20.争い
怒りに顔を染め上げ、瞳も歯もむき出しにしたガラットが腰に差していた剣を引き抜いた。オリバーさんも咄嗟に自分の剣を掴む。
キィンッ、美しい庭園には決して似つかわしくない、剣のぶつかり合う音が響いた。
「お、おいガラット!」
「さすがに武器使うのはまずいって!」
わたしとリリーさんを抑えているふたりが慌てるが、ガラットは聞く耳を持っていない。怒りのせいで聞こえていないと言った方が正しいかもしれない。
彼らの意識が逸れたのを良いことに、「何とかこの状況が打開できるような未来が視えますように!」と祈るような気持ちを込めてこめかみに力を込めた。ばちっ、と脳に電流が走ったような感覚の後、すぐに頭の中で映像が流れだした。
「お得意の魔法とやらでどうにかしてみろよ! てめぇの役に立たない魔法じゃ無理だろうがなぁ!」
ガラットが乱暴に振るった剣が、中庭に生えていた木の枝を乱暴に切り落とした。なかなかに立派だったそれは、運の悪いことにわたしと後ろの男の頭上にかかっているもので。
わたしたちはそれぞれ情けない悲鳴を上げながら横に逸れて何とか躱した。わたしに至っては、男が避けるついでにわたしの腕を引っ張ったために躱せたという方が正しいかもしれない。
「ガラットてめぇふざけんな! 危ないだろうが!」
男が怒りの表情で叫ぶのを他所に、わたしは驚いて放心している。
瞳を開く。チャンスだ、とわたしは身体強化の『魔道具』に意識を向けながら、今視えた未来を待った。
「お得意の魔法とやらでどうにかしてみろよ! てめぇの役に立たない魔法じゃ無理だろうがなぁ!」
ガラットの叫びが鼓膜を劈いてきたのと同時に、わたしは『魔道具』を自身に発動させた。細かい指定ができるのかは全く把握できていないが、とにかく腕に強化をかけるイメージで。
次の瞬間、ガラットが乱暴に振るった剣が、中庭に生えていた木の枝を乱暴に切り落とした。同時にわたしは力づくで背後の男の拘束を解く。肉体強化に、男の油断もあったのだろう、意外と簡単に外れた。それと同時に男を突き飛ばす。
何が起きたのか分からない、と言った顔で男がその場に尻餅をついた。そんな彼を放って、わたしは急いで横へと飛んだ。当然、落ちてくる枝を避けるためだ。
身体強化をしているせいで思ったよりもすっ飛んだが、今度は何とか受け身を取って着地する。
「うわああぁっ!?」
狙い通り男に枝が直撃したらしい。ガサガサと葉が擦れる音に、何かがぶつかる鈍い音、男の悲鳴の三重奏。顔を上げれば、枝の下敷きになりながら頭を押さえて悶絶している男が見えた。シンプルに痛そうだが、無理やり自由を奪われた側な以上、当然同情心など湧いてこない。
呆気に取られている一同の中で、真っ先に我に返ったのはオリバーさんだ。何が起こったのかいまいち理解できていない元凶のガラットを無視して、オリバーさんはリリーさんの方へと一足飛びで距離を詰めた。そのまま剣をひっくり返し、刃とは逆の柄頭を、リリーさんを捕まえている男の脇腹へと叩き込む。彼は「ぐえっ」と蛙が潰れたような声を上げてよろけた。突然のことに解放されたリリーさんもたたらを踏んだが、体勢を素早く立て直したオリバーさんが彼女の肩を支えたことで何とか転ばずに済んだようだ。
形勢逆転だ。思わず顔を輝かせたわたしだったが、オリバーさんは険しい表情のままで。その視線の先にいるガラットも、特に焦っている様子はない。
「(あれ…?)」
「そいつらを解放して勝ったつもりかよ。そいつらがいようがいまいが、俺には関係ねぇっての」
「なっ、人質にしたくせに何言っているの!?」
「人質? 人聞きの悪いことを言うな。お前らはただ、オリバーの足を止めさせるために使っただけだ。人質なんざいなくても、俺が剣で負けるわけがねぇ」
強がりだ。そう思いたかったけれど、ガラットの自信に満ちた表情と、それとは対照的にオリバーさんの表情が固い。彼はガラットから視線を外さないまま、震えるリリーさんから手を離してわたしの方に押し出してくる。足を縺れさせて転びそうになったリリーさんを、今度はわたしが受け止めた。
途端、ガラットが再びオリバーさんへと躍りかかった。オリバーさんは咄嗟に後ろに跳んで振りかぶられた切っ先を避ける。中庭へと二人の影が飛び込んで行った。
こんな王城という真っただ中の場所で、こんな状況になっても私怨で武器を使うとかあの男正気!?
「ど、どうにか、しないと…!」
可哀想なくらい震えているリリーさんを見下ろせば、彼女の瞳からとうとう涙が零れ落ちるところだった。
「あ、あの人、ものすごく強いんです…! こ、このままだとオリバーが!」
「え…!?」
リリーさんの言葉につられるように切り合う二人を見れば、確かにオリバーさんの方が劣勢だった。素人目から見ても、彼が防戦一方なことが分かる。
こんなに騒ぎになっているのだから誰か通りかかってくれないだろうか。そう思って辺りを見回すが、残念ながら人影がない。王城の奥まったところだからだろうか。人を呼ぶのが一番だとは思ったが、へたり込むリリーさんを残していくことはできなかった。何よりすでに押されているオリバーさんをこのままにしていくことは危険だと、嫌なところで当たるわたしの勘が言っている。
「(み、未来を視たってどうにかなるわけないよね!? ど、どうしよう、何か…!)」
何か使えるものはないか、と荷物をひっくり返す。そもそもここにはリオスさんの部隊の見学という体で来ていたせいで物自体が少ない。バラバラと落ちてきた必要最低限な物に唇を引き結んだ。使えそうな物がまるで見当たらない。
こんなことなら防犯用の『魔道具』を買い足しておけば良かった!
「(何か、何かない…!?)」
こん、と荷物を漁っていた指先がとある物に触れて、思わず動きを止めた。
あんな正気とは思えないような相手に通じるだろうか。厄介なことに力で負けを認めさせるのではなく、心を折って大人しくさせる必要がある。
いや、今とれる手としてはこれしか思い浮かばない。何でも良いからやるべきだ。
「り、リリーさん!」
「えぁ!?」
それにはリリーさんの協力が不可欠だ。わたしも相当焦っているらしい、思った以上の大声でリリーさんに呼びかけると、彼女はその場で数センチ飛び上がった。申し訳ないが今は構っている余裕がない。
「わたしたちでオリバーさんを助けましょう! 協力してください!」
混乱と不安で泣いて座り込んでいたリリーさんだったが、わたしの言葉に彼女はしっかりと頷いてくれた。その瞳は涙にぬれながらも強い決意に満ちていた。




