観劇
「ゲオルグ様、今日もお話しできて幸せです!かっこいい顔を見る事が出来て、わたしは今日も頑張れそうです!いつも幸せにしてくれてありがとうございます!ゲオルグ様が生きていてくれるだけで嬉しいです!この世界万歳って感じです!」
「……」
「大好きです!世界一大好きです!いや宇宙一大好きです!」
「……ハッ」
「ゲオルグ様、今日こそは趣味の話をしましょう!」
「……は?」
「わたしの趣味は乗馬です。馬に乗りながら矢を射ることも出来るんですよ。今度一緒に遠乗りでもいかがですか?」
「消えろ」
「ゲオルグ様、ゲオルグ様の小さい頃はどんな風でしたか?きっと小さいけどクールで可愛かったんでしょうね!」
「帰れ」
「ゲオルグ様、お酒を飲むとどうなりますか?寝言を言うことはありますか?わたしにゲオルグ様のことをもっと教えてください!」
「黙れ」
「ゲオルグ様、今日はなんと、お菓子を焼いてきました。クランベリーと胡桃のクッキーです。クランベリーも胡桃も健康に良いですよ!ゲオルグ様は甘いもの好きですか?」
「いらん」
いつ訪ねても何度訪ねてもゲオルグは安定の冷たさだ。
しかしそれは裏を返せば、いつでも安定してアステラに興味がないので、安心してアピールできるということに他ならない。
しかも心配してくれるリリーナが一生懸命慰めたりフォローしてくれたり甘やかしてくれるので、もはやアステラにとっていいことしかない。
「アステラちゃん、あの、大丈夫ですか!?私はアステラちゃんの作るお菓子も大好きです!ゲオルグ殿下はアステラちゃんの折角のクッキーを捨てるなんて事をしましたが、私が全部食べます!」
「リリーナちゃん、気持ちはありがたいけど汚いから食べちゃだめだよ」
「汚いなんてことは有りません。アステラちゃんの作ってくれたものはたとえ捨てられていても綺麗です!」
「ありがとう。でも本当に駄目だからね。わたしなら大丈夫だよ。リリーナちゃんがこうして心配してくれるから、わたしは明日も頑張れるんだ!」
「アステラちゃん……!私は何があっても、アステラちゃんがどんな決断をしても、ずっとずっと応援していますから!」
……はあ、わたしの癒し。
アステラの手を取って、それを暖めるように包むリリーナのはまるで創世の女神のようだ。
こんなに素敵な推しが友達になってくれて、全力で応援してくれて、心から心配してくれる。
生きるとは、なんて素晴らしいのだ。
虎視眈眈と王位継承を狙う王子たちにも、権力にこだわる貴族にも、見えないところで足を引っ張り合う令嬢達にも、推しのいる人生の素晴らしさを教えてあげたいくらいだ。
「そうだリリーナちゃん、明日お休みだよね。劇場のチケット二枚とるから観劇に行かない?」
「敵対する二つの国の姫と王子が出てくる今話題のラブストーリーですか?アステラちゃんとゲオルグ殿下のような物語だと思っていたのです!是非!」
リリーナの休みを城の侍女長以上に把握済みのアステラは、明日もリリーナと会える約束を取り付けてさらに幸せな気分になった。
リリーナが見たいと言い出した演目は、実はアステラが見ようと思っていた物ではなかったけれど、それはまあ、リリーナちゃんが幸せそうならどうでもいいか。
こうして約束の次の日。
リリーナとのお出かけなので、アステラは最高に気合を入れて城下町の劇場に到着した。
夕刻の集合時間の3時間前で、劇場前はまだ人もまばらだ。
しかし、相手がリリーナであれば待つ時間さえも楽しいのはいつものことだ。
アステラはリリーナの為にフワフワに巻いた艶やかな髪と、リリーナを引き立てるような上品なドレスに身を包み、煉瓦造りの劇場の横に立っていた。
リリーナは今頃、アステラとのお出かけの為に準備をしてくれているのだろうか。そう考えると楽しくてたまらない。
「ふんふふふーん」
ついつい鼻歌を口ずさんでいると、リリーナがバッと目の前に現れた。
「アステラちゃん!もう来ていたのですね!」
「リリーナちゃん!早いね!」
「はい、アステラちゃんがいつも早いですから、私も早く会いたいと思いまして!」
「うーん、今日も可愛いが過ぎる!」
「でもお待たせしてしまいました、ごめんなさい。アステラちゃんも、いつにも増してとっても美しいです!」
リリーナはアステラが待ち合わせ数時間前に来ることを学習したようで待ち合わせ二時間前に現れた。
しかし、三時間前に来ていたアステラの方がまだ一枚上手だった。
ということで演目が始まるまでに二時間の空きがあったので二人は近くのカフェでお茶を楽しみ、劇場が開く時間まで待った。
陽も暮れてきてぞろぞろと観客が集合し始めると、アステラ達も劇場内に入った。
始った演目は歌と踊りを織り交ぜた鮮やかなもので、とても見ごたえがあった。
リリーナに至っては、終始感動しっぱなしで、「アステラちゃんとゲオルグ殿下があんなふうになってくれるのが私の夢です……!」と泣いていた。
観劇を終えてからもリリーナは興奮が収まらないようだったので、アステラはリリーナを夕食に誘った。
夕食に選んだのは王国南部の海産物をふんだんに使ったシーフード料理店だ。
リリーナは北部の荒野育ちでシーフードを珍しがって喜んでくれた。
しばらく料理を楽しんでいたが、話題は自然と先ほどの劇になっていった。
「ヒロインのお姫様、衣裳が可愛かったですね」
「うんうん。でもリリーナちゃんが着たらもっと可愛いだろうなあ」
「いいえ、アステラちゃんが着た方が衣裳も喜ぶに違いありません」
「それから、ヒロインが自国の王子に奪われそうになった時は、ヒヤリとしましたね」
「うんうん、そうだねえ」
「ヒーローもヒロインの立場を考えて、好きになってはいけないと思っていたようですし」
「ヒロインは、元々は自国の王子の婚約者だったもんねえ」
「でも最後にヒーローがちゃんと想いを伝えたところはかっこよかったですよね」
「それにクライマックスの殺陣も中々だったよ」
「迫力がありましたよね。音楽もかっこよかったです。アステラちゃんと見られて本当に楽しかったです!」
アステラは生き生きと話すリリーナを見ながら、夢心地で頷いていた。
リリーナがとても良かったと絶賛したこの演目のストーリーは、両思いの敵国の姫と王子が困難に立ち向かう話だった。
ヒロインの姫がヒーローの王子ではない男と結婚させられそうになったり、ヒーローが家族や友人に「敵国の女なんて信用ならないから絶対にダメだ」と反対されたり紆余曲折あったが、最終的に2人は二つの国を和睦させてハッピーエンドだった。
……実際には、敵国同士の姫と王子が国を和睦させてまで結婚なんてありえないだろうけど、リリーナちゃんは愛の力系のお話が好きだしなあ。
まあ、そこも可愛いんだけど。
アステラとリリーナはしっかりデザートの塩アイスのパフェまで食べて、レストランを後にした。
空にはぽっかり月が浮かんでいて、すっかり良い時間だ。
なんだかロマンチックな夜のデートみたい、なんて思いながら、アステラは夏の生ぬるい風と湿ったような匂いを感じていた。
夏の虫の声が聞こえる。
隣で歩く、リリーナの髪が揺れる。
街の整備されたオレンジの街灯に見上げたリリーナの横顔が照らされる。
……今日も楽しかったなあ。
「今日も本当に楽しかったですね」
一瞬思ったことが口に出てしまったのかと思ったが、リリーナがアステラの顔を見て微笑んでいた。
そしてリリーナは、肩にかけていたポシェットをゴソゴソとやって、何かを取り出した。
「これ、今日のお礼です。私のような貧乏令嬢がアステラちゃんに何を贈ったらいいのかと悩みましたので、作ることにしました」
「ブレスレット……?」
「はい。私の実家の山では綺麗な鉱石が掘れるんです。採って来て作ってみました。気に入っていただけると良いのですが」
アステラの手の中に納まった包みの中には、驚くほど繊細で綺麗な石でできたブレスレットがあった。
「う、嬉しい!!物凄く嬉しい!!ブレスレットは肌身離さず身に着けて、リリーナちゃんだと思って大切にする。死んだら一緒に天国へ持っていくくらい大切にするね!ありがとうリリーナちゃん!」
「ふふふ、良かったです」
推しが尊すぎる。
この推しの為になら死んでもいい。
アステラは改めて、リリーナのハッピーエンドを見る為に頑張ろうと決意をしたのだった。