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17.これから

「それでオレが来た時にあんな面白――いや、騒がしい状態になっていたのか」

「今面白いって言おうとしましたよね?」

「気のせいだろ」


 笑いを堪えようとしている目の前のリオスさんに、わたしは鋭い視線を返した。しかし彼は窓の方に顔を向けてこちらを見ようとしない。その口元がぷるぷると震えていることに少し腹がった。



 リリーさんの魔法は彼女が言う通り液体を操作できるというものらしい。対象範囲は彼女の手が届く範囲で、操れる量も手の平で掬えるくらいが限界なのだそう。

 ただ液体という形状を自由に変えられるものだからこそ応用は色々効くだろう。たとえば降ってくる雨も体に触れる前に捻じ曲げてしまえば土砂降りの中でも濡れることなく移動できるだろうし、濡れた服だって水を吸いだしてしまえば一瞬で乾かせる。残念ながらリリーさんはあまり好んで魔法を使っていないそうで、そう言ったことはしたことがないそうだ。


「今度ぜひ見せてもらえないでしょうか? いっそ今すぐにそこの蛇口の水を使って―――」

「アシェラ、ストップ」


 肩をがしりと掴まれて、漸くわたしは我に返った。驚いて振り向けば呆れた表情のリオスさんがこちらを見下ろしていた。


「リオスさん?」

「ああ。遅くなって悪い。それより、あまりウチの使用人を責めないでやってくれるか」

「え?」


 そう言われて前へと向き直れば。

 可哀想なくらい真っ青な表情で、涙を堪えながら口を震わせているリリーさんがいた。彼女の感情と連動しているのか、手元のお茶だった液体の塊もうるうると波打っている。

 ―――距離を取りながら全力で頭を下げたわたしの一連の動きが、素早すぎて目で追えなかったと後にリオスさんに感心された。嬉しくない。



「オリバーがいればリリーと鉢合わせても大丈夫だと思っていたんだが、急な呼び出しとはタイミングが悪かったな…」


 リリーさんは、リオスさんとオリバーさんとならある程度普通に接することができるらしい。実際、リオスさんが合流してくれてからは彼女の顔色も幾分良くなっていた。先ほどわたしが散々怯えさせてしまったせいで、やはり数メートル距離は置かれているけれど。いっそ最初よりも遠いように見えるのは気のせいだろうか。


「お仕事で呼ばれたみたいでしたが、お会いしませんでしたか?」

「あ、あー…まあ、オレとは行き先が違ったんだろうな。会っていない」


 言い淀むリオスさんに少し疑問を抱いたが、守秘義務とかあるのだろう。わたしは彼がお土産として持ってきてくれたクッキーと共にその疑問を飲み込んだ。

 それよりも、わたしは彼に言わなければならないことがあるのだ。


「リオスさん、お心遣いはありがたいのですが、この家を使わせていただくわけにはいきません。わたしは自力で生きていくつもりです。お金だって貯めてきましたし、住む場所も自分で見つけます」


 強く言い切れば、リオスさんは僅かに目を細めたのが分かった。空気が変わったことは肌で感じた。視界の端にリリーさんが震えながらわたしたちを交互に見て慌てている姿が映って申し訳ない気持ちになるが、それでも引くつもりはない。


「まあ、そう言うかなとは思っていた」

「であれば…」

「でも君にはここにいてもらいたい。オリバーから聞いていると思うが、この家は色々魔法が施してあって、そこら辺の建物よりもセキュリティがしっかりしているからな」

「魔法…!?」


 一瞬心がぐらついたが、何とか踏みとどまる。その施されている魔法を一つ一つ確認したいけれど、そんなわたしの欲求で折れて良いところでは絶対にない。


「そ、そこまで安全面に注意する必要はないでしょう。程々で…」

「この国でその考えはダメだ」


 リオスさんの鋭い声に、驚いて言葉を飲み込んだ。真剣な彼の表情に押されるように、勢い余って僅かに浮かせていた腰を椅子に降ろす。


「ここまでの移動時間で説明したと思うが、レフィルト国は魔法を使って発展してきた。そのスピードは著しく、他国から注目されているほどだ」

「はい、それはお聞きしました」

「魔法使いは国から保護される。王城に届け出ればアシェラも色々保証を受けられるだろう」


 その話も聞いた。犯罪歴がなく、魔法を使える人物であれば基本的に受け入れられると。届け出の際、漸くわたしの身分証を活かせそうだと喜んだのはつい数日前のことだ。


「レフィルトの力の源と言って良いのが魔法――ひいては魔法使いだ。そんな状況で、他国はどう考えると思う?」

「他国、ですか? …すみません、ちょっと分からないです」

「だいたい二択だ。自国も同じように利用しようとするか、突出してきている国の力を削ごうとするか。前者はまだ良い。実績あるウチの技術が欲しいと考えるから、交渉してくるのが基本だからな。問題は後者」


 国の力を削ごうとする。

 今の話からして、その力とは魔法使いのことを指しているだろう。じわりと嫌な汗が額に浮かんだ。未来を視たわけでもないのに、リオスさんがこれから何を言うのか分かってしまった。


「近年、魔法使いの誘拐事件が発生している。国のセキュリティを厳しくしてから数は減らせているが、それでもゼロにできていない。君もこの国で生きて行こうと考えている魔法使いなら、身の安全を一番に考えるべきだ」


 ライリット国では犯罪に巻き込まれることなんて考えたこともなかった。きっとそれは、色々なものがわたしを守ってくれていたからだろう。子供の『アシェラ・シプトン』はおばあちゃんという家族が。『アシェラ・イリシオス』は貴族という立場が。

 夢だけを追ってきたこの見知らぬ国で、ただの『アシェラ・シプトン』として生きていくことがこんなに大変だったなんて、考えもしていなかった。


「…きつい言い方をしてすまない。でも、アシェラの力の希少性は説明しただろ?」


 わたしが使える未来を視る力は、長い歴史の中でもほとんど記録が残っていないらしい。その話を聞いたときは、どこか自分が特別のようで正直に言うと少し胸を躍らせてしまった。けれど今は、良いことばかりではないという現実を突きつけられている。


「希少なだけでなく、その力の有用性は間違いなく高い」

「………」

「最終的にどうするか決めるのはアシェラだが、オレとしてはまだしばらく隠しておいた方が良いと思う。何の後ろ盾もない状態で公表すれば、間違いなく狙われる」


 何も言えなくなってしまったわたしに、リオスさんは再び「すまない」謝罪を口にして、静かに立ち上がった。


「急に言われても困るだろうから、まだ答えは出さなくて良い。ただ決まるまではこの家にいてくれ。アシェラの安全のためだ」

「…わかりました。すみませんが、お言葉に甘えさせていただきます」


 そんな話をされて、すぐに出て行けるわけがない。リオスさんが何故ここまでしてくれるのかは分からないが、本当にわたしの身を案じてくれているのは理解できた。そして何より自分自身が怖いと思ってしまった。

 リオスさんはわたしの返答に満足したのか、安心したように微笑むとリリーさんの方へと振り返る。


「リリー、少し良いか」

「あぇ、は、はい!」


 二人は隣の部屋へと移動していった。何の話をするのか気になったものの、さすがに聞き耳を立てるような無粋な真似はしない。仕事の話かもしれないし。

 そもそも、そんなことをするような余裕がなかった。


「―――夢を見るって、難しいなぁ…」


 自由の身になって、もっとキラキラとした世界を追えると勝手に思っていた。次々と直面する現実が、わたしの考えの甘さを嘲笑っているように感じるのはきっと被害妄想だろう。



 どんなに大変でも、自分に正直に、まっすぐ生きなさい。そうして幸せになるんだ―――約束だよ、可愛いアシェラ。



 ふとおばあちゃんの言葉を思い出して、わたしはいつの間にか閉じていた瞼を開いた。窓の外から差し込んでくる光が眩しくて、思わず瞳を細めた。

 自分に正直に、まっすぐ生きる。いつだってわたしが大事にしていたこと。一度も破ったことのない、おばあちゃんとの約束。


「わたし、やっぱりおばあちゃんみたいな偉大な魔女になりたい」


 考えるが早いか、わたしは気合を入れて立ち上がった。『偉大』というのが何かまだ分かっていない。方法だって分からない。でも、わたしはまっすぐ、正直に生きると決めている。愚直だと笑われようが、これがわたしの生き方だ。


「まずはわたしがどういう魔女になりたいか。それを見つけよう!」


 それまではこの安全だという家でお世話になろう! だって誘拐とか怖いし!

 ちょうど話が終わってこちらの部屋に戻ってきたリオスさんに「しばらくお世話になります!」と元気よく宣言したところ、わたしのあまりの変わりように困惑させてしまった。




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