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ヒロインから王子を奪ったわたしは死ぬほど嫌われている……はずですよね?  作者: 木の実山ユクラ
第一部:嫌われていたはずなのに、なんだかようすがおかしい。
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招待






それから少し時は経ち、アステラはリリーナと街を歩いているところだった。


ゲオルグの城の城下はなんだか浮足立っていて、華やかなドレスやアクセサリーがいつもよりキラキラ光って主張しているように見える。

街行く人々は手一杯に荷物を持ち、最近できたお洒落な靴屋では男の子たちがアレコレと靴を吟味して、人気の仕立て屋では若い女の子たちがぎゅうぎゅうと押し合っている。


「ねえリリーナちゃん。最近、街が特に賑わってるね」

「はい。ゲオルグ殿下を昔から支えてくださっているエトワール公爵のお城で舞踏会が開催されるからだと思います」

「そっか、エトワールさんの所で舞踏会があるからか。来月だっけ」

「はい。アステラちゃんはゲオルグ殿下と行くのですよね?もう殿下から同伴のお誘いいただきましたか?」

「ううん。勿論そんな話はないよ」

「え?!そ、そうでしたか……」


リリーナにバレないように慌てて「大好きなゲオルグ様が誘ってくれないなんて本当に残念だよ」と付け足したアステラは、リリーナが何やら少しだけ言いにくそうに下を向いたのに気が付いた。


「リリーナちゃん、何かあった?」

「あ、いえ……」

「もしかしてリリーナちゃん、ゲオルグ様に誘われたの?」


……あの冷酷王子、わたしに優し気にしておきながらやっぱり本命はリリーナちゃんなのか!


これはアステラが恐れていた話だ。そして普通にあり得る話でもある。

だって本来のゲオルグの相手はリリーナで、アステラが邪魔をしなければ二人はとっくに結ばれていた筈だからだ。


「リリーナちゃん、教えて!」


まさかのリリーナの一大事を想像してしまったアステラは、リリーナの前に回り込んで両手をぎゅっと握った。

「おねがい」と見つめると、最初戸惑っていたリリーナも小さく頷いて話しだした。


「私はいつも、パーティがあればアステラちゃんにお供させていただいていました。でも最近の殿下は、アステラちゃんを良く気にかけてくださっているようでしたから、今回こそアステラちゃんはゲオルグ殿下にお誘いいただくものだとばかり思っていました。だから私、今回同伴に誘われて、承諾してしまったのです……」


要するにリリーナは自分が別の人間と行くばかりに、アステラが一人でパーティに行かなければならない可能性があることを心配してくれているようだった。

しかもリリーナは今にも駆け出して行って、誘ってくれた男性にキャンセルを叩きつけて来そうな顔色だ。

そんなところもまた愛おしいのだが、アステラのこの天使を誘いやがった不届き物は一体どこの誰なのだろう。

殺気を殺してリリーナに問うと、リリーナは焦ったように首を振った。


「ものすごく突然誘われたのです。私も訳が分からなかったのですが、アステラちゃんが殿下とパーティに行けるのだから私など適当な人物と行けばいいと思いまして、その、承諾をしてしまったのです。決して他意は無いのです」

「で、その男は誰なの、リリーナちゃん」

「……レ、レーデルです」

「レーデル?!そういえばレーデルは伯爵位持ちだったね」

「でもあの、私は本当に、アステラちゃんと殿下を陰からお守りできればよくて、私はパーティなど一人で行けたのです。でも断りそびれてしまって」


違う違うと首を振るリリーナの頬が少し赤い。

いつも穏やかで聡明なリリーナの大きな瞳が、不安そうに泳いでいる。

でも否定しているのにどこか嬉しそうで、嫌だというのにどこか期待をしているようにも見えて、とてもかわいい。


……もう一度言う。とってもかわいい。

っていうか、何度でも言う。このリリーナちゃん、可愛い。可愛すぎる。


アステラは少し背伸びをして、赤くなっているリリーナの頬をふわっと包んだ。


「リリーナちゃん、可愛い」

「えっ!え、そんなことありません。アステラちゃんの方が可愛いです!」

「リリーナちゃんはいつも可愛いけど、今さらに可愛い。だからわたし、少し寂しいけど応援するね!」

「えっ、応援?!応援なんて、私はレーデルなんてなんとも!」

「ふふ」


リリーナが誰かを好きになったら少しだけ寂しいけれど、応援する。

リリーナがアステラを応援してくれたみたいに、全力で応援する。

なぜならアステラの夢はリリーナを不幸から救うだけでなくて、リリーナを幸せにすることだからだ。

バッドエンドのゲームの筋書きなんて全部ぶっ壊して、リリーナのハッピーエンドが見たい。


「じゃあドレス、これから一緒に選びに行こうか!」

「ドレスですか?」


アステラは、頬を上気させたリリーナの手を引いた。


「うんと可愛いものを買おう。レーデルを骨抜きにするようなやつ!……あ、ごめんわたし今一文無しだった」

「ふふふ、私、先月お給金を上げてもらいました。アステラちゃんのドレスを買わせてください。アステラちゃんはゲオルグ様の瞳に合わせてアイスブルーにしましょう!」

「じゃあリリーナちゃんはレーデルの目に合わせて紅色かな?」

「わ、私はアステラちゃんの瞳の色のドレスにします!薄紫です!」


こうしてアステラは懇意にしている仕立て屋にリリーナを連れていき、時間が許す限り着せ替えや買い物をして楽しんだのだった。





その夜。

リリーナが買ってくれたアイスブルーのドレスを見ながら、アステラはベッドで頬杖をついてにまにましていた。


……ゲオルグ王子の目の色にそっくりなのはアレだけど、リリーナちゃんが買ってくれたドレスだから、めちゃめちゃ嬉しいよね。


リリーナに何を贈ろうか悩んで、喜んでもらえそうなものを贈ることも幸せだったけど、リリーナが悩みに悩んで贈ってくれたものを見るのも幸せだ。

リリーナはアステラの背中の傷跡が見えないようなデザインを探しながらも、適度に肌が見えていて最高に可愛いドレスを選んでくれた。


ドレスを眺めているだけで幸せ過ぎて、時間がどんどん過ぎていく。

早めにベッドに入ったものの、アステラは興奮して眠ろうにも眠れなかった。



しかしドレスを眺めているといきなりコンコンと扉がノックされて、アステラは飛び起きた。


誰だろう。

リリーナだろうか。


アステラが急いで扉に駆け寄りながら返事をすると、外からゲオルグの声が聞こえた。


「ゲオルグ王子?!」


小さく呟いたアステラだったが、もう居留守を使う隙も無い。

恐る恐る扉を開けると、やっぱり背の高い影が廊下に立っていた。


「いきなり遅くにすまない」

「いえ大丈夫ですけど、どうしたんですか?」

「最近忙しくて聞く余裕が無くてこんな夜に尋ねるような形になってしまったが、来月にエトワール公爵が舞踏会を開くらしいんだ」


ごくり。

アステラは知らずのうちに緊張していた。


もしかして、誘われるのだろうか。

いやいや、それは流石にないだろう。

友人同士や兄妹で会場に入るパターンもあるにはあるが、パーティ会場へ一緒に入れば大抵そういう関係なのかと周りから思われる。

ゲオルグもいくら感謝していようと、感謝しているだけの女にそんなことはしないだろう。

そうだ、しないはずだ。


そう思っていたのに、ゲオルグは「一緒に行かないか」とアステラに言った。


「もし、君が良かったら」

ゲオルグは恥ずかしそうに目を逸らして、そう小さく付け足した。


……これ、やっぱり死亡フラグなのでは?

確かにリリーナちゃんが幸せになってくれるならこの命なんて惜しくないとは言ったけど、やっぱりわたしはリリーナちゃんのハッピーエンドをこの目で見たい。まだ死にたくない。


アステラは息をのんだまま動けなくなってしまい、頭を高速で回転させていた。

しかし思い出すのは、ゲームの中で恋人であるリリーナをことごとく死なせるゲオルグばかり。

これが好感度マックスの相手に対する所業なのかと、何度コントローラーを投げ捨てた事か。



アステラの脳内の押し問答は埒が明かないまま、どれくらいの長い間、冬の冷たい廊下にゲオルグを立たせていただろう。

ずっと待っていてくれていたゲオルグが「答えを聞いてもいいだろうか」と控えめに催促をした時、アステラは反射的に頷いていた。

断ればよかったのに、アステラはかなり混乱していたのだ。


「わ、わ、わかりました行きます」

「よかった。ありがとう」

「いえいえ全然」

「じゃあ、こういう時は女性にドレスを贈るのが普通らしいが、君は何か希望はあるだろうか」

「いえ結構ですわたしにはリリーナちゃんが買ってくれたドレスがありますので!」

「じゃあ君が好きなアクセサリーでも」

「いえ結構ですわたしにはリリーナちゃんが作ってくれたブレスレットがありますので!」


半分混乱したままバタンと扉を閉めて、アステラはゲオルグとの会話を強制的に終了した。




遠ざかっていく足音を聞きながら、ガチャリと部屋の鍵をかけたアステラはその場にへなへなとへたり込んだ。


……どうしよう。


もしかしたら、ゲオルグはアステラに感謝以上の気持ちを持っているのかもしれない。

でなければ、舞踏会などには誘わない。


……でも、そんなことって本当にある?


今までずっと鬱陶しいと言われてきたのに。

今まであんなに毛嫌いされてきたのに。

今までのゲオルグは無表情で口数も少なくて、ほとんど無視されてきたのに。

だから安心して「リリーナが見ている前でゲオルグに猛アタックする作戦」を遂行してこれたというのに。

何がどうしてこうなったのか。


……いやでも、本人に確かめてみたら案外「は?好きな訳ないだろ」とか言ってくれるかも。



なら、舞踏会の日にでも訊いてみようか。






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