勘違い、じゃない?!
「ゲオルグ様、おはようございます!今日もグレーの髪がサラサラで、アイスブルーの瞳が冷たくてかっこいいですね!」
本日は目の前にリリーナがいるので、アステラはフルパワーだ。
フルパワーでリリーナを不幸から遠ざけるため、この冷酷王子に絶賛猛アタック中だ。
「今日はお忙しくてお帰りが深夜になるとか。お仕事を頑張っているのは素敵ですが、寂しいです!」
「すまない。次の休みは一緒にいられるようにする」
「いえいえ。でも一番大変なのはゲオルグ様ですよね。どうか身体に気を付けて、無理をしないで頑張ってください!」
「ありがとう。君も早く寝るように」
「こちらこそありがとうございます。あとそれと、王宮へ行かれるのですよね。王宮には可愛い令嬢たちがゴロゴロしていますから、ゲオルグ様が誘惑されてしまわないか心配です!」
「心配はしないでくれ」
「まあゲオルグ様は誰に対しても冷たいですから、それは大丈夫かもしれませんね。では、気を付けていってきてください!」
「行ってくる。君も完治したといっても無理はしないように」
大きく手を振ると、ゲオルグが小さく振り返ってくれたようだった。
騎士たちに囲まれて去っていく背中を見送って、アステラは達成感に包まれていた。
……ふう。本日のミッションコンプリート。
今日も「リリーナが見ている前でゲオルグに猛アタックする作戦」は無事に遂行された。
アステラが振り返ると、後ろにいたリリーナは顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
「今!み、見ましたか?殿下、アステラちゃんに向かって少し笑いましたよ!!」
「え?」
「あのゲオルグ殿下が!アステラちゃんにだけ!ふわって微笑みましたよ!」
「え、え?」
「しかもアステラちゃんの身体を心配してくれて、次のお休みはアステラちゃんの為に空けてくれると仰っていました!アステラちゃん、アステラちゃんの頑張りが報われたのかもしれません!!」
「えっと、それって」
「はい、殿下がアステラちゃんの気持ちに応えてくれたのですよ!殿下もアステラちゃんを気にし始めているのではないでしょうか!」
……え
「ええええええ!!!??」
いやいやいや。
気にし始めてるって、まさか、好きになりつつあるってこと?
まさかまさか。そんな事があるはずがない。
冷酷王子であるゲオルグがリリーナ以外の人間に惚れる筈がない。
というか、惚れたくせにことごとくリリーナを不幸にする鬼畜男なんかに好かれたら最後、アステラがバッドエンド行きだ。
「き、気のせいだよ!たまたまゲオルグ様の気分が良かっただけだよ、きっと」
いいや、でも確かにゲオルグは昨日も少しおかしかった。
それに思えば、アステラが怪我をして回復するまでも何かがおかしかった。
療養中ゆえにアステラが元気に話しかけることが少なくて気が付かなかったが、遠征から帰るとわざわざ部屋までやって来て気分を聞いてくれたり、何かを話したそうにソワソワしている時もあった。
……いやいやいや。だからって無い、絶対ないって。だってゲオルグ王子が絶対わたしには惚れないから、安心してアタックできてたんだよ。
なのに、ゲオルグがその気になってしまうなんて聞いてない。
ゲオルグがリリーナ以外に心を開く可能性なんて、絶対にゼロの筈だったのに。
しかしアステラをぎゅっと抱きしめたリリーナは、神に祈りが通じたと言わんばかりに美しい涙を一筋流していた。
「アステラちゃん、貴女は無償の愛で大切な人を守り通したのです。それは誰もが出来る簡単な事ではありません。私は貴女のように愛を与え、貫ける人になりたいです」
「リリーナちゃんがわたしを抱きしめてるっ……!じゃなくて、えーと」
「謙遜はなしですよアステラちゃん。今朝の殿下のご様子、確実な変化だと思います。アステラちゃんが命懸けで殿下を守り、家のしがらみもすべて捨てて殿下への愛を証明したことで殿下の心を動かしたのだと思います」
「いや、それは絶対にない筈で……。そうだ、あれは多分わたしのことが好きになったわけじゃなくて、感謝だと思う!うん、そういう事だ。きっとそうだよ!」
アステラは自分で言ったことに無理やり相槌を打った。
うんうんそうだ、冷静になって考えてみればそういう事だった。
ゲオルグは味方の死体を盾に進軍したとか、命懸けで守ってくれたボロボロの騎士を敵地に置き去りにしたとか、結構非情な事をやっているらしいという噂もある冷酷王子だ。
だけど、いたいけな令嬢に身体を張って守られたら感謝も少しはするという事なのだろう。
昨日何故かカフェに付いてきてくれたのだって、きっと感謝を示しただけだったのだ。
好かれている訳ではないので、ゲームの中でリリーナが受けたような仕打ちをアステラが受けることはきっとない。
うん、大丈夫。
勝手に納得したアステラの一方で、リリーナは少し困ったような顔だった。
だが、大丈夫大丈夫と頷いたアステラを見て何か勘違いしたのか、最後には優しく微笑んでいた。
-----
アステラがリリーナと楽しく夕食を摂って湯舟にもつかり、そろそろ寝ようかと廊下を移動している時に、ようやくゲオルグたちが城に帰ってきた。
少し騒がしい玄関広間を通り過ぎる時、アステラはリリーナと共にちらりと中を覗いた。
すると真っ先に、雪を払っていたゲオルグと目があった。
「早く寝てくれと言ったのに、待っていてくれたのか」
「え、いや、えっと」
アステラの元に歩いてきたゲオルグが何となく嬉しそうだったので、言われなくてもすぐ寝るつもりだったとは言えず、アステラは目を泳がせた。
しかも隣のリリーナは「頑張って」と言うように、ちょんちょんとアステラの服の裾を引っ張っている。
……リリーナちゃんが期待してくれてる。
よーし、平常心、平常心。ゲオルグ王子は別にわたしが好きなわけでは無くて、感謝してるだけ。
「ゲオルグ様、お疲れさまでしたっ!今日もきっと疲れましたよね。もしよかったら、わたしが心を込めてマッサージでもしちゃいましょうか?わたし、酷い肩こりの経験があるのでマッサージも上手なんです!」
「ま、マッサージ?!き、君が?」
「はい!わたし、得意なんですよ!」
ゲオルグは何故か少しだけ迷った素振りを見せてから、「いや、遠慮しておく」と断ってきた。
やっぱり感謝はしていても、好きでもない女に触れられるのは嫌なのだろう。
……うんうん、そうだよね。ゲオルグ王子がわたしを好きとか、やっぱり勘違いだよね。
少し安心したアステラはそのまま自室に帰ろうとしたが、うしろからゲオルグに呼び止められた。
「だがもし時間があるならこの後少しだけお茶でも、飲まないか」
「え?」
吃驚したアステラが振り返ると、隣のリリーナがアステラの代わりに頷いていた。
そしてゲオルグの後ろでは、何故か嬉しそうなレーデルがリリーナに向かってウインクをしていた。