13.疑問
昨日の夜とほとんど同じような鬱蒼とした森の中を走っているはずなのに、朝という明るい時間だからか晴れやかな気持ちで窓の外を流れていく緑を見ることができた。そもそもの気分の問題もあるかもしれない。昨日ははじめて生まれ育った土地を離れる緊張感があった上、噂の爆弾犯を目の前にして景色など気にしている余裕などなかった。
「木しかないのに外見て楽しいか?」
「新鮮で楽しいですよ。一度もライリット国を離れたことがなかったので、森を間近に見るのも初めてですし」
向かいの席に座るリオスさんに顔を向けると、「そういうものか?」納得がいかないように首を傾げていた。その隣にいるリオスさんの部下―昨日アドングたちを捕縛する際にリオスさんと直接話していた人―は、何を考えているのか全く分からない無表情さでこちらを見ている。
何故この謎三人組で一台の馬車に同乗しているのか。しかもレフィルト国所有の馬車に。正直、この場にいるわたしもよく分かっていない。
「貴重な未来視の力を持つ魔法使いである君を見込んで、レフィルト国の警備隊にスカウトさせてもらいたい。良ければ話を聞いてもらえないか?」
ザワザワ、カチャカチャ。周囲はわたしたちと同じように遅い夕食を取っている人たちで賑わっているのだけれど、それらの会話やカトラリーがぶつかる音がどこか遠くに聞こえていた。「宿屋だけど、ご飯が美味しいことで結構有名。食事だけでも利用できる」とリオスさんが言っていた通り宿泊目的以外のお客さんも多く訪問しているようだ。
何を言われたのか分からなくて、ぽかんと間抜け面を晒してしまったと思う。ややあって「スカウト…?」と譫言のような呟きで繰り返していた。リオスさんはやはり真剣な表情で頷いた。
「ああ。オレはレフィルト国警備隊の隊長を務めているが、少々特殊な部隊でね」
「特殊、ですか?」
「そうだ。ちなみにアシェラはレフィルト国の警備隊についてどのくらい知っている?」
「あまり詳しくはありませんが、完全実力主義で構成されている部隊だとか。警備兵を束ねる隊長がいて、いくつかの部隊に分かれて編成されていると聞いています」
「一般的に知られている警備隊はその形で合っている。オレが率いているのは近年組織された、魔法使いのみで構成された小規模の部隊だ。より正確に言うと、オレが声をかけた人間が集まっている」
レフィルト国は実力があれば平民貴族などの立場も関係なく、国の中枢に関わる仕事に就ける。正確に言うと実力が認められれば爵位と共に仕事を与えられるし、逆に剥奪されることもあるのだそう。警備隊という国の安全を守る部隊などその最たるもので、何かしら秀でているものがある人物ばかりが集まるエリート集団。そんな実力主義の国であると聞いたことがあった。血統や伝統を重んじているライリット国とは正反対なためにあまり国交がなく、情報も入ってきにくい傾向にあるらしいと家庭教師が零していた覚えがある。元々平民から貴族に召し上げられたわたしは詰め込める知識と時間に限界があったため、自国であったライリット国のことばかり学んでいたから周辺国のことは非常に疎い。
つまるところほとんどレフィルト国については知らなかった。身に覚えがない悪評を広められまくっている上、魔法使いに対して偏見が強いライリット国よりも、「魔法使いが力を隠す必要がない」というレフィルト国の方がわたしの夢が叶えやすいのではないか、という理由のみで移住を決めたのだ。
「魔法使いなんて、真っ先に雇用されるような場所ではないんですか?」
「実力がある人間は本人の意思があれば雇用される。ただ、そこから生き残れるかは別問題」
「というと?」
「…ウチの国が実力主義になったのは、今の王に変わってからなんだ。前王時代はそれこそライリット国と同じように血統を重視していた。当然、魔法使いにもまだ当たりが強かった」
初耳だった。そこまでがらりと国の風習を変えるなど、今の王は余程すばらしい手腕のようだ。正確に世代交代した時期は分からないけれど、おそらくここ数十年の話だろう。少なくともわたしが産まれる前ではあるはずだ。
「警備隊はまだ当時の名残が強くてな…ほとんど魔法を使えない者たちで構成されている。魔法使いも志願して入りはすれど、彼らを受け入れない連中が多いんだ」
「えぇ? 同じ国を守ろうと決意した同志でしょう?」
「魔法使いは『魔法が使える』という一点のみですでに特別だと言える。しかしそうでない者たちは己の頭や剣の腕のみで成り上がっているんだ。そんな彼らからすれば、生まれた時から『特別』を割り当てられた人間が自分たちの領域に入ってくることが気に入らないんだろう」
「…つまり、レフィルト国の警備隊は魔法使いを追い出す傾向にある、と?」
「恥ずかしながら」
わたしは嫌悪感を隠すことなく顔を歪めた。リオスさんの口ぶりからして、警備隊では魔法使いをそれ以外の隊員たちが排除するという事件が蔓延っているようだ。
どうして歪んだ思考を持っている人たちはどこも同じようなことをするのだろう。学園で散々嫌がらせを繰り返されたわたしは、他人事のように感じられなくて憤りを覚える。
先ほどまで美味しくいただいていた料理の味が感じなくなってしまった。かと言って食べ物を残すのは嫌なので、パンをスープに浸して無理やり胃に詰め込む。
「オレはそんな現状を変えたくて、今の部隊を作ったんだ。魔法を使える人もそうでない人も、同じくらい生きやすい社会にしたい。そのために力を貸してもらえないか?」
意志の強さを表すように、リオスさんの瞳が輝いて見えた。助けてもらった時も思ったけれど、本当に綺麗なエメラルドグリーンだ。引き込まれそうでどこか怖いとすら感じるそれに、よく考えもせずに頷いてしまいそうになる。けれど。
「すみません。わたしは今、漸く夢のために動き出したところなんです。自分のことに精一杯で…」
人の夢、それも国に関わることに首を突っ込む余裕などない。理不尽な社会に抗うリオスさん――さらにはその部隊に所属する人たちに同情心も力を貸したい気持ちはもちろんある。しかし、わたしは義母やダリア、ひいては息苦しい貴族社会から解放されたところなのだ。まずは自分の夢を追いかけたい。そのために血反吐を吐く思いで学園も通いきったし、家での横暴な扱いにも耐えてきたのだから。
申し訳なさでリオスさんの顔が見られず、視線を机に落としながら言えば彼が「そうか」残念そうに呟いた。
「さすがに無理強いはできないな。参考にだが、アシェラの夢って何なんだ?」
「あ…わたしの夢は、偉大な魔女になることです」
大きな夢を掲げているリオスさんを前にすると自分がちっぽけに感じられて、思わず声が小さくなってしまった。けれど彼は笑うこともなく、「偉大な魔女?」よく分からないという様子で首を傾げただけだった。
「おばあちゃんがよく自分のことを『偉大なる魔女』って言っていたんです。そんなおばあちゃんがわたしの目標で」
「ふーん…アシェラのおばあ様…ね」
顎に手を当てて、瞳を細めたリオスさんにわたしが首を傾げる番だった。どこか引っかかるところでもあったのだろうか。リオスさんから嫌な感じはしないけれど、何やら違和感を覚える。
「あの、何か思い当たることでも?」
「いや…どんな方なのかなって思っただけ。『偉大』だなんて色々功績があるんだろうけど、おばあ様はどんなことをしていたんだ?」
「え?」
「ん?」
ガチャンッ、厨房でお皿の割れる音が響いた。食堂にいたほとんどの人が音につられてそちらを振り向くが、店員さんが「失礼しました」と頭を下げたのを皮切りに皆すぐに前へ向き直った。ある人は食事を、ある人は会話を再開させている。
そんな周囲の喧騒が、どこか別世界のように遠くに感じられた。
「えっと…アシェラのおばあ様は何か大きなことを成し遂げたとか、そういうことで『偉大なる魔女』って呼ばれていたんじゃなく…?」
おばあちゃんはよく冗談のように口にしていた。わたしがこっそり驚かそうとしたらすぐさま反応して「この偉大なる魔女を驚かすにはまだまだだねぇ」だとか、まだ日が差しているのに早々に洗濯物を取り込むおばあちゃんに疑問を口にしていたら「この後雨が降るからねぇ。偉大なる魔女のばあちゃんが言うんだから間違いない」だとか。ちなみにその後本当に土砂降りになった。
おばあちゃんがあまりに普通に口にしていたし、わたしも何でもぴたりと当てるおばあちゃんをすごいと思っていたから当然のように受け入れていたけれど。
「(『偉大』って、どういうの…?)」




