舞踏会
そうこうしながら舞踏会当日、アステラは朝から準備をしていた。
舞踏会はゲオルグが王位を継承できるように尽力してくれている家のうちの一つ、エトワール公爵家の主催だ。
エトワール公爵は中央で図書館や教育施設の管理を代々任されている家で、とても歴史が古くて顔も広い。
だが今回の招待客は大部分が親ゲオルグ派の顔見知りばかりで、肩ひじ張らずに楽しんでもらえればと言われている。
アステラはリリーナと共に数時間かけて入浴し、城のメイドにマッサージをされて、全身に香油を塗りたくられた。
そしてやっと化粧の時間かと思えば、更に数時間かかった。
窓の外を見れば、陽はもう暮れかかっている。しかし舞踏会が始まる一時間前の、予定の時間には間に合わせることができた。
支度を完了させて部屋を出たアステラは、すぐそこで待っていた花のようなリリーナの姿を見て失神しそうになった。
……女神、女神がいるよ……!!!
リリーナは絶対に薄紫のドレスを着ると言ってきかなかったけど、無理やり紅色のドレスを着せた甲斐があった。
とても良く似合っている。レーデルと並んだら、きっともっと可愛いだろう。
「アステラちゃん!とってもとっても美しいです!アイスブルーのドレスも似合ってます!」
「リリーナちゃんこそ。本当に、地上に舞い降りた女神みたいだよ。レーデルも喜ぶだろうね」
「レ、レーデルなんて今日一緒に入場するだけですから!全然なんでもないのですから!喜ばれたって全然関係ないですから!」
「ふふ、そうなの?」
アステラは微笑ましく笑いながら、リリーナと玄関広間まで連れ立って歩いた。
玄関広間では、ゲオルグとレーデルが二人を待っていてくれる予定だ。
玄関広間に繋がる中央の階段を降りていくと、ゲオルグやレーデルの姿が見えた。
汚れた防具を身に付けて訓練をしているレーデルも正装に身を包めば、すれ違う令嬢たちがみんな振り返るであろうレベルだった。
そして汚い防具を身に着けていても気品が隠せないゲオルグなんて、綺麗な衣裳を纏えば眩しいくらいにかっこよかった。
やっぱり陰鬱系と言えど乙女ゲームの攻略対象を務めていただけはある。
「おまたせしました!」
声をかけたアステラは、振りかえったゲオルグと目があった。
ゲオルグは何か言いたそうに口を開けたが、その場に固まったまま何も言わなかった。
不審に思ったアステラが駆け寄ると、ゲオルグはフルフルと頭を振った。
「き……」
「き?」
「いや、全然待ってない……」
「そうですか、よかった!」
そしてアステラとゲオルグの横では、リリーナがレーデルに駆け寄っていた。
「ま、待たせましたね」
「いや、別にそんなに待ってねえよ。ってかそのドレスの色、お前赤なんて好きじゃねえだろ?わざわざ俺の機嫌取らなくてもいいってのに」
「べ、別にレーデルの目の色だからこのドレスにしたわけじゃありません。アステラちゃんが可愛いと言ったからこれにしたのです!」
「ふうん。アステラ嬢もいい仕事したな。似合ってる」
「に、似合ってません!アステラちゃんが選んだものですから当然素晴らしいのですけど、紅色なんて本来は似合わないのですから!」
キッと眉を寄せて赤い顔で抗議するリリーナはとても可愛かったし、はははと笑ったレーデルもやっぱり嬉しそうだった。
アステラは二人のことなら無限に見ていられそうな気分になった。
「じゃ、いくか。お姫様」
「わ、私はお姫様じゃありません!お姫様に相応しいのはアステラちゃんです!」
「今晩の俺のお姫様はお前だろ」
「え」
「なんてな。顔赤くなってるぞ」
「あ、赤くなんてなってません!レーデルの冗談なんて馬鹿馬鹿しくて聞いてられません!もう話しかけないでください!」
「はいはい、ごめんな。ほら、リリーナは俺とこっちの馬車だ。……殿下たちは前の馬車に」
リリーナをエスコートして馬車に乗せたレーデルは自身もひょいっと馬車に乗りながら、アステラとゲオルグに前の馬車を示した。
前方に見えるのは銀と青が基調の美しく大きな馬車で、やっぱりゲオルグが王子なのだと改めて思わせるようなものだった。
「じゃあ、君はこちらに」
そう言ったゲオルグはくるりと反転して、アステラを馬車へとエスコートした。
そして扉を開け、手を差し出してくれた。
ゲオルグのエスコートは先程の慣れた様子のレーデルとは違い、優雅で美しいが少しぎこちない動作だった。
なんて、そんなことを考えていたアステラが差し出された手をぼんやりと見ていると、ゲオルグが困ったように少し眉を下げた。
「なにか不備があっただろうか」
「え?」
「レーデルのように上手く出来ればよかったのだが、すまない」
「いやいやそんなそんな」
確かにレーデルの方がエスコートに慣れていそうだとは考えたけれど、ゲオルグが下手だとは思わない。
アステラはゲオルグの手を借りてひょいっと馬車に乗り込んだ。
ゲオルグも乗り込んだところで、馬車は会場であるエトワール公爵邸へと出発した。
エトワール公爵邸はゲオルグの領地のすぐ隣にあるから、到着までにさほど時間はかからなかった。
会場に到着すると、そこには一度幼い頃にお邪魔したアステラの記憶の中の公爵屋敷と同じものが建っていた。
豪勢な馬車から降りて、ライトアップされた道を歩く。
目指す会場は、よく手入れされた中庭の噴水の奥にある大きなダンスホールだ。
中庭や噴水前にも着飾った招待客たちの姿があって、本日の賑わいがもう既に感じ取れる。
アステラは少しワクワクしながらゲオルグと共に、おしゃべりに夢中な令嬢たちの集団の横を通り過ぎた。
「今日、ゲオルグ様って来るのかしら」
「ゲオルグ様は、毎年陛下が開いてくださるご自分の誕生日パーティもすっぽかすような冷めたお方だもん。望みは薄いわよね」
「でもゲオルグ様は女に興味ないらしいし、来てたからって意味ないわよ。第一王子は気に入られたら優遇してくれるらしいから、ゲオルグ様と違ってアピールのし甲斐が有るんだろうけど」
「家が第三王子につかずに第一王子についていれば、こういう舞踏会で王子に見初めらるとか素敵な事が待っていたかもしれないけどね」
「ほんとよね。ゲオルグ様はクールを通り過ぎて冷酷だわ」
「そうそう、冷酷といったら、ゲオルグ様はこの間刺客に狙われた時、自分を慕ってくれていた令嬢の身を盾にして助かったそうよ」
「私もその話聞いたわ。冷たくされてもゲオルグ様を慕っていた健気な令嬢の末路が哀れな死なんて、流石に同情するわよ。いくら顔が良くてもそんなに怖い男じゃ無理よねえ」
冷酷なゲオルグがパーティに参加するわけないと思っている令嬢たちの声は、横を通ったアステラにも届いた。
お喋りに熱中すると周りが見えなくなってしまう女の子たちの気持ちは分かる。
しかしアステラは隣にいるゲオルグのこともちょっぴり心配になって、ゲオルグを見上げた。
「今の聞きました?」
「まあ」
「わたし、出て行って『わたしがその令嬢ですけど普通に生きてますよー』って言ってきましょうか」
「いや、いい。いつものことだ」
首を振ったゲオルグの表情は、特に何も感じていないような無表情だった。
まあ、本人がいいならいいけど。
「そうですか」と言う以外になかったアステラは前に向き直った。
「だが、ありがとう」
「え?」と聞き返したかった。
だがアステラ達は丁度ダンスホールに到着したところで、飛んできた主催のエトワール公爵に歓迎されたのでそれどころではなくなってしまった。