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ヒロインから王子を奪ったわたしは死ぬほど嫌われている……はずですよね?  作者: 木の実山ユクラ
第一部:嫌われていたはずなのに、なんだかようすがおかしい。
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おかしな一日



「君が来たがっていたのはここか」

「はい、ホワイトシチューとパンが美味しいモーニングカフェです!」


少し歩いて到着したのは、煉瓦造りのかまくらのようなカフェだった。

大きな煙突がニョキっとついていて、店の中に入ると木の温かみが存分に感じられる作りになっていた。


「良い感じの所ですね」

「そうだな」


店を見回しながらマフラーを外していると、奥から給仕がやって来て、暖炉前の席に案内してくれた。

席はテーブル席だったが、二人ともが暖炉の方を向いて隣同士に引っ付いて座るような作りになっていた。

前世で言うところの、カップルシートに近い感じだった。


「じゃ、じゃあゲオルグ様は奥にどうぞ」

「分かった」

「もう少し奥です」

「もう少し奥か……」


アステラはゲオルグを奥に詰め込むと、自分はゲオルグからなるべく離れたソファの端に腰をおろした。

狭めの二人掛け席でやたら離れているのはちょっと不自然だが、やっぱりゲオルグがおかしいので、うかつに近づいてはいけない気がしたのだ。


「これがメニューですね。ゲオルグ様は何を食べますか?おすすめはあったかクリームのシチューだそうです」

「美味しそうだな」

「ええ、あったかくてクリーミーで美味しいと思いますよ!」

「そのままだな」

「いいんです。じゃあわたしはこれで。あ、でもこの煉瓦のように分厚いフレンチトーストも美味しそう。ゲオルグ様はどうしますか?」


メニューを広げたアステラがこれも美味しそうと指さしたフレンチトーストを、ゲオルグが「どれだ」と覗き込んできた。

やっぱりアステラがやたら離れたところでメニューを広げているから、見にくかったのだろう。


ゲオルグのサラサラのグレーの髪が、アステラの目の前を横切る。近い。

なんだかいい香りもしたような気がして、驚いたアステラは思わず飛び退いてしまった。


「どうした」

「い、いえなんでもなく……」

「そうか。なら俺はこれにしよう」


ゲオルグはアステラが食べたいと迷ったフレンチトーストにしたようで、アステラがクッションにしがみ付いてビクビクしている間にもテキパキと注文をしてくれた。


しかし給仕が注文を取って去った後に、アステラはあることに気が付いた。


「……あれ?」

「どうした」

「ゲオルグ様って甘いもの苦手でしたよね」

「好きではないが食べられるぞ」

「でも好きでもないのにフレンチトースト注文してましたよね。フレンチトーストって甘いんですよ。もしかして知りませんでした?」

「知ってる」

「え、じゃあなんで……」

「君は食べたかったんだろう。だから俺のを半分食べればいい」


アステラは知らず知らずのうちに背中に手を回していた。

あの矢に塗ってあった毒、麻痺毒ではなくて遅効性の幻覚薬だったっぽい。

たぶん。いや確実に。


……だっておかしい。

ゲームの中で最愛の恋人であるリリーナでさえ犠牲にして生き残ろうとした冷酷な王子が、鬱陶しい女が食べたいといったからという理由で、苦手なものを頼むはずがない。



なのに、料理が運ばれてくると、ゲオルグは自分のフレンチトーストを二つに切って片方をアステラにくれた。

そして苦手と言っていた甘いフレンチトーストを、文句も言わずに食べ始めた。


「ほら、食べたらどうだ。君は食べるのが好きだろう」


おかしいおかしい。

とは思いつつも、まあ、お腹が減っているので食べますけど。


「っ、美味しいです!フレンチトーストもホワイトシチューも!!」

「よかったな」

「美味しい!フワフワでクリーミーで甘くてしょっぱくて!」

「忙しいな」


アステラはフレンチトーストを一口食べて震え、ホワイトシチューを一口掬って悶えていた。

ゲオルグの城の料理はおいしいけれど肉や豪快な男飯のような物が多かったから、久々に食べた繊細で女の子らしい食事はアステラを強く感激させたのだった。

それはもう、ゲオルグがおかしいことなど一瞬忘れてしまうほどに。


「ああ、両方とも本当に美味しいです!あ、そういえばゲオルグ様はホワイトシチュー食べてないですよね。食べてみます?」

「いいのか」

「はい勿論。さあ、どうぞどうぞ。半分飲んでいいですよ」


ゲオルグはアステラから渡されたシチューを、綺麗な作法で掬って飲んで「美味しい」と言っていた。

うんうん。

そのシチュー、美味しいよね。


……って、なんで?

ゲオルグ王子は前に、わたしが持ってたものは飲まないって言ってたよね?

しかもそれ、わたしが持ってただけじゃなくて口付もけたやつだよね?


なんで?

アステラは一人で訳が分からなくなって目を回していた。


しかしアステラが忙しく混乱している間に、時計を見たゲオルグが少し困ったような顔で切り出した。


「すまない。もうそろそろ帰らなくてはいけない。仕事がある」

「あ、はい」

「帰ろう」


アステラが朝ご飯を食べたいと言ったから、忙しいゲオルグが仕事を詰めて無理やり時間を空けてくれたらしかった。

アステラはゲオルグとカフェを出て、帰路に着いた。


「忙しなくてすまない」

「あ、いえいえ」

「次はもう少し時間に余裕を作る」

「……次?次もあるんですか?」

「ああ。また君が行きたいところを教えてくれ」


それからアステラは混乱しすぎて、自分が何と返事をしたかよく覚えていない。





……やっぱりおかしな日だった。

でも明日は多分、いや絶対、元通りの筈。

だって優しげな冷酷王子なんて、存在しないはずだから。





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