返事
「リリーナさんへ。今度一緒に新しくできたカフェに行きませんか……っと」
善は急げ、アステラは早速机に向かってリリーナ宛に手紙を書いていた。
リリーナを守るためには、まず情報が必要だ。
今はゲームだとどの段階なのか、ゲームにはなかった情報はないか、など見極める必要があることは山ほどある。
けっして推しと仲良くなりたい、推しの声を聞いて推しの顔を眺めてニヤニヤしたい、という下心があったわけでは無い。うん。
アステラは新しく買い求めた最高に可愛い封筒に桃色の蝋で封をして、傍に控えていた侍女に声をかけた。
「マリー、この手紙を出しておいてくれるかしら」
「はい、お嬢様」
それから数日後。
「お嬢様、こちらが本日のお嬢様宛の書簡です」
「……お見合い写真と、仕立て屋の新作発表会と、お茶会の招待状。それから……リリーナちゃんからの返事だ!!」
「お嬢様?」
思わず両手を挙げて万歳すると、侍女に不思議そうに首を傾げられた。
つい素が出てしまったアステラと、いつもの上品なアステラの姿がかけ離れていたからだろう。
「ふふ、なんでもなくてよ」
素敵な令嬢を演じることは、この世界で上手く立ち回る為に必要なので、ここは上手く誤魔化しておかなくては。
アステラは上品に微笑んで咳払いしてから、侍女を自室から追い出した。
そして一人になったアステラは白い手袋をはめ、リリーナからの手紙を慎重に開封した。
ゆっくりと中身を取り出す。
アステラの贈ったものよりも安価なものかもしれないが、色々と悩んで選んでくれたような優し気な便箋に、とても丁寧な字でお礼と誘いを受ける旨がつづられていた。
「よかったあ……」
アステラはホッと胸をなでおろした。
実は、リリーナの家は小さいが第三王子を支持している家で、第一王子を支援しているアステラの家とはあまり仲良くない。
だからアステラと繋がることは、もう少し渋られるかもとも懸念していたのだ。
だがそれらのことには一切触れられておらず、リリーナの返事はとても好意的な文面だった。
もしかしたらアステラが侯爵令嬢でリリーナが子爵令嬢なので、格上の誘いを断れなかっただけかもしれない。
だけどそれでも、出かける約束が出来たことが嬉しかった。
「ふふふふふ。楽しみすぎる」
アステラは丁寧に手紙を畳み、胸に抱いてみた。
……先日のハンカチと合わせて家宝にしよっと。
枕元にある、クリスタルで作られた特注の宝物箱にそっと手紙を入れ、アステラはリリーナと出かけるその日をソワソワしながら待ったのだった。
そして当日。
アステラは待ちきれなくて、かなり早い時間に出発していた。
待ち合わせ場所は、貴族や商人のような限られた人間しか入れない、治安の良い城下町の時計台前。
身に纏うのは、今日の為にさんざん悩んで新調した軽いドレスで、こっそりリリーナの髪と同じ色のリボンも付けた。
それから勿論、アステラはリリーナへの贈り物も忘れていない。
待ち合わせ場所に到着し、アステラは馬車から降り立った。
「ふふ、リリーナちゃんはまだかな」
現在待ち合わせ時間の二時間前なので、まだに決まっている。
しかし、こうして待っている時間も幸せを感じてしまうアステラには、手持ち無沙汰な二時間もご褒美でしかない。
……リリーナちゃんは、どんな服で来てくれるんだろう。どんな服でも可愛いだろうなあ。
……リリーナちゃん、どっちの方向から来るのかな。小走りに駆け寄って来てくれるのかな。想像しただけで可愛いなあ。
好きな子を待つ気分というのは、こんなにも幸せなものなのか。
街行く人が一人で笑うアステラをチラチラ見ながら通り過ぎて行くが、ニヤニヤは簡単には止められない。
いやむしろ、街行く人にもこの幸せと胸の高鳴りを分けてあげたいくらいだ。
「アステラ様!お待たせしてしまって申し訳ありません」
「リリーナさん!全っ然待ってません!むしろ幸せだったので、もっと待たせて欲しいくらいでした!ふふ」
アステラが幸せな気分でリリーナを待っているとあっという間に二時間が経ち、約束の時間の少し前にリリーナが現れた。
家柄的にも格上のアステラが先に待っていたことに一瞬恐縮したリリーナだったが、アステラが満面の笑みだったことに戸惑いつつも安堵したようだった。
「あの、この度はお誘いありがとうございます。私、もっと早くに来るべきでしたね……」
「そんなことないですよ!あ、これプレゼントです。良かったら貰ってください!」
「え?!そ、そんな!」
「遠慮しないで是非!リリーナさんの為に選んだんです」
「え、あの、私、ごめんなさい、何も用意が無く……」
「お手紙のお返事くれたじゃないですか。また家宝が増えて幸せです!だからプレゼント、開けてみてください」
アステラは挨拶もそこそこに、早速リリーナに贈り物を手渡した。
リリーナは謙遜と困惑で目を白黒させていたが、アステラがグイグイと来るので贈り物を受け取り、丁寧に包みをはがした。
包みの中からコロンと出てきたのは、綺麗な石がちりばめられた髪留めだ。
「アステラ様、こんな高価そうな物……!」
「リリーナさんに似合うと思ったんです!よかったら付けてみてください!」
「よ、良いのですか……?」
「もちろんです!」
リリーナはこんな高価な物持ったこともないと言わんばかりに、恐る恐る髪留めを髪に挿した。
……超絶かわいい。
確かに安いものではなかったけど、やっぱりこの髪留めで正解だった。
リリーナに似合うと思ったものをお金に糸目をつけずに買えたあの時は、侯爵令嬢で良かったと心から思った初めての瞬間だったかもしれない。
「あの、ありがとうございます。私などにこんな素敵なものを……何とお礼を言えばいいか」
リリーナは照れたようにはにかみ、深々とお礼を言った。
「わたしがリリーナさんにあげたくてあげたんです。ふふ、とっても似合っています!」
推しに貢ぐのはファンとして当然だ。
アステラはもう一日分満足してしまった気分になった。
だけどなんと、本日はまだメインディッシュが残っている。
「リリーナさん。ではカフェに向かいませんか?」
「は、はい!」
アステラは下調べ済みのカフェの方角を指さし、歩き始めた。
リリーナは、アステラの一歩後ろをついてくる。
「せっかくのリリーナさんとのお出かけですから、万一満席だったら嫌だなあと思い、テラスを貸し切りにしたんです。それから、リリーナさんの好物のクランベリーソースのパンケーキも限定十食だったので、3つ取り置きしていただいています!」
「え?!あの、たくさんご手配くださったのですね。しかも私の好物迄ご把握くださって……。あの、ほんとうに恐縮です。ありがとうございます、アステラ様」
リリーナはやっぱり、アステラがかなり格上の令嬢だと認識しているのか、まだぎこちない。
ぎこちないリリーナも可愛いが、仲良くなりたい欲が抑えられなかったアステラは、一瞬歩みを止めてリリーナの横に並んだ。
「あのですね、リリーナさんにお願いをしたいのですがいいですか?」
「は、はい。なんなりと!」
リリーナは派閥争いに関係する話題だろうかと思ったのか一瞬ビクリと姿勢を正したが、次にアステラが放った一言でぽかんとした顔になった。
「わたしのことは、アステラちゃんと呼んでください!」
「え?!ア、アステラちゃん……ですか?」
「はい!わたしもリリーナちゃんと呼ばせてください!」
「は、はい。お好きに呼んでいただければと思います」
リリーナは予想外の提案に動揺した様子だったが、アステラは満足だった。
……やったー!これで堂々とリリーナちゃん呼びができる!
というか、照れてるリリーナちゃんもかわいい!!心臓止まりそう!
アステラは満面だった笑顔を更にニコニコにして、リリーナの隣を歩く。
推しと城下の煉瓦道を歩くなんて本当に夢のよう。
さりげなく車道側を陣取って、アステラはまだぎこちないリリーナの横顔を盗み見た。
リリーナの方がアステラよりも少し背が高い。だけどそれが、改めてリリーナと自分が同じ世界に実在しているのだと感じさせてくれる。
生きていて良かったとは、こういうことを言うに違いない。