告白
中々イベントごとに顔を出さないゲオルグが現れたことで狂喜乱舞していたエトワール公爵が会場の中までついて来ようとしていたが、ゲオルグがそれを制止し、アステラは予定通り二人で会場内に入った。
そこには、社交界で散々豪華なもの見てきたアステラでも息をのむほど幻想的な空間が広がっていた。
上を見れば、薄暗くてロマンチックな空間に蝋燭が揺れて星のように瞬き、大きなガラスのシャンデリアが月のようにきらめいている。
王宮楽団がゆったりとした楽器を奏で、湖面のように広い広間では貴族たちが高価な衣裳を揺らして踊っている。
銀糸のカーテンが揺れ、グラスの中に注がれた赤いワインが揺蕩う。
飾られた花が怪しげな香りを漂わせ、飾られた絵画の中の景色に風が吹く。
魔法の国の夜の舞踏会へようこそ、なんて言われれば「はいそうですか」と信じてしまいそうな素敵な空間だった。
流石エトワール公爵。公務の傍ら詩人としても活動する公爵のセンスは中々のものだ。
「綺麗ですね。室内ですが星空に立っているみたいです!」
「ああ」
「あの蝋燭、どうやって宙に浮かせているのでしょうかね?魔法ですかね。それとも超能力?」
「錬金術じゃないか?まあ、錬金術に関してなら俺より君の方が詳しいだろうけど」
「何の錬金術でしょう……?あ、それより見てください。あの楽団が使っている楽器の中に見たことがないものがあります。なんでしょうね?気になります!」
「そうだな。あの楽器は俺も見たことがない」
アステラとゲオルグは、細部まで作りこまれた会場を何となく見て回った。
本来ならば王子であるゲオルグは会場に入った途端取り囲まれてもよさそうなものだが、なにせ会場は薄暗い。
思い思いに楽しむ招待客たちはゲオルグに気づいていないので、アステラも余計な緊張はしなくて済みそうだ。よかった。
「そうだゲオルグ様、飲み物でも飲みますか?あの星形の果物が入っているものにしますか?それともこちらのクリームが乗ったものにしますか?」
「俺は何でもいいが、あまりはしゃぐと危ない」
色とりどりの飲み物が並ぶバーカウンターにやって来て、そのお洒落さにアステラがはしゃいでいると、後ろから飲み物を取りに来た男性にドンとぶつかってしまった。
「おっと」
「あ、ごめんなさい」
ぶつかった男性に抱き留められて、アステラはぺこりと謝った。
そして直ぐに離れようとしたが、男性は何故かアステラの両腕を離してくれなかった。
「こんなに綺麗な女性にぶつかられるなんてむしろ嬉しいくらいだなあ。そうだ、折角だしオレと踊らない?」
男性が更にギュッと引き寄せてきたので、ギョッとしたアステラは「遠慮しておきます」と逃げようとした。
しかしその前に、男性が「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。
「彼女は俺の連れだ」
いきなりにゅっと現れた手に腕を掴まれた男性が恐れるように見た先には、眉根を寄せたゲオルグがいた。
男性がひゅっと息をのんだ音が聞こえる。
うん、確かに怖い。恐ろしい噂が流されるのも納得してしまうほど冷たい顔だ。
アステラもゲオルグにアタックを始めた最初の頃には良く見ていた顔だ。
「ゲ、ゲオルグ殿下!!いらっしゃっていたのですね、すみませんすみません、どうかご慈悲を!」
男性はバッと両手を上に上げて万歳をして最上級の降参の意を表しながら、アステラから離れていった。
しかし男性がゲオルグの名前を叫んだ事で、会場がザワザワとし始めた。
王子のゲオルグが来ているとなれば、皆挨拶くらいはしたいのだろう。
男性がダンスホールの人ごみに消えていったのを見届けて、ゲオルグはアステラが持っていた飲み物を二つとも片手でひょいと攫った。
「大丈夫だったか」
「は、はい」
「ならいいが、君は目立つから気を付けてくれ」
「目立つと言えばゲオルグ様です。ゲオルグ様が会場に来ていることを知ったら、みんなこれからゲオルグ様を探すでしょうね」
「だからパーティはあまり好きではない。だが今回は会場が薄暗くて助かった。行こう」
そう言ったゲオルグは、飲み物を奪われて空っぽになったアステラの手を取った。
少し窺うように動いた骨ばった手に触られて、温かい体温が一瞬で伝わってくる。
その熱がものすごい勢いで顔まで登って来て、頬にぶち当たって爆ぜた気がした。
「ひ、ひええええ!」
「す、すまない!」
驚いたアステラが声にならない声を上げると、ゲオルグは慌てて手を離してしまった。
アステラの手は、再び空っぽになってしまう。
薄暗い会場で前を歩くゲオルグについていくためには、引っ付くか手を引いてもらった方がはるかに安全だから、ゲオルグはただ理にかなった行動をとろうとしたのかもしれない。
でも、動揺したアステラはそれどころではなかった。
……な、なんで手なんて!や、やっぱり、やっぱり……?!
人が少ないバルコニーまで連れ出されたアステラは、飲み物をごくごく飲んだり、はーはー深呼吸をしたりして何とか気を紛らわせようと頑張っていた。
しかし手すりにもたれる隣のゲオルグの手が目に入る度、いちいち緊張してしまう。
……自分から手をつなごうなんて、嫌いな相手にはできないよね?いやでも、会場は薄暗いし人も多いから仕方なく?というかそもそも、舞踏会に同伴してきた時点でやっぱりゲオルグ王子、わたしのこと……?
いやいやいや、ないないない。いやいやいや、でもでもでも。
アステラは一人で悶々と考えていたが、そういえば舞踏会で直接本人に聞いてみようと決めていたことを思い出した。
今なら周りに人は少なくて静かだし、きっとはっきりと答えを聞ける。
「……あの!」
アステラは思い切ってゲオルグに向き直った。
ゲオルグの綺麗な瞳と目があって、そのまま口籠ってしまいそうになったが、それはギュッと堪えて質問を絞りだした。
「ゲオルグ様、ええと、さっき何で手を……?」
「あ、いや、嫌なことをしたな。すまない」
「いえいえ嫌とかではなくて!こうして舞踏会にお誘いくださったのも、なんでかなーって」
神妙に言うと緊張しているのがバレてしまいそうだったので明るく言ってみたアステラだったが、目の前のゲオルグが頬を赤くしているのを見ると、なんだか変な気分になってくる。
「あ、別に言いたくなかったらいいんですよ!舞踏会とかお祭りの雰囲気って盛り上がっちゃいますもんね。近くにいる女の子と手を繋ぎたくなる時も羽目を外したくなる時もありますし!ふふふ」
心臓がどくどくと脈打つ音がうるさくなってきて、アステラはそれをかき消すように大袈裟に笑ってみせた。
しかしゲオルグは至って真剣な顔をしていた。
「俺は君に、応えることが出来たらと……」
「応える?」
「君がいつも俺なんかのことを、その、好きだと言ってくれたから、それに応えられたらと」
「それって……」