誕生日パーティ
……リリーナちゃんは可愛い。
リリーナちゃんは美しい。
本当に、リリーナちゃんが生まれてきてくれた事に感謝。
リリーナちゃんを生んでくれた子爵に敬礼。
リリーナちゃんを育ててくれた世界に万歳。
アステラはリリーナの誕生日こそ盛大に祝いたいと心に決めていた。
しかし、先に誕生日が来たのはリリーナではなく、ゲオルグだった。
しかも氷のように冷たい冷酷な王子のくせして、生まれは夏。
青空に反射する眩しい太陽を受けて、緑の植物を元気に葉を伸ばし、子供が外を駆け回る活発な季節。
全然彼のイメージと違うその日が、ゲームで設定されたゲオルグの誕生日だった。
「ならリリーナちゃんの誕生日パーティの予行練習として、祝ってあげようかな……?」
「誕生日パーティ、ですか?」
「うん。そういえばゲオルグ様、来週誕生日だったなーって」
「ゲオルグ様の!!!」
アステラはこの日リリーナと連れ立って、オープンしたてのカフェのテラス席に座り、カランと氷の入った青い飲み物のストローを咥えていた。
そして目の前に座るリリーナは緑色の炭酸の飲み物を飲んでいたが、ハッと姿勢を正したようだった。
リリーナのその目は期待に満ちていて、キラキラと輝いている。
「アステラちゃん!!それは、ゲオルグ殿下のお誕生日を祝いたいという事ですよね!素敵です!殿下も絶対に喜びます!」
「ふふ、リリーナちゃんがそう言うなら今回も頑張っちゃおうかな」
ゲオルグは絶対に喜ばないが、アステラはリリーナのその喜ぶ顔が見たかった。
ゲオルグに好きだと言い続けるのはリリーナを不幸から遠ざけるのが理由だが、毎回喜ぶリリーナの顔が見られるので、つい過剰にアタックしてしまう。
「お誕生日を盛大にお祝いすれば、アステラちゃんの愛も次こそは殿下に理解していただけるはずです!私が全力でサポートします!!」
「ありがとう!」
「私は障害の多い恋でも諦めず頑張ると決めたアステラちゃんを尊敬しています。そしてそんなアステラちゃんには絶対に好きな人と結ばれて幸せになって欲しいのです!ですから善は急げ、今から計画を練りましょう!」
リリーナはアステラの両手を強く握りこんだ。
そしてあたたかいリリーナの手に、アステラは満面の笑顔になって頷いていた。
こうしてアステラはリリーナやゲオルグの城の使用人たちの手を借り、着々とゲオルグの誕生日パーティの準備を進めていった。
アステラはまず、予約の取れないパティシエに無理を言って大きなケーキを作ってもらう約束を取り付け、ひいきの花屋で幾つもの花を予約をした。
華やかな花と大きなケーキはお祝い事に必須である。
そして誕生日の贈り物は、吟味を重ねて高級皮の手袋にした。
隣国の名匠が作った丈夫でかっこいい手袋だ。狩りや剣の稽古の時も使える。
それから買い込んだ装飾をゲオルグの城に運び込むのは、ゲオルグの誕生日当日。
ゲオルグが公務で城を空けたら準備開始で、帰ってきた時に皆で出迎えて誕生日を祝うという寸法だ。
使用人たち曰く、ゲオルグは誕生日なんて無頓着だし、王宮が開催してくれる盛大な王族の生誕パーティはいつも欠席するらしい。
国王陛下がわざわざ催してくれる生誕パーティをすっぽかすのもどうかと思うが、毎年主役がいなくとも関係ないとばかりに、飲んで食べて華やかに着飾って楽しむ貴族がいるという事実もまた妙な話だ。
まあそれはさておき、使用人たちはアステラがゲオルグの誕生日を祝うと息巻いていることを歓迎してくれた。
去年の誕生日は勝手に戦に出かけていって戦場で迎えていたらしいから、今年は主の誕生日が真っ当に祝われそうで使用人達も嬉しいのだろう。
「この武骨な城がこうして華やかに飾られるのはいいものですな」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいです」
ゲオルグよりもこの城に長く仕える白髪の執事長が、花を運び入れるよう指示を出しているアステラに声をかけた。
「皆、今日はゲオルグ様の生誕パーティが祝えると嬉しそうですな。それも全てあなたのおかげです」
「わたしとしても、皆さまがこうして手伝ってくださって助かっています」
「しかし、アステラ様にここまで想っていただけているのに、ゲオルグ様ときたらいつも申し訳ありませんな。しかしゲオルグ様も第一王子には散々煮え湯を飲まされてきましたから、そこはご理解をいただけると嬉しい限りです」
「あ、それは……ふふふ」
リリーナの為にやっているだけだからどうぞおかまいなくとも言えず、アステラは笑ってごまかしておいた。
そうこうしているうちにも、ゲオルグの城の優秀な使用人たちの助けによって、城の玄関広間がどんどん飾り付けられていく。
アステラが買い付けてきた最高級の花たちは玄関扉のアーチになったり、玄関広間の中心にどーんと飾られたり、設置されたテーブルの上に置かれたりした。
金銀の装飾は壁に飾られたり天井から吊り下げられたりして、空間を煌びやかに彩っている。
そしてリリーナに提案されて作った垂れ幕は、アステラの刺繍メッセージ入りだ。
「アステラちゃん。先ほど厨房も確認してきましたが、料理の準備も順調なようです」
「リリーナちゃん。わざわざ確認ありがとう」
「とんでもありません。私はいつでもアステラちゃんのお役に立ちたいですから」
……ああ、天使。ここに天使がいる。
リリーナが優しく微笑んだので、アステラはその場で膝をついて祈りたいくらいの気持ちになった。
だけどそれはきっと後にした方がいい。
昼頃から準備をしているが、もうすぐ夕刻だからいつゲオルグが帰って来てもおかしくない。
準備の仕上げに取り掛からなくては。
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「アステラ様、ゲオルグ様がお帰りになられました!」
城の二階で外を見ていた使用人の一人がアステラに声をかける。
アステラはそれに返事を返して、リリーナや使用人たちにそれぞれの位置につくように指示を出した。
「みんな、アステラ特製・クラッカーは持った?」
「はい。ここに」
アステラは前世で知ったクラッカーを参考に、錬金術でキラキラの粉や花びらを詰めた弾薬を作っており、掛け声とともにそれを割るようにと皆に指示を出していた。
「じゃあ、用意はいい?」
「はい、いつでも」
アステラの号令と同時に、大きくて重い玄関扉の向こうで階段を上る音がした。
ゲオルグが騎士たちを連れてもうすぐそこまで来ている。
城に入ろうと玄関扉がギイと押される。
内側の光が外に漏れ、扉が開けられた時、アステラとリリーナ達は暗がりで手に持っていた小さな玉を割った。
パアン!!!!
パアン!!!!
パアン!!!!
「ゲオルグ様、お誕生日おめでとうございますーー!!!」
アステラやリリーナ、それから待機していた使用人たちはその手の中で弾けて花吹雪のようにキラキラと舞ったパーティクルの中、両手を挙げて帰ってきたゲオルグたちを迎え入れた。
この盛大なサプライズになら、流石のゲオルグも驚いてくれるだろう。
そんなふうに誰もが思っていたことは、間違いではなかった。
しかし驚いたゲオルグが喜ぶことは無く、むしろ咄嗟に背中の槍を引き抜いていた。
そしてその刃先を、みんなの中心でゲオルグを出迎えたアステラの喉元に当てていたのだった。
完全に無防備に出迎えたといっても、アステラはその太刀筋さえ目で追えなかった。
ヒュンと音がしたかと思ったら、鋭い目と恐ろしい刃物が眼前にあったのだ。
明るかった雰囲気が一転、冷たく張り詰めたものになった。
……これはほんとに死んじゃうのでは。
槍先の無機質な光に、全身の血が冷凍されるような感覚。
脚の感覚が無くなって、もう自分が立っているのかも分からなくなってきた。
やばい。
「何かと思えば……お前か」
死を覚悟したアステラの一方で、いつもの面影を残していない程華やかに飾られた玄関広間を見回したゲオルグは、何かを理解したような顔になった。
そして少し呆れたような目で、ゆっくりと槍を仕舞った。