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23.幸せな思い出

 大通りに面した一等地に、クリンゲル店はあった。

 そのお店で売られているものはただひとつ、訪れた人の『思い出』だ。


「お客様の望む思い出はもちろん、希望があればその人の無意識に刻まれている『幸せな思い出』を呼び起こすことも可能ですよ。もし後者が希望なら主人の方で魔法をかけて、呼び起こされた思い出をあたしが保存する形になります」


 シャラさんの魔法は『記憶を保存する』こと。その力を使って、魔石に対象の記憶を刻むのだそうだ。彼女の旦那さんは『眠り』の魔法が使えるそうだが、単純に眠気を呼び起こすものではなく、かけられた人が『幸せだと感じた瞬間』を夢見させる魔法らしい。相手に絶対幸せを与えられる魔法だなんて、なんて素敵なものだろうか。魔法らしい魔法だと思う。


「お客様はどちらがよろしいですか?」


 すっかりクリンゲル店の店員の顔をしているシャラさんに、わたしは「後者でお願いします!」即答した。魔法使いふたり分の労力がかかる分、料金としては高いものになる。ただそれ以上に、わたしはどうしてもご主人の魔法を経験してみたかった。普通の料金ならちょっと良いお店で夕食を取ったときの一回分くらいだが、今回はリンさんの知り合いだからと特別にだいぶ安くしてもらえた。あらゆる意味でありがとうリンさん。


「ではまずは主人からですね。少々お待ちください」


 リンさんとの通信で使わせてもらった居住スペースからお店の方に戻って、お客さん用の部屋に案内されたわたしは、ご主人を呼びに行くというシャラさんに頷いた。

 しばし一人の空間になる。入り口から見えないようカーテンを引かれた一室。机を挟んで向かい合うように配置された椅子が二脚あって、隅には観葉植物が置かれている。手持無沙汰になってしまって、わたしは机の上に置いてあったカタログに手を伸ばした。思い出を保存する用の魔石は色々種類があるそうで、そこから自由に選べるのだそうだ。以前オリバーさんが見せてくれたこの国の身分証明証に使われている黒いシンプルなものから、宝石のような輝きをしているものなど、様々な石がカタログに載っている。もちろん物によって値段は違うらしいけれど。

 わたしはよく分からないしこだわりもないので、シャラさんおすすめの物を依頼してある。そのため特に選ぶ必要はないのだけれど、見慣れない魔石を興味深く眺めていた。


「(あれ?)」


 そのうちのひとつで、思わず目が留まる。

 鮮やかな緑色。光の当たり具合でその濃さが変わって見える、宝石のようなそれ。


「(この魔石、お母さんの形見にそっくり…)」


 思わず首元に下がっているペンダントに触れた。ゆっくりと持ち上げて、カタログに載っている写真と見比べてみる。やはりよく似ている。


 ―――からんからん


「ごめんください」


 来客を告げる鈴の音に、女性の声。集中していたわたしは突然のそれに心底驚いて飛び上がった。カタログが指の隙間をすり抜けて床へと落ちる。慌てて拾い上げてから机の上に置いた。

 お客さんが来たようだ。だが間の悪いことに今従業員はみんな店の奥にいるはずだ。女性の声も決して大きくはなかったから、シャラさんにもご主人にも届いていないのか、特にこちらに向かってくる気配はない。ふたりとも、きっと準備をしてくれているのだろう。

 今店頭に従業員がいないのはわたしのせいなんです。今のわたしはお客なのだから正当な立場ではあるのだけれど、リンベル酒場で鍛えられた接客魂もあって、他のお客さんに待ちぼうけを食わせてしまっている状況に罪悪感が広がってくる。下手をしたら客を待たせるような店だとクレームがはいらないだろうか。


「(…今シャラさんたちは奥にいるって伝えるくらいなら、変じゃないよね?)」


 そっとカーテンから顔を覗かせる。

 出入口の扉を背に、ひとりの女性が立っていた。リオスさんよりも少し色味が濃い白銀の長い髪をふわりと揺らしながら、上品なドレスを身に纏った彼女。恐ろしいほどの美人がそこにいて、わたしは思わず息を呑んでしまった。チョーカーに付いている黒いシンプルな宝石すら、彼女の美しさを引き立てているようだ。年齢はわたしとそう変わらないように見える。

 あまりにも観察してしまっていたせいだろう、視線に気付いたのか伏せていた顔を女性が上げる。ばちり、と音がしたかと思うくらい完全に目が合った。

 …どうしよう。今のわたしって、ひっそり盗み見ている怪しい人物じゃないだろうか?


「こんにちは」


 しかしわたしの不安を吹き飛ばすように、女性は柔らかく微笑んだ。彼女からしたら完全な不審者でしかないだろうに。

 一瞬その美しい笑みに見惚れてしまったけれど、わたしは慌ててカーテンを引いて向こうの部屋に身を滑り込ませた。せめて全身を見せた方がまだ変人感は薄いだろうと思ったからだ。


「こんにちは。今、クリンゲル店のご主人たちはお店の奥にいらっしゃいます。もう少し待っていただければ戻ってこられるかと」


 精一杯の笑みを返す。そうすると、何故か彼女は驚いたようにその大きな瞳を瞬かせてじっとこちらを見てきた。


「(え…何か失礼なことをしてしまったかな?)」


 今更後に引けず、わたしはどうにか口元に笑みを貼り付け続けた。顔の筋肉が吊りそうだ。

 女性と見つめ合うことしばし。この空気どうすれば良いのだろう、と必死に考えていたわたしの耳に、こちらに向かってくる足音が届いた。わたしがほっと一息ついたのと、ひとりの男性が姿を見せたのは同時だった。おそらくシャラさんのご主人だろう。


「えっ!? ラナラージュ様、いつの間に!?」

「つい先ほどですわ」

「気付かず申し訳ありません。ご案内しますので少しお待ちください」

「分かりました」


 ラナラージュ、と呼ばれた女性を見つけた途端、彼は慌てて彼女を入り口近くにある椅子へと誘導した。彼女は優雅な仕草で腰を下ろす。恰好や口調、シャラさんのご主人の態度から見て、おそらく彼女はこの国の権力者の一族なのだろう。生憎とレフィルト国の貴族の名前などまだ知らないので、どれくらいの立場の人物なのかは分からないけれど。

 レフィルト国の貴族は実力がなければ認められないと聞いているので、ラナラージュ家も何か特別なものを持っているのだろう。そうぼんやり考えていると、「お待たせしました」とご主人がこちらに振り返った。

 何となく先ほどの女性を見れば、彼女は何故かわたしをじっと見ていた。思わず先ほどと同じようににこりと微笑んでみれば、彼女も変わらず美しい笑みを浮かべてくれた。その表情がはじめのものよりも柔らかく感じたのは気のせいだろうか。そうしているうちにご主人がカーテンを引いて、彼女の姿はわたしの視界から消えた。




 椅子に座ってシャラさんのご主人に魔法をかけてもらったと思ったら、次に気が付いたときには全て終わっていた。時計の針を見てみれば数分進んでいたが、全くそんな認識はない。瞬きの瞬間に時間が進んだような感覚だ。驚いて時計を凝視するわたしに、「皆さんそんな感じですよ」ご主人は人の好さそうな笑みを浮かべた。

 しばしその部屋で待っていれば、シャラさんがご主人と入れ替わる形で入ってきた。


「お待たせしました。こちらがお客様の思い出を写し取った品です」


 差し出されたケースの上に、綺麗な琥珀色の宝石――ではなく魔石が置かれていた。いつか造ってもらったブローチ型の『魔道具』とよく似たその色。わたしの反応で何を思ったのか察したらしく、シャラさんは「妹おすすめのお色にさせていただきました」と悪戯っぽく笑った。その笑顔が、何となくリンさんと被って胸が温かくなる。


「ありがとうございます。嬉しいです」

「お気に召したようで良かったです。よろしければご確認ください」


 魔石に刻まれた思い出を見るには、対象に触れて「見たい」と考えるだけで良いらしい。基本的には『魔道具』とそう変わらない使い方のようだ。壊さないようにそっと魔石を両手で包み、目を閉じて念じてみる。



「どんなに大変でも、自分に正直に、まっすぐ生きなさい。そうして幸せになるんだ―――約束だよ、可愛いアシェラ」


 おばあちゃんがわたしの頭を抱きしめていた。わたしはおばあちゃんに抱き着きながら笑っている。ニコニコと幸せそうに。

 画面が飛ぶ。

 次に見えたのはおばあちゃんとわたしが家でケーキを食べている映像だった。忘れもしない。これはわたしの誕生日を祝ってくれたときのものだ。わたしはやはり幸せそうに笑っている。おばあちゃんと食べる最後のケーキになるとも知らず。

 画面が飛ぶ。

 その後もおばあちゃんとの日々がいくつか流れた。覚えていないような幼い頃の映像もあった。どのシーンも、わたしは無邪気に笑っている。ただただ、幸せそうに。

 また画面が飛んだ。

 最初に見えたのは光の粒だ。黒い世界の中で、光がそこかしこで輝いている。


「綺麗…」


 その光の粒を見下ろすわたしが感嘆の声を漏らした。思わずと言った様子で零したそれが聞こえたのか、すぐ傍にいるリオスさんは柔らかく微笑んだ。足元の光の花に奪われていた視線が、彼の表情に吸い寄せられる。あまりに美しいそれに、わたしは―――――



 ばちっ、と目を開けた。

 目の前には組み合わせた自分の両手がある。


「どうでしょう? お客様の幸せな思い出は―――おや?」


 幸せな思い出。

 心臓がいつもより早く打っているのが分かる。確かに今見えた映像のわたしはどれも幸せそうに笑っていた。そう、どれも。


「アシェラちゃん? そんなに顔を真っ赤にさせて、どうかした?」


 あのセントラムでの束の間の空の旅。

 自分があんな笑顔を浮かべていただなんて、気付いていなかった。




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