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10.命の恩人

「怖かっただろ。助けるのが遅れてすまない」


 呆然としていたわたしは、その声で漸く我に返った。そうだ、こんなことをしている場合ではない。


「そうだ、爆弾! アドングが爆弾を投げてきていて…!」


 危険なんです!

 そう訴えかけようとしたが、そもそも何でまだ爆発していないのだろうと疑問が浮かんで、それ以上言葉が続かなかった。あの筒が爆弾だとして、爆発するまでだいぶ猶予があるのだろうか? それにしては随分と時間が経過しているように思うのだけれど。

 どうなっているのだろう、と一人で焦っていると頭上で「ああ」と何かを察したような声が降ってきて、思わず顔を上げた。


「爆弾のことならもう大丈夫だから気にしなくて良い」

「え? 大丈夫って…」

「もう爆発しないように対応済だ」

「そんなのどうやって…? そもそも、あの爆弾はどこに行ったんですか?」


 確かに目の前に迫っていたはずの凶器。今は座り込んでいて地面に目線が近いはずなのに、辺りを見回してみてもそれらしきものがどこにも見当たらなかった。

 それにあんな短時間で対応するだなんて、一体この人は何者なのだろう。というかそもそもこの人はどこから現れたのだろうか。少しずつ落ち着きを取り戻してきて、段々とこの人の得体の知れなさに不信感が沸き上がってくる。


「あー、怖いだろうと思って目に入らないようにしていたんだけど…まあ気になるよな」

「気遣ってもらえるのはありがたいですが、それ以上に疑問を解消したいです」


 きっぱりと言い切れば、その人は「分かったよ」苦笑した様子で右手を持ち上げた。人差し指だけが立てられる。


「?」

「上を見てみなよ」

「上?」


 促されるままに顔を上げて、ぽかんと口を開けてしまった。見知らぬ人に間の抜けた顔を晒していることを気にする余裕もないくらい、驚いてしまったのだ。

 謎の人物の頭上、おそらく五メートルほど先の空中で、わたしの命を脅かしていた爆弾が何もない夜空にぷかぷかと浮かんでいた。


「爆発しないよう、導線についていた火は消した」

「どう…?」

「紐に火がつけられていただろ? あのまま紐が燃え尽きて、本体に火がうつっていたら爆発していたんだ」

「なる、ほど?」


 理屈は分からないけれど、爆弾とはそういうものなのか。幸いにもそんな凶器中の凶器とは今までの人生で出会わなかったから、すぐには飲み込めなかった。とりあえず爆弾と火は絶対に近付けてはいけない、と思っておこう。

 というか、今気になっているのはそこではない。


「あの、それよりも、どうして浮かんでいるんですか?」


 『魔道具』を使っているにしても、使用者から随分距離がある。そんな強力な『魔道具』があるだなんて聞いたことがないけれど、セントラムでは当たり前なのだろうか。

 彼―顔ははっきり見えないけれど、目の前の人は声からして男性だろう―と同じように未だに中空を漂っている爆弾を指差せば、その人は何の気なしに言い放った。


「魔法で浮かせているだけだけど」

「え?」

「だから、オレの魔法で浮かせている。こうやって」


 言いながら、その人は左手を地面へと向けた。途端、転がっていた石がふわりとひとりでに浮かび上がるではないか。


「(浮かせる力…? ううん、これはもしかして、風?)」


 よく見れば、小さなつむじ風が石を上へと押し上げているようだ。おそるおそる手を近づけると、予想通り一定の間隔で渦巻いている風が指先に感じられた。

 間違いない。この人は風を操る力を持った魔法使いだ。


 その人が説明してくれた内容をまとめると。

 アドングがわたしに爆弾を投げつけてきた瞬間、この魔法使いの人はまず間に立ち塞がってくれていたらしい。目を閉じた時に感じた突風は、彼が間に割り込んだ時に発生したもののようだ。

 その後は瞬時に爆弾の火を風で消して、さらにはアドングと偽警備兵を無力化するために強く吹き飛ばした。その衝撃ですっ飛ばされた彼らは塀に頭を打ち付けて気絶したらしい。漸く二人が沈んでいる理由が分かって、散々追い回された身としては素直にいい気味だと思ってしまった。


 まだ疑問はいろいろ残っているのだけれど。とりあえずは。


「危ない所を助けていただき、どうもありがとうございました」


 命の恩人である魔法使いの男性に、立ち上がってから深く頭を下げた。彼が駆けつけてくれなければ、わたしは今頃この世にいなかったに違いない。感謝してもしきれない。


「見ず知らずの方にとんだご迷惑を…」

「迷惑だなんて思っていない。君は被害者だからな」

「そうかもしれませんが、魔法使いさんには手間を取らせてしまいましたし」

「魔法使いさんって」


 フードの向こうで彼が笑うのが分かった。他に表現が見当たらなかったのだけれど、失礼だっただろうか。でも他に呼び方が分からない、なんて一人で焦っていると。


「そうだな…リオス、と呼んでもらえれば良い」

「リオスさん?」

「いや、そう年も変わらないだろ。リオスで良いよ」

「え、お若いんですか?」


 その発言がだいぶ失礼だと気付いたのは、思わず口に出してしまってからだった。

 当然、しばしその場に沈黙が落ちる。


「す、すみません…お顔が見えないので、落ち着いた雰囲気だけで判断をしていまして…」

「いや、これについてはオレも悪かった。正直、フードを被ったままなことを忘れていた」


 そう言うと、魔法使いさん、もといリオスと名乗った男性はフードを頭から滑り落した。フードの下から僅かに見えていただけでも目を奪われたエメラルドグリーンの瞳。それが何にも遮られずに真っすぐに向けられて、あまりの美しさに言葉を失う。

 瞳だけではない。白銀の髪も、月明かりを受けて透き通っているかのようで、整った顔立ちも相まって本当に同じ人間なのかと思ってしまった。


「改めて、オレはリオス」

「あ…わたしはアシェラです」


 差し出された手を咄嗟に握り直すと、リオスはくしゃりと笑った。その幼い笑みに、宣言通りそう年は変わらないようだとやはり失礼なことを考えてしまった。




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