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19.闖入者

 ギラリと光る鋭い瞳を真っすぐに睨み返した。こういった敵意を向けられるのは慣れっこだ。

 今わたしは、険しすぎて血管が切れてしまうのでは、と思うくらいの怒気を前面に押し出している相手と向かい合っている。ほんの少し前まで、ただ帰路についていただけだというのに…




「お疲れアシェラ。今日はこのままそれぞれの仕事だからあとは自由にしてくれ」


 木陰でリリーさんの淹れてくれたお茶をいただきつつ、剣や体術での訓練を見ていたわたしにリオスさんが声をかけてくれたのは、一時間ほど経ってからだった。


「言うのが遅くなって悪いな。立場上離れられなかった。明日からは早めに切り上げてくれて良いから」

「いえ、今までにない経験で興味深かったです。できれば明日以降もそのまま見学させてください」

「そうか…そう言ってもらえるとあいつらも喜ぶと思う」

「喜ばれるんですか?」

「ああ。あまり真っ当に褒められる機会がなかなか、な」


 僅かに目を伏せたリオスさんに、何とか返せば良いのか迷ってしまう。そうこうしているうちに、彼は「帰りはオリバーに付いてもらうから気を付けて帰ってくれ」といつもの調子で笑った。一瞬浮かべた憂いの表情が見間違いかと思ってしまうほどだけれど。


「(部外者のわたしが、そんなにズケズケと踏み込んで良い話じゃないよね…)」


 しかもわたしは、同じ立場に立つことを拒んでいる人間だ。リオスさんの表情に気付かなかったフリをして、戻っていく彼の背中を見送った。入れ違いで来てくれたオリバーさんに案内されながら、わたしはその場を後にした。




 先程とは違う庭に面した回廊を通っていた。来る時とは違う道だった。わたしは「さっきの庭は訓練用だったからかあまり花が咲いていなかったけれど、ここは綺麗に咲いてる。真ん中にある噴水がすごく神秘的だなぁ」などと呑気に考えながら美しい庭に見惚れていた。


「よお、オリバー。この間はご活躍だったそうじゃないか」


 悪意に塗れた声だと、初めて聞くそれに思ってしまった。前を歩いていたオリバーさんがぴたりと足を止める。その大きな背中の向こうに、三人の男性が目の前を立ち塞がるように立っていた。彼らもオリバーさんと同じく警備隊の服を身に纏っている。同僚ではあるのだろうけれど、その様子は決して友好的ではない。警備隊本部の人間だろうと、本能的に察した。


「…ガラット、今日は大切なお客様がいるんだ。そこをどいてくれないか」


 オリバーさんの声が固い。真ん中の人物がニヤリと口角を吊り上げたことから、彼がガラットなのだろう。

 三人とも、オリバーさんの前からどこうとはしない。こんなに敵意を放っているような相手ならば当然だろうけれど。やがてオリバーさんは諦めたようにため息をつくと、わたしの方に振り向いて庭へと通じる道を指差した。


「向こうから回りましょう」


 そのまま彼らを避けて通り過ぎようとしたのだけれど。やはり当然というべきか、ガラット以外のふたりが進もうとした道を塞いだ。にやにやと下卑た笑みを浮かべている二人組。

 空気が張り詰めるのが分かる。オリバーさんが瞳を険しくして、前へと向き直った。


「いい加減にしてくれ。俺に用があるんだろう。彼女たちを巻き込む必要はないはずだ」

「そっちの事情なんか知るかよ。俺が話しかけたタイミングで、お前が勝手に女連れていただけだろうが」

「今は任務中だ。話ならばあとで聞く」

「俺がお前の都合に合わせる理由がねぇなあ」


 思わずわたしの眉間にも皺が寄る。滅茶苦茶な言い分だ。こんなのが本当に一国の警備隊員?


「そんなに気になるんなら、ほら」


 ガラットの口元がさらに三日月形に歪んだ。嫌な予感がしたと同時に、両手が何かに捕まったかと思うと、後ろに無理やり引っ張られた。容赦のないそれに少しの痛みを覚えつつ、何とか抵抗しようとしたが到底叶わず、背後で両手が纏められてしまう。「ひゃあぁ!?」という悲鳴に振り向けば、同じように捕まっているリリーさんが見えた。先ほどのふたりの男のうちのひとりで、わたしの後ろにはその片割れが立っている。

 やってしまった、と思った。リリーさんとふたり揃って、見事にガラットの仲間に捕まってしまったという状況である。


「ガラット! ふざけるのも大概にしろ!」


 珍しく声を荒げるオリバーさん。

 せめてもの抵抗で腕を引き抜こうとしてみるが、やはりびくともしない。後ろの男が面倒くさそうに舌打ちしただけだった。


「これでお前が気にしなくても良くなっただろ?」

「…用件は何だ」

「いやー、お前らの隊が連続爆弾犯を捕まえたんだって? しかもお前は現場に居合わせた立役者だとか」

「捕まえたのは隊長だ。俺自身の功績じゃない」

「おやおやぁ、随分殊勝な態度じゃねぇか。残念だなぁ、俺はお前の活躍を褒め称えに来たんだが」

「それは無駄足だったろう」


 ガラットの瞳が吊り上がった。彼は大股で距離を詰めたかと思うと、オリバーさんの胸倉を乱暴につかみ上げた。背後でリリーさんの悲鳴が上がる。


「警備隊から逃げ出した腰抜けのくせに、俺に偉そうな口聞くんじゃねぇよ」

「なっ…あなた警備隊員でしょ!? 仲間に何してるの!?」

「こんな奴と一緒にするんじゃねぇ!」


 ガラットの血走った目がこちらに向けられた。同時に掴んでいたオリバーさんの服を振り払うように放した。怒鳴り声に一瞬怯んでしまったが、目を逸らすことなく睨み返す。見た目通り短気なのか、額に血管が浮かび上がるのが分かった。こちらに一歩踏み出してこようとした彼の前に、今度はオリバーさんが立ち塞がる。ダンッ、とオリバーさんの足が強く地面を叩いた。


「…いい加減にしてくれないか」

「あぁ?」

「市民を守るのが警備隊だろう。その守るべき存在を脅かすなど、お前のしていることが恥ずべき行為だと何故分からない」


 ガラットの瞳が見開かれる。次いで、顔を真っ赤に染め上げて行った。義母が怒りの沸点に達したときに、よく見た光景だ。

 まずい、と冷や汗が頬を伝っていくのが、やけにはっきりと感じられた。




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