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ヒロインから王子を奪ったわたしは死ぬほど嫌われている……はずですよね?  作者: 木の実山ユクラ
第一部:嫌われていたはずなのに、なんだかようすがおかしい。
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裏切り者





死んだ。

確実に死んだ。


そう思っていたが、次に気が付いたアステラは、目を開けて息を吸うことができた。


……あらまあ。わたし、生きていたみたい。


アステラが目覚めたのは、大きくてふかふかでお日様の匂いのするベッドの上だった。

どうやらそこは、名門貴族のアステラの実家よりもさらに二倍くらい広い部屋の中のようだった。


ここはどこだろう。

もしかして生きてたと思ったけど実は天国だったりして。

アステラがゆっくり首を右に回すと、誰かがベッドの端に突っ伏して寝ているようだった。


「……ゲオルグ様?」


濃いグレーの髪色に見覚えがあって声をかけてみるとその人物は「しまった、寝てしまっていた」とハッと飛び起きた。


「……目覚めたか」

「ゲオルグ様……?」

「ああ」


やはりゲオルグだったその人は、目を開けたアステラに心底ホッとした様子で呟いた。

まるでアステラの目覚めを待ってずっとベッド脇にいたかのようなシチュエーションだが、冷静に考えて冷酷なゲオルグがそんなことをするはずはない。


「痛みは?」

「……思ったより、なさそうです」

「痺れは」

「痺れも、なさそうです」

「よかった。薬が合っていたようだ」


ゲオルグは頷くと、アステラの額に冷たいタオルを載せ直してくれた。


アステラはまだ正常に動いていない頭で、少し考えた。

なんだかおかしい気がする。ゲオルグがいつもと違うような。


しかしアステラは薬を貰って水で飲み干した後、急に襲ってきた眠気によって思考を中断され、目を閉じた。


「眠いか」

「はい、ねむい、です」

「寝ていろ」


ゲオルグがまだ十分冷たかった額のタオルを新しいものに変えたことを感じながら、アステラは再び意識を失った。





-----



アステラは数日経っても、まだずっと眠っていた。

薬が効いているのか痛みはあまり感じないが、身体はだるい。

しかし城の中心部、玄関広間に大勢が集まって、誰かと誰かが口論している声が何となく聞こえた。

勿論、アステラのいる場所からでは誰が何を言っているかは聞こえない。

というか、意識が朦朧そしているのでそれ自体が幻覚だということもあり得る。

だが、何となく胸騒ぎがした。







「アステラが生きていて、しかもお前の城にいるのだよね。出しなさい」


ゲオルグの城の玄関広間で、白と金の豪華な正装に身を包んで立っていた客人は第一王子のエードリヒだった。

そして、それに付き従っているのはアステラの兄・ガレオンなどの従者と、大勢の騎士。


「聞こえなかったかい、ゲオルグ。アステラを僕に渡しなさい」


ゆっくりと首をかしげて見せたエードリヒと対面しているのは、丁度訓練終わりで銀と青の防具を纏っているゲオルグだ。

ゲオルグの後ろには訓練終わりの数人の騎士と、客人を出迎えた城の使用人が控えている。

その中には、ゲオルグの訓練に付き合っていたレーデルもいた。


「エードリヒ殿下と次期侯爵様が直々に来るなんて聞いてねえぞ。どうするんですゲオルグ殿下」


こっそりと耳打ちをしたレーデルの問いかけに、ゲオルグは答えなかった。

しかし代わりに、ゲオルグはエードリヒを冷たい目で睨みつけた。


「彼女をどうするつもりだ」

「我が家に泥を塗った恥知らずはこちらで処分させていただく」


エードリヒに代わってゲオルグに返事をしたのは、一歩踏み出して来たガレオンだった。


「アステラは我が家が忠誠を誓った第一王子殿下に御寵愛をいただいていたにもかかわらず、裏切りを疑われても仕方のない行為に走りました。侯爵家からの追放は既に決まりましたが、その上で別の罰も受けさせます」


それを聞いてもゲオルグの表情は動かなかったが、レーデルはチッと舌打ちをした。

第一王子への忠誠を証明したい侯爵家はきっと、アステラに見せしめのような酷い罰を受けさせることだろう。


「ああ、ゲオルグの近衛の君。心配には及ばないよ。ガレオンはこうして息巻いているけど、僕はちょっとお仕置きをしてあげるだけでいいと思ってる。この僕がいるのに、他の男を身を挺して守ろうとするなんて裏切りとしか言いようがないけれど、それでも僕は許してあげてもいいと思っている。だって女の子は馬鹿が一番可愛いじゃないか。馬鹿な子に体で覚えさせるのは一番楽しいんだよ」


エードリヒは玄関広間に飾られていた花瓶に手を伸ばし、人の屋敷のものだということも全く意に介さずにブチブチと花を一つづつ指で折りながら、にっこり笑った。


「さあアステラを返してもらおう。彼女は平民だから残念ながらもう僕の妻にはなれないけれど、それでも可愛がってあげるつもりだから」


思わずゾクッとするような笑顔に、レーデルが反射的に腰の剣に手をかけた。

美しい顔に何を考えているか分からない瞳を持っているエードリヒには、ゲオルグとはまた違った恐ろしさがある。


「……ゲオルグ殿下、アステラ嬢を第一王子に引き渡すつもりすか。確かに第一王子のあの言い方だと、アステラ嬢は第一王子を慕っていたのかもしれません。第一王子の命を受けて殿下を騙しに来てたのかもしれません。でも殿下のことを身を挺して守ってくれたのは真実です。今の第一王子に引き渡したら、アステラ嬢はどうなるか分からないですよ!」


レーデルは奥歯を噛んだが、ゲオルグは冷たい表情を崩さなかった。

やはり冷酷なゲオルグは、あっさりとアステラを引き渡してしまうのかもしれない。

それはこの場を治めるのに一番合理的なやり方だ。

ゲオルグの代わりに傷を受けたとはいえ、ゲオルグを嵌めようと動いていたアステラなどさっさと渡してしまうのがきっと正しい。


だがレーデルは、目覚めないアステラに付きっ切りで看病をしていたゲオルグに気づいていた。

アステラの額の上に載ったタオルを替えながら、心底祈るような横顔を見せたゲオルグに気づいていた。


「もうこの際、アステラ嬢が第一王子を好きでもいいじゃないですか!第一王子に酷い事されるくらいなら、たとえ泣かれてもここで匿った方がいいですって」

「……」

「殿下っ!アステラ嬢が殿下を好きだって言ったこともかっこいいって言ったことも、全部嘘だったって確定したっていいじゃないすか。アステラ嬢にまんまと騙されてたって分かったけど、いいじゃないすか。ここでアステラ嬢を渡したら絶対殿下が後悔しますよ!」


レーデルはゲオルグに詰め寄ったが、ゲオルグが何かを言う前にエードリヒが笑顔で呟いた。


「『好きだって言ったこともかっこいいって言ったことも』?……誰が誰を、かな?」


微笑の中に淀んだものを滲ませたエードリヒに対し、振り返って返事をしたのはレーデルだ。


「アステラ嬢がゲオルグ殿下に、だよ!」


語気に『お前の指示だろうが』という意味も込めたレーデルだったが、エードリヒの反応は予想外のものだった。


「アステラが何故お前にそんなことを?まさかアステラを脅して言わせていたのかい?」


驚いた様子のエードリヒは、ぐいっとゲオルグに詰め寄った。


「女を暴力で脅して楽しんでいたなんて、実に野蛮なお前らしいね。でも外道すぎて吐き気がするよ」

「脅してない」

「ではなんだというんだい?まさかアステラが自分から愛を囁いたとでも?この僕には何も言ってくれていないのに?」

「いや……囁きではなく毎回声が大きいが……」

「馬鹿だね、声の大きさは言葉の綾だよ。今はどうでもいい。それよりも僕が知りたいのは、お前が暴力でアステラを辱めていたのかということだ」

「そんなことはしていない」

「ではなんだ。まさかアステラが自分の意志で、お前に好きだと言って甘えてきたと言うのかい?」

「……彼女が自分の意志で?」


小さく眉を寄せたゲオルグに対し、エードリヒは安っぽい作り話を聞いているかのように冷たく笑った。


「だから、アステラが自分の意志でお前を好きになることはあり得ないと言っているんだよ」

「でもお前がそれを指示したわけでは、無いんだろう」

「ああ勿論だよ。可愛がってやっていた女にそんな馬鹿な指示をする訳が無いよね。だからお前が脅していたとしか考えられない」


エードリヒは不機嫌さを募らせたようだったが、ゲオルグは少し困ったように目を伏せて顔を隠すように手を当てた。

アステラに好意的に振舞うように強制していないことは、ゲオルグ自身が良く知っている。


「なら、彼女は本心からあんなことを……」


ゲオルグの呟きはエードリヒには聞こえなかったようだが、すぐ後ろにいたレーデルは聞き取っていた。

レーデルが後ろから見たゲオルグが何を考えているかは正確には分からなかったが、スラリと背中の槍を抜いたことから、アステラをエードリヒに渡さない意志が固まった事だけは見て取れた。


「ったく、自分の気持ちを認めるのが遅いですよ、殿下」




ゲオルグが武器を抜いたことで、エードリヒ側の騎士たちに一斉に緊張感が走った。

騎士たちは慌てて臨戦態勢に入り、ゲオルグからエードリヒを守るように前に出る。


「帰れ、エードリヒ」


騎士たちは、鈍く光を反射したゲオルグの鋭い槍先を見て一瞬たじろいだが、エードリヒは微笑を絶やさないどころか、瞬き一つしなかった。


「アステラを渡してくれるまで帰らないといったら?」

「ここをお前の騎士の血で海にしたいのか」

「ははは。そんなことをすればお前の城が血で汚れてしまうよ。それも厭わないなんて流石、野蛮な血の入った雑種だね」

「俺の城を心配する前に自分の騎士の心配をしたらどうだ」


ゲオルグはエードリヒの騎士の一人に槍の刃先を突きつけた。

槍の刃先が宙を切ったそのあまりの静けさと鋭さに、騎士の隣にいたガレオンが大きくひゅっと息をのんだ。


ゲオルグとエードリヒはしばらく睨みあったが、エードリヒがパッと笑顔になった。


「まあ、今回はいいよ。馬鹿な女一人に色々計画が狂うのは良くないからね」


エードリヒは騎士の首元に突き付けられたゲオルグの槍の先を指でスッとなぞってから、バサッとマントを翻して城から出て行った。




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