出陣
窓から見える空はからりと青い。
ゲオルグの屋敷に押しかけてアレコレ話しかけては冷たく突き放されるということを繰り返し、季節はもう夏まっさかりといったところだ。
ゲームであればもうそろそろゲオルグの好感度が50%くらいに届く時期だが、アステラが見ている限りリリーナとゲオルグの間に甘い雰囲気はない。
ゲオルグが侍女のリリーナを少し贔屓目にしてよく近くに置いているとか、リリーナに説得されて面倒くさいアステラと会っているとか、少しヒヤリとすることはあるが、リリーナ自身にその気はなさそうなので、きっとこのままいけば大丈夫だ。
アステラは先日も長々と綴った恋文をゲオルグに送ったし、刺繍を施した高級タオルやすっきりした香りの香水、それからやがて来る冬に備えて手編みのマフラーなんかの贈り物も欠かさなかった。
こうしてアステラがゲオルグ好き好きアピールをリリーナに示し続ける限り、優しく純粋な彼女はゲオルグを好きにはならない筈だ。
そして今日も今日とて、アステラは推しのリリーナを不幸から遠ざけるべく、内職に勤しんでいた。
「マリー、ここのまつり縫いの仕方を教えてくれるかしら」
「はい、お嬢様」
アステラが侍女に教わりながら作っているのは、2つのお守り袋だ。
一つは、ゲオルグに渡すために作っている。
ゲオルグが同盟国で反乱がおき、その反乱軍の鎮圧するよう命を受けて一週間後に出発するからだ。
そしてもう一つの大きくて可愛い方は、何故か戦地に連れていかれることとなったリリーナの為に作っている。
ゲームではどのルートでも夏にリリーナが同盟国の戦地に連れていかれる事は無かった筈だが、今回は侍女としてゲオルグの身の回りの世話をする為に行くのだろう。
なんにせよリリーナちゃんが怪我でもしたらと物凄く心配なので、作ったお守り袋にはアステラ特製の医療品七つを入れておこうと考えている。
……それから、ついでで作ったゲオルグ王子の方には、アステラ特製・煙玉を入れて……っと。
ゲオルグは何人かの王族や特定の貴族から疎まれているので、このような危険な任務に駆り出されることが多い。
でも強いから、大抵はケロッとした顔で帰ってくる。
しかし、幾つかのルートの中には大怪我をしたり、最悪死んで帰ってくるものがあった。
ゲオルグが反乱軍を鎮圧に向かうルートにも、その分期はあった。
このルートだと死亡は無く大怪我だったが、帰って来たものの怪我が治らず死期を悟ったゲオルグがリリーナと心中するという鬼畜エンディングだった。
可愛い天使のリリーナがそんな死に方をしていい訳が無い。
だからゲオルグのお守りには、万一を考えて役立ちそうな煙玉を入れておくことにしたのだ。
大怪我ルートでのゲオルグは、反乱軍の罠にはまって廃墟で追い詰められて怪我を負ってしまうから、
そうならない為にも煙の持続時間が当社比三倍のアステラ特製の煙玉の出番なのだ。
アステラは女学院で首席で卒業した才女で、特に薬草学と錬金学は大得意だった。
リリーナと出会ってからはリリーナに夢中で屋敷内の錬金工房に行くことはめっきり減っていたが、今回はゲームのストーリーを思い出して久々に行ってきた。
そして名門貴族家の資金を惜しみなく使って手に入れた珍しい薬草と、積み重ねてきた錬金術の知識を融合させて、ものの数時間で煙玉を完成させた。
ちなみによくある丸型ではなく、大きな粒ガムのような持ち運びしやすい形状にするというアイディアは前世の記憶から着想を得た。
我ながら出来は悪くない。
……でもまあ、こうして作ったお守りを渡してもその場で捨てられるかもしれないけど。
冷酷なゲオルグの無表情を思い出し、アステラは苦笑いをした。
その時は、もうその時だ。
ゲオルグが大怪我をして帰って来たなら、心中させないためにリリーナを彼に近づけないように全力を尽くすしかない。
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「ゲオルグ様、今から行かれるのですね。ご武運を」
「お前、何故ちゃっかり見送りの中にいる」
ゲオルグの大きな居城前。
城の使用人たちが出陣するゲオルグとその側近や騎士たちを見送る中、アステラも当然のようにそのど真ん中にいた。
散々出入りを繰り返したので城のメイドや料理人などの使用人達とは、もうすっかり仲良くなっていたのだ。
アステラは近くにいたゲオルグの屋敷のメイドたちに微笑を向けられる中、ゲオルグ目指して一歩踏み出した。
「ゲオルグ様、これを」
「なんだ」
「お守りです」
「……は?」
「もしもどうしようもならない状況に直面した時、開けていただけると助けになるかもしれません」
リリーナと心中されるエンドになっては堪らないからと、ゲオルグの無事を祈って丁寧な刺しゅうを施した手縫いのお守り袋をゲオルグの手に押し付けた。
ゲオルグは心底嫌そうな顔をしたが、辛うじてお守りを地面に叩き付けることはしなかった。
多分、リリーナが横で感激の声を上げたからそのタイミングを失ったのだろう。
「アステラちゃん!なんて素敵な愛情のこもったお守りなのでしょう!私も、命に代えてもアステラちゃんの愛する人をお守りいたします!」
感動で今にも泣きだしそうなリリーナは胸の前で手を組み、誓いを捧げるような姿勢までとり出した。
「り、リリーナちゃん!リリーナちゃんが死んじゃったら元も子もないよ!これ、リリーナちゃんへのお守り!作ったんだよ!中に役に立ちそうなものを入れておいたから、絶対絶対に元気で帰って来てね!危ない事は絶対にしないでね!?」
ゲオルグのお守りの大きさの7倍はある大きなお守りをリリーナに握らせ、アステラは「絶対無事でいるように」と強く約束させた。
「アステラちゃん……。アステラちゃんが私の無事も祈ってくれるのですから、私も絶対に帰ってきますね。本当にありがとうございます」
リリーナがほろりと涙を流してお守りを胸に抱いているのを見て、アステラは幸せな気持ちになって頷いた。
そしてどさくさに紛れて、リリーナをぎゅっと抱きしめた。
……いい香り。リリーナちゃんが最高に可愛い。この天使がいなくなったらわたし、絶対死んじゃう。だから無事に帰って来てね。
戦場に赴くと言ってもリリーナは侍女だから、安全な拠点で仕事をするだけの筈。
心配しすぎるのも良くない。
よくないけど……。
見送ったリリーナの背中に、何か長い物が背負われているのが少し気になった。
確かに侍女の服は着ているけれど、リリーナが背負っているアレは長めの武器に見えなくもない。
そう、丁度ゲオルグがその背に背負っているような長い槍……。
……いやいや。リリーナちゃんは美しくて可愛い女の子なんだから、戦場で武器を振り回したりはしないって。
もしかしたらゲオルグの予備の槍を背負っているだけかもしれないし。
頭を振ってちょっとした疑問を追い払ったものの、アステラはその日から神殿に通うことにした。
万一の事があってもリリーナが無事なように女神に祈るためだ。