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24.整理できていない感情

 顔を真っ赤にさせて動揺するわたしを心配して、シャラさんは再び居住スペースへと案内してくれた。「落ち着くまでここで休んでて良いからね」と何も聞かずにふかふかのソファを貸していただいている。店があるからと去っていくシャラさんに深く感謝しつつ、申し訳ない気持ちも同時に抱いていた。だって今のわたしは、決して体調不良などではないのだから。


 魔石に記録されていた映像。あれは間違いなくわたしが幸せを感じた思い出たちなのだろう。

 おばあちゃんとの日々はわかる。思い起こしても幸せだったと言い切れる。ただ最後の映像だけは自覚すらなかったもので。


「(いやだって初めて自分以外の魔法使いに会って、その魔法を見せてもらっているときだし! それが空を飛ぶとかいう夢見たことあるタイプだったし! 幸せなのはむしろ当然じゃない!?)」


 だから、わたしがあんな表情をしていたことに他意などない!

 心の中で叫び散らしながら、ソファに頭ごと沈んだ。顔面にふかふかと良い感触がする。顔が熱い。


「アシェラちゃん、落ち着いたかな?」


 少し経って。頭上からかけられた声に頭を上げると、シャラさんの旦那さんが心配そうにこちらを見下ろしていた。人様の家で何と勝手な振る舞いをしていたことか。我に返ったわたしは、すぐさま姿勢を正してから平気な顔を作り、「お気遣いありがとうございます」頭を下げた。散々醜態をさらした後なので手遅れかもしれない。

 しかし幸いにも旦那さんは特に気にした様子はなく、にこりと優しそうに微笑んだ。良かった、先ほどまで暴れ散らしていた姿は見られていなかったらしい。


「まだ何かあれば休んでくれていて良いんだよ」

「いえ、もう大丈夫です。どうもありがとうございます」

「そうかい? それならお迎えが来ているから、お呼びしても大丈夫かな?」

「お迎え、ですか?」


 リリーさんだろうか。彼女は仕事があるから家に残ると言っていたけれど。

 いまいちピンと来ないまま、それでもここで断る選択肢はないだろうと頷いた。




 選択肢が存在しなくても無理やり勝ち取れば良かった。「断る」を。いや、いっそ「逃げる」でも良かった。結局帰る場所はひとつなのでいずれ会うことにはなるのだけれど、少なくとも今は会いたくなかった。心の底から。


「お忙しいでしょうに、何故わざわざわたしのお迎えになんていらしているんですか。リオスさん」


 棘があるような言い方になったのは無意識だった。それだけ、今はその綺麗なお顔を見たくなかったのだ。

 向かいのソファに座り、旦那さんが出してくれたお茶を優雅に啜っているリオスさんは首を傾げた。


「なんか顔色悪いな。大丈夫か?」

「大丈夫です。あの、あれです…目の当たりにした魔法に興奮しすぎまして…」

「あぁ…」


 本当は魔法の結果として出されたものに対してだけれど。まあ嘘ではないし、とわたしもお茶を一口飲み込んだ。

 全く疑っていない様子のリオスさんは、いつもと変わらない様子でこちらを見つめている。気を抜けば顔に集まってきそうな熱は根性で抑え込んだ。イリシオス家で散々鍛えられた、自分を律する作法がこんなところで役に立つとは思わなかった。


「この間のことがあったばかりだからな。街中をひとりで歩かせるのは心配だから付いて行こうと思ったんだよ」

「子供じゃあるまいし大丈夫ですよ。まだわたしの魔法のことは秘密にしていますし」

「じゃあ言い方を変える。オレがアシェラと一緒に出歩きたいから来た」


 お茶が器官に入って咽た。

「大丈夫か」と言いながらこちらに近付いてきたリオスさんに手を差し出して静止をお願いする。背を叩いてくれるつもりだろうが、今は本当に一定の距離を置かせてもらいたいのだ。


「ごほごほっ、だ、大丈夫、です…」

「そうは見えないんだが」

「お茶が変なところに入っただけ、ですから…」

「体調が良くないなら後日にして今日は家に戻るか? いろいろ案内したかったが、別に急ぎではないからな」

「案内?」

「ああ。この国のことほとんど知らないんだろ? せっかくだから一緒に行って説明しようと思ったんだよ。魔法以外にも誇れる場所はいろいろあるから」


 「一緒に出歩きたい」ってそういう意味ですか。

 心の中だけでそう呟いて、わたしは漸く整った息を吐き出した。ひどく動揺したことを恥じつつ姿勢を整える。せっかくの申し出だけれど断ろう。今日はリオスさんと一緒に過ごしたくない事情があるのだ。


「あの、せっかくなのですが…」

「ルカ様ー!」


 わたしの声をかき消すような甲高い声が割り込んできた。ついでに、今までリオスさんしかいなかった視界の中にも影が割り込んできていた。その影は横からものすごい速さで飛んできて、リオスさんにしがみついた。さすがの彼も突然の襲撃に反応しきれず、そのままソファに影ごと倒れる。


「お久しぶりですルカ様! 我が家にいらっしゃるなんて、事前に言ってくれれば歓迎の準備をしたのに!」

「い、いや…今日はオレの用事があったわけじゃないんだよ」

「そうなのですね! とにかくお会いできてうれしいです! 今日も一段と素敵です!」


 リオスさんを押し倒したのは女の子だった。ベルちゃんより少し幼く見える彼女はリオスさんの腰に抱き着きながら、ついでに言うなら彼の上に乗っかりながらとても良い笑顔を浮かべている。何だろう、子猫が主人にじゃれついているような微笑ましい光景のはずなのだけれど。


「(なんか…もやっとする…)」


 きっと蚊帳の外にされたことに不満を感じているに違いない。

 そう自分に言い聞かせていると、件の少女がこちらに顔を向けた。ばっちりと絡み合った視線を逸らすこともできずにそのままでいると、見る見るうちにその吊り目がちな大きな瞳が細められていく。これは間違いなく、敵を見る目だ。


「ルカ様、この人は?」

「先にどいてくれクロエ。あと抱き着くなといつも言っているだろ。女の子がはしたないぞ」


 クロエと呼ばれた少女は不満そうにしながらも、リオスさんの言う通り彼の上から体を起こした。それでも椅子に座り直した彼の横にぴったりとくっつく形で彼女自身も座っている。リオスさんは諦めたようにため息をついて、そのまま受け入れていた。

 これまでのやり取りですぐに理解した。クロエという少女はリオスさんのことが好きで、こういったやり取りは顔を合わせる度に行われているのだろう。

 というか、ルカ様ってどういうことだろう。リオスさんのことを指していることは分かるけれど。愛称にしては随分響きが違うような、と思考にふけっていたが、少女の固い声に我に返った。


「それでルカ様、この女の人は誰ですか?」

「睨むなクロエ。この人はアシェラ。オレの大事な客人だ」


 睨むなと注意された少女だったけれど、紹介されたことでその鋭さはさらに増した。おそらく「大事な」という部分を変に誤解したのだろう。下手をしたら「客人」と続けられた単語が聞こえていなかったのかもしれない。


「アシェラにも説明する。この子はクロエ。正確にはクロシェット・クリンゲル。ここのご夫婦の娘さんだ」

「はじめまして。アシェラです」

「…どうも」


 クロエちゃん――年下だしそう呼ばせてもらおう――は全力で警戒した様子を隠そうともせず、ぼそりと呟いた。それでも返事をしてくれたあたり最低限の礼儀はある子のようだ。


「あなたが、身体強化魔法を使える警備隊志望の人?」

「え?」

「ああ、その人だ。まだクロエには紹介していなかったはずだが、どこでそれを?」


 急な話に驚いて何も返せなかったが、すぐにリオスさんがフォローしてくれた。身体強化魔法も警備隊志望もわたしの本心ではないけれど、確かにそれはわたしのことで間違いない。そういう設定で王城に入っているのだから。


「今日、『補助員』として警備隊のお仕事に行ったんです。そこで隊員さんに聞きました。隊長――ルカ様が目にかけている新人候補がいるって」


『補助員』って何だろう。そんなわたしの疑問が顔に出ていたのだろう。すぐにリオスさんが説明してくれた。

 正確には『警備隊補助員』というもので、正式な警備隊員ではないが有事の際に警備隊へ協力する人物のこと。ちなみにこの制度はリオスさんの隊だけで用いられているのだそうだ。今は補助員として4人ほどいるらしい。何とリリーさんもそのひとりだとか。

 正式な警備隊員ではない理由は様々だが、クロエちゃんは年齢の都合で補助員に留まっている。本人は正式な加入を希望しているらしいけれど。


「あたしは『物の記録を読み取る』力があるの」

「えっ、クロエちゃんも魔法使いなの!? 物の記録って、えっ、どんなの!?」

「補助員とはいえルカ様の隊所属なんだから、魔法使いに決まっているでしょ!」

「アシェラって本当そこブレないよな」


 呆れた様子のリオスさんを後目に、わたしは先ほどまで胸に巣くっていたもやもやを吹き飛ばす勢いでクロエちゃんに詰め寄った。彼女は一瞬たじろいだけれど、わたしが純粋に質問していることを理解してくれたのか素直に説明してくれた。少しどや顔を浮かべているところが何とも可愛らしい。

 曰く、物には色々な記録が残されているらしい。その物が作られたとき、市場に出回るまでの流れ、売られた先での扱いなど。そういった記録を、クロエちゃんは覗き見ることができるのだとか。「あたしはまだ上手く使いこなせてないから、強く刻まれている記録くらいしか見られないけど。そのうち自由に何でも見えるようになってみせるから」と言う彼女は、小さいながらも立派な魔法使いだ。

 母親のシャラさんが人の記憶に作用する力な半面、娘のクロエちゃんは物に対して作用する力のようだ。


「今日は例の爆弾犯たちの身辺調査のために、あいつらの持ち物からやつらの企みを探ってきたんだから! 実際、他の仲間の情報とか取ってきたし!」


 爆弾犯、という言葉に僅かに肩が強張った。間違いなく、セントラムでわたしのことを襲ってきたアドングと偽警備兵のことだろう。解決したわけではないと以前もリオスさんから聞いていたけれど、こんなに早くあの人たちのことを耳にすることになるとは思わなかった。

 無意識に手に力が籠った。さすがに死にかけた恐怖はそう簡単には忘れられない。


「クロエ。警備隊の仕事は守秘義務があると言っているだろ。むやみに人に話すな」

「えっ…あ、ごめんなさい。ここには警備隊に関係する人しかいないから、良いかと思って…」


 リオスさんの固い声に、クロエちゃんは見る見るうちに小さくなっていった。


「隊員同士で携わっている任務が違う。君が関わる任務は特に重要な案件が多いんだ。次から気を付けるんだぞ」


 きちんとクロエちゃんが反省したことが分かったからか、リオスさんがぽんと彼女の頭に手を置いた。僅かに瞳を潤ませていたクロエちゃんが、頬を染めながら「わかりました」頷いた。

 クロエちゃんはわたしよりも年下の女の子で、まだ少し迂闊なところがあるらしい。そんな彼女を諭しつつも慰めている。隊員を成長させるため注意するべきところは指摘し、フォローも忘れない。隊長として相応しい振る舞いだと思う。

 目の前にあるのは、可愛らしい女の子が好きな人に頭を撫でられ照れている、微笑ましい光景だ。

 ずきりと嫌な痛みを訴えるわたしの心臓は、何かの間違いだ。


「あの」


 たまらず声が滑り落ちた。ふたりが同時にこちらへと振り向く。まずい、わたし今、どんな顔をしているだろう。


「アシェラ?」

「すみません、わたしこの後行きたいところがあるんでした。先に失礼しますね」


 どうにか表情と声色を取り繕う。ついでにスカートの裾を両手のつま先で持ち上げて一礼。そのまま走ってその場から逃げ出した。あらかじめ聞いていた居住スペース側の出入り口から一直線に飛び出す。

 後ろからリオスさんの静止の声が聞こえたけれど、立ち止まることはできなかった。今止まってしまったら、この整理できていない感情ごとぶちまけてしまいそうだったから。




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