えんもたけなわ
「また城に勝手に入って来たかと思えば、玄関広間をこんな風に荒らして何をしていた」
ゲオルグは後ろにいた近衛騎士の助けを借りつつ、自らの防具を脱ぎ始めた。
まるで自分の誕生日などこれっぽっちも憶えていないような態度だ。
しかしアステラが返事をする前に、リリーナが一歩前に進み出て声を張り上げた。
「今日は殿下の誕生日だからアステラちゃんがお祝いしたいって頑張ってくれたのです!アステラちゃんは、殿下が生まれて来たこの素晴らしい日に感謝したい一心だったのです!」
「で、城の使用人も巻き込んでこんなことをしたと」
「アステラちゃんはすべて殿下の為に、殿下に喜んでほしくて行動したのです!それなのに、いきなり槍を突きつけるなど……」
アステラは自分の為に主に意見してくれるリリーナの姿に感動し、ゲオルグに槍を突きつけられたことは、もうどうでも良くなってしまったほどだった。
いやむしろ、リリーナがこうして怒ってくれているのだから儲けものだった。
リリーナがこんな風に心配してくれるのであれば、次も槍を突きつけて欲しいくらいだ。
アステラが可愛いリリーナの後ろ姿を瞼に焼き付けていると、リリーナがいきなり振り返った。
「今日はアステラちゃんが頑張って殿下の為に色々用意してくれました。ね、アステラちゃん!」
「え!あ、うん!」
アステラはリリーナの応援の眼差しに背中を押されるように、後ろのテーブルに隠していた誕生日プレゼントを持って戻ってきた。
「はい、ゲオルグ様。わたしからのお誕生日プレセントです」
アステラが手袋が入った包みを差し出すと、使用人たちの間から歓声が上がった。
ゲオルグはやっぱり眉を寄せて受け取ってくれなかったが、リリーナをはじめとしたみんなが祈るような目で見つめていたので頑張ったアステラは、誕生日プレゼントをゲオルグの腕の中にねじ込んだ。
「おい、こら」
「受ーけー取ーってーくーだーさーいー!」
「だからと言って勝手にねじ込むんじゃない」
「返品不可ですから!」
「まったく、いつもいつも勝手なことを……」
ゲオルグは渋々だったが、とりあえずプレゼントは彼の腕の中に収まった。
アステラの後ろでは、「よかった、あのゲオルグ殿下に受け取ってもらえましたよアステラちゃん……!」と感動のあまりリリーナが涙を流している気がする。
「色々悩んで選びました。少しでも使っていただけたら嬉しいです!改めましてゲオルグ様、お誕生日おめでとうございます!生まれてきてくれてありがとうございます!だいすきです!」
「……」
しかしとどめの決め台詞は、ゲオルグに当然のように無視された。
そればかりかゲオルグはさっさと部屋に帰りたいような素振りを見せたが、丁度良い匂いの料理と飲み物が厨房から運ばれてきて、近衛騎士のレーデルが引き留めたので、少しだけその場に留まることにしたらしかった。
「この城の者が作った食事ですし、俺が最初に毒見しますから。去年の殿下は誕生日を戦場で迎えてるんですからたまにはいいじゃないすか」
「……少しだけだぞ」
その日は、華やかで明るい空間で沢山の料理に舌鼓を打ち、みんなで大きなケーキを切って食べた。
使用人が秘かに練習していた踊りや歌の発表もあったし、世話になっているゲオルグに感謝の言葉を述べる者もいた。
ゲオルグは相変わらず冷たい顔で眉を寄せていたが、小一時間くらいはその場にいた。
「ゲオルグ様、このお肉美味しいですよ!珍しい調理法ですよね。あ、これもお勧めです!あとこっちも食べました?」
「……お前、以前から思っていたがよく食べるな」
「はい!わたし、食べるのが好きなんです!あ、ゲオルグ様ケーキ食べましたか?巷で人気のパティシエに頼んだんです。美味しいですよ」
「甘いものはあまり食べない」
「それは勿体ないですね。では飲み物は?お酒はいかがですか?お酒飲みますよね」
「そもそも、お前が触ったグラスで何かを飲もうとは思わない」
「じゃあ私が最初に飲んで毒見します。それなら飲めますか?……なんて、嘘ですよ!間接キスはもっと嫌ですもんね!」
「……」
色々と話しかけてもみたけれど、ゲオルグはやっぱり楽しくなさそうだった。
でも、アステラはなかなか楽しかった。
ゲオルグと話したことが楽しかったというより、使用人たちが全員集まってどんちゃんしているのを見ることや、酒を飲んだ騎士たちと話せたのも楽しかった。
騎士たちは長い間第一王子派の家出身のアステラを警戒していたが、少しずつ好意的になっている気がする。
特にレーデルという騎士は炊き出しの時に会話をしていたこともあって、話しやすかった。
「この飾りつけ、すげえよな。大変だったんじゃねえのか?」
「ううん。リリーナちゃんや使用人の皆が手伝ってくれたしそんなに大変じゃなかったよ」
「そうかよ。でもあの刺繍の垂れ幕なんかは流石に骨が折れただろ」
「ううん。リリーナちゃんが隣で応援してくれてたからむしろ倍速で出来たけど。リリーナちゃんに専属で応援してもらえるなんて羨ましいでしょう?」
「なんだよ、俺はこの間の練習試合でリリーナに応援されたぞ」
レーデルは話しやすいが、時々リリーナに関して張り合ってくるのでカチンとくる時もある。
「ふふふ、アステラちゃんとレーデルもいつの間にか仲良くなっていたのですね」
レーデルに対してもう少しマウントを取ってやろうとも思ったが、アステラの隣で会話を聞いていたリリーナが嬉しそうだったので、全部どうでもよくなった。
「リリーナちゃんが楽しそうでわたしも嬉しいよ」
「私も、アステラちゃんが笑っていてくれて幸せです」
……ああ、今日も推しが尊い。
ケーキのクリームを頬に付けていたり、使用人仲間と話していたり、飲み物を注いでいるリリーナが可愛くて、アステラはとても楽しい時間を過ごした。
それに楽しかったのはこのパーティの時間だけじゃなくて、リリーナと一緒にパーティの準備をする時間だって楽しかった。
贈り物を何にするか相談した時の悩んだ顔も可愛かったし、アステラの為に数日色々と考えてくれていたのも可愛かった。
一緒に装飾品の買い物に出た時は、か弱いにもかかわらず重いものを率先して持ってくれたし、車道側を歩いてくれてリリーナの深い思いやりに感動した。
それから、メッセージを垂れ幕に刺繍をして飾るのはどうかと恋愛小説の一ページを差しながら提案してくれた時の笑顔も天使だった。
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レーデルは、アステラや使用人たちに呼び留められても振り返りもせずにパーティ会場を後にするゲオルグに付いて、城の階段を上っていた。
「引き上げてくるの早いですよ。殿下の生誕パーティだってのにまだ一時間も経ってないです」
「もう十分だ」
まだ賑やかな玄関広間とはうって変わってしんと静かな階段では、速足で歩く二人の足音しか聞こえない。
「でも、今日はサプライズでしたね。まあ、最初は発砲音がしたから刺客かと思ってちょっとドキッとしましたけど」
「全くだ」
「ってか殿下、生まれてきてくれてありがとうなんて言われても無表情って逆にすごいですよね。俺だったら泣いちゃいますけど」
「本心ではないと分かっていれば何も思わない」
ゲオルグたちは階段を登り切り、長い廊下を歩き始めた。
前を歩くぶっきらぼうな背中を見つつ、レーデルは気になったことを思い切って聞いてみた。
「プレゼント、部屋で一人で開けるんですか?」
「いや、捨てる」
「でも殿下、さっき懐に入れてましたよね。誰も気付いてなかったみたいですけど、俺だけは見てましたよ」
「ゴミ箱が無かったからな」
「本当にそうなんです?俺は殿下とは長い付き合いですけど、殿下って昔から大事なものしか懐に入れないんですよねえ」
ゲオルグは部屋の前までついてきたレーデルの声に一瞬足を止めたが、否定するように自室に入り、扉を閉めた。
バタンと低く冷たい音が廊下に響き、レーデルは取り残された。
もうゲオルグは出て来ないだろうし、絶対に質問には答えてくれないだろう。
レーデルは下の階にある自室に帰るか玄関広間のパーティに戻るか考えながら、廊下を引き返した。
窓の外には静かな月が出ていて、青白く光っている。
夏らしい夜の木の葉のさざめきや虫の声も聞こえる。
レーデルはゲオルグの言葉の端に滲んだ何かを思い出しながら、ふうと溜息を吐いた。
「ほんと、あのご令嬢の立場さえどうにかなればなあ……」




