をしていた彼は国から離れられず。信頼できる護衛をつけて、「ルカならもしかしたら、『魔女』も話を聞いてくれるかもしれないね」と弟を送り出した。




 『魔女』が住んでいたのは普通の家だった。レフィルト国よりも屋根の傾斜が緩い、小さくも大きくもないごく普通の一軒家。

 緊張しながらノックしようとしたが、叩くよりも前に内側に扉が開いた。小さな拳が空ぶる。驚く彼の視線の先には、ひとりの老婆が立っていた。


「入りなさいな」


 老婆が言った。

 呆気に取られるルクリオスの後ろで、護衛二人が緊張するのが分かった。しかし老婆は気にした様子もなく、むしろ心底迷惑そうに顔を歪めた。


「あと十秒もすれば人が通る。その前に家に入っておくれ。そんなお偉いさんな恰好した人らがご近所に見られたら、面倒になるからね」


 老婆の言葉に、ルクリオスも護衛たちも息を吞んだ。急に押しかけたのはこちらとは言え、彼女の物言いはだいぶ失礼に当たる。そんな指摘ができないほど、彼らは瞬時に理解した。

 間違いない、彼女だ。


「用件はわかっているよ。レフィルト国からのお客さん方」


 妙な緊張感があった。探し求めていた人物に会えたことへの高揚感も含まれていたかもしれない。ルクリオスの心臓が早鐘を打っていた。

 ひとまず促されるままにルクリオスと護衛たちは室内に足を踏み入れた。室内はやはり普通そのものだ。子供が一緒に住んでいるのだろうか、明らかに子供用の服や玩具が目についた。


「あ、の、あなたは…」


 らしくもなく、声が震えた。国の王子らしく、いつも堂々とすることを心がけているというのに。しかしそんな教えを守るだけの余裕が、今のルクリオスにはなかった。

 だって今、彼の目の前にいるのは。


「ああ、そうだよ。わたしがお探しの『偉大なる魔女』さ」




 「大したもてなしはできないからね」と言いながら、彼女は人数分の紅茶を差し出した。


「ついでにお子様にはこれをあげよう」


 そう言って差し出されたのはクッキーだった。端が欠けたり、形がバラバラだ。

 いつも城で味はもちろん、見た目も完璧なお菓子ばかりを見ていたルクリオスは、驚いて目を瞬かせた。そんな彼の心情を読み取ったのだろう魔女は、ふんと鼻を鳴らした。


「なんだい、文句があるなら食べなくて良いよ。わたしの孫が手伝ってくれた貴重なものだから、君には勿体ないかもね」

「おい、先ほどから黙って聞いていれば殿下になんという口の利き方を…」

「文句があるなら今すぐ帰ってもらって構わないよ。わたしはこのままそちらを放っておくと面倒になることを”知っている”から家に入れただけさ。本音は関わりたくないんだ」

「貴様…」

「だいたい、わたしはライリット国の住人だよ。関わりのない他国の人間に尻尾振って何になるのさ」


 さらに食い下がろうとした若い方の護衛を、ルクリオスは制した。護衛は顔を歪めながら引き下がる。


「ウチの者が失礼した。えっと…魔女殿」

「その呼び方はやめてくれるかい。わたしはマーサさ。マーサ・シプトン」


 歴史書でも魔女の名前は出てこなかった。当時の彼女が警戒して名乗っていなかったのかもしれないし、記録を残す側に抹消されたのかもしれない。

 とにかく名前を明かされたことで、目の前の彼女が実在している人間なのだと、ルクリオスは今更ながら実感した。


「ではマーサ殿。オレはルクリオス・リベラ・レフィルトだ」


 ついで後ろに控える護衛たちも紹介しつつ、己がレフィルト国の第二王子であることも明かした。

 マーサはただ静かに聞いていた。その態度にルクリオスは首を傾げる。さすがに違う国とは言え、突然王族の人間が自分を訪ねてきたら驚くものではないだろうか。


「(まるで、すでに聞いたことがあるかのような…)」


 そこでふと思い当たった。

 彼女は先ほど”知っている”と言っていた。そして彼女は未来視の力を持つ魔法使いだ。もしかして、とルクリオスはクッキーを齧る彼女を見つめる。


「マーサ殿、今日オレたちが来ることを知っていたのか?」


 緊張した面持ちの彼に、マーサは「そうさね」あっさりと頷いた。


「そう驚くこともないだろう。君はわたしのこの力が欲しくて、わざわざこんな遠くまで来たんじゃないのかい?」

「そ、それはそうなのだが…やはり本物なんだと思って…」

「はは、そんなところはまだまだ年相応じゃないか。可愛いところもあるもんだ」


 ルクリオスは誤魔化すようにクッキーを口に入れた。完全に勢いだった。口の中で生地が崩れる。普段口にしているような洗練された味ではないけれど、素朴な甘みが広がっていく。


「おいしい…」

「お、そうだろうそうだろう。気に入ったんならもっとお食べ、リオ坊」


 リオぼう。

 何を言われているのかわからなくて、もう一つとクッキーを摘まんだまま固まった。まさかそれは。


「貴様、殿下に対してなんという無礼な呼び方を…!」

「はあ? 無礼ってなんだい、愛称だよ。可愛いだろ」

「どこがだ!」


 先ほどの若い護衛が声を荒げた。今度はその隣に立っているある程度ベテランの護衛が彼を諫める。

 ルクリオスは何も言っていないのだけれど、よほど顔を顰めていたのかマーサはふむ、と考え込んだ。本音では彼も嫌だった。


「そんなに嫌かい。じゃあリオスくん」

「…まあ、それなら」


 坊よりはマシだろう。

 呼び慣れない響きにこそばゆさを覚えつつ、ルクリオスは頷いた。彼と親しい人はだいたいルカと呼ぶのだけれど、わざわざ訂正するほどでもない。しかも「くん」付けなど初めてされたのだ。違和感を覚えるのは仕方がない。


「だらだら話すのもお互いのためにならないから結論だけ言わせてもらう。わたしは自分の力を国のために使うつもりはない。悪いが帰っておくれ」




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