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ヒロインから王子を奪ったわたしは死ぬほど嫌われている……はずですよね?  作者: 木の実山ユクラ
第一部:嫌われていたはずなのに、なんだかようすがおかしい。
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おまち!



「炊き出しだよ。遠慮しないで食べてね」

「これはらーめんという食べ物です。とっても美味しいですよ」


既に良い匂いをそこらに漂わせていたからか、アステラ達がラーメンを配り始めると、瞬く間に行列ができた。


アステラは麺を茹でてリリーナに渡し、それにリリーナがスープを入れてトッピングをしていく。

集まってきた人たちはラーメンを受け取ると目を丸くして恐る恐る味見をしてから、上手い上手いと笑顔になった。


「珍しい食べもんじゃな。わしゃ初めて見たぞ」

「おいしー!らーめんって言うんだろ?母ちゃんが畑で仕事してるから持って行ってあげてもいい?」

「おいらお替り欲しい!」


……やっぱりラーメンはみんな好きだよね。


広場に集まった、薄汚れている人たちが暑い中ラーメンを啜って笑顔になっている図は少し滑稽だけど、悪くなかった。

しかし腹をすかせた人々がスープまでしっかり残さず食べて、お代わりをお願いしてくる姿を見て少しだけ憤りを感じた。


……皆思ったより痩せてはいないけど、着てるものはボロボロで大変そう。やっぱりゲオルグ王子は下街の整備をおざなりにしてたんだ。


リリーナが貧民の男の子に殺されるエンディングがあったことを早い段階で思い出せて良かった。

このままゲオルグによって彼らが苦しんでいたら、リリーナが逆恨みで殺されるあっけない結末も大いにあっただろう。

アステラは冷酷なゲオルグに変わり、暫くの間は炊き出しを続けようと心に決めた。



しかしその矢先、鋭い声が飛んできた。

アステラとリリーナがバッと振り向くと、背が高く威圧感のある影が二つ、人の波を割ってこちらに向かってきていた。


「おいそこの女二人、申請もせず勝手に何やってる!……ってリリーナじゃねえか。それからレイユース侯爵家のご令嬢様」

「レーデル!それからゲオルグ殿下」


現れたのはゲオルグと、彼の近衛騎士を務めるレーデル・エンフィールドという男だった。

彼は最初物凄い剣幕での登場だったが、リリーナがいた事で少し和らいだようだった。

やっぱり男であれば、可愛いリリーナを見て和まない者はいないということなのだろう。


……ゲオルグ王子も殺気立って現れたけどリリーナちゃんがいるから、ほんの少し落ち着いたみたいだし?


しかしアステラがゲオルグと目を合わせると、ゲオルグはぎらりと睨みつけてきた。


「このような勝手な振る舞い、許可をした覚えはないが?」

「そ、そうですね。申請してませんから……えへへ」

「えへへではない。俺は今この場で不法侵入者のお前を切り捨てることも可能だが?」

「で、でもわたし、悪いことはしてませんよ。ちょっとでもゲオルグ様のお役に立てればなーなんて思って。わたしたちもう顔見知りじゃないですか。だからちょっとは信用してくれてもいいんですよー……」

「信用しない」


ひいっ。

怖すぎる。

やっぱりゲオルグは冗談も通じない冷酷な王子だ。


しかしアステラがゲオルグに睨まれて固まっている一方で、騎士のレーデルが自然な様子でリリーナと会話を始めていた。


「なにやってんだ?」

「炊き出しです。そうだレーデル、らーめんを食べてみますか?」

「らーめん?」

「とっても美味しいのですよ。アステラちゃんが作ったのです!」

「レイユースのご令嬢様がか?毒でも入ってるんじゃねえか」

「まさか。口を慎んでくださいレーデル。いくら貴方でもアステラちゃんへの暴言は私が許しません」

「ま、ここのやつらもみんな食ってるみたいだし、毒はねえか。美味そうな匂いだしそのらーめんとやら、食べてみてやるよ」


レーデルはリリーナとの掛け合いで、ふっと笑顔になった。

美形のゲオルグの横に並んでいると流石に霞むが、この騎士も中々かっこいい。

……なんて思ったアステラだったが、リリーナがレーデルを呼び捨てで呼んでいることに気が付き、なんだか許せない気分になった。


「らーめん、あんたが作るんだろ?お嬢様」

「ふん、そうだけど」


ちゃっかりリリーナの隣にいるし、ホントに毒でも入れてやろうかな、なんて思ったが、勿論アステラは手元に毒など持っていない。

仕方がないので、渾身の力で麺を茹でたアステラは最高の一杯をレーデルに提供した。


「はい、おまち」

「おまち……?」

「どうぞってことです。熱いので気を付けて」


掛け声とともにレーデルの目の前にドンと器を置くと、レーデルは小さく頭を下げて麺をフォークに巻き始めた。

そこですかさずリリーナが横から顔を出して、レーデルの食べ方を指摘した。


「レーデル、らーめんは啜って食べるものです。麺を巻かず、口に入れて啜るのです」

「はあ?んな下品な食べ方出来るかよ」

「大丈夫、貴方は元々上品ではありませんから。らーめんは啜って食べるのが美味しいのです。アステラちゃんが教えてくれました」

「レイユースのご令嬢様が?ハ、このお高く纏った社交界の花がまさか」


レーデルが「こんなお嬢様にできるわけねえだろ」と言わんばかりに鼻で笑ったことがカチンときた。

いや正直、レーデルがリリーナと結構仲良さそうな事の方が気に食わない。


「ふふ。そこまで言うのならいいでしょう。わたしがお手本を見せます」


完全に八つ当たりだが、アステラはレーデルが食べようとしていたラーメンとフォークをひったくった。

そして麺を適量、口元に運ぶ。


「ずそそそそそ!」


啜れば、麺が踊るようにアステラの口に入っていく。

熱い。でも濃厚。美味しい。

優雅さを忘れないまま豪快にラーメンを飲み込んだアステラは、手首できゅっと口元のスープを拭って、レーデルを睨んでみせた。


……どうだ。これがラーメンを食す時の神髄よ。


「貴方にできるかしら?」

「……なかなかやるじゃねえか」


ノリがいい騎士、嫌いじゃない。

レーデルはアステラがすすって食べて見せたことで更に美味しそうだとでも思ったのか、アステラからラーメンを奪い返して、らーめんを一気に口に入れた。

そして無言で啜り続け、スープもごくごくと飲み干してから、タンと器をテーブルに置いた。


「どうでしたか?」

「…………うまかった!」


腕を組んで聞いてやれば、レーデルは渋々負けを認めたように言い切った。


ふふん。勝利だ。

やっぱりラーメンは啜って食べるに限る。

リリーナと顔を見合わせ頷き合うと、奇妙な連帯感が生まれた。

これが親友との阿吽の呼吸という奴かもしれない。



「ってか話逸れまくってるけど、レイユースのご令嬢様とリリーナはここで何やってんだ?まさか貧乏人相手に店でも開く気だったとか言う筈ねえよな?」


レーデルは立ち上がり、ご馳走様を言うついでにコキコキと首を回した。

確かにレーデルの言う通り、彼らの当初の疑問はラーメンではなく、アステラ達がここで何をやっているかだった。

そのレーデルの質問には、アステラが答える前にリリーナが答えていた。


「アステラちゃんは少しでもゲオルグ殿下の役に立ちたいと思い、ここで炊き出しをしていたのです!殿下の領民が幸せになれば領地が豊かになります。全て殿下を想ってのことです」

「ほんとかよ」

「疑うのですか?!」

「当り前だろ。たとえばここの貧乏人を先導して、何か良からぬ計画してるとか、疑えばキリがねえ」

「レーデル!それは断じて有り得ないと私が保証します。アステラちゃんはただ純粋に殿下をお慕いしているだけです。っていうかレーデル、貴方しれっとアステラちゃんと間接キスしましたよね?!アステラちゃんの許し無しでそんな誉をいただくなんて断じて許せないのですが!」

「はあ?あんなもん誤差だろ誤差!」

「誤差なんかじゃありませんっ!」


レーデルが何を言おうとゲオルグが何を思おうと、リリーナがアステラを庇ってくれているという事実に涙が出そうだ。


……なんて良い子なんだろうリリーナちゃん。

そしてそのリリーナちゃんがわたしを誰よりも信頼してくれているなんて、生きててよかった。万歳。


アステラはこっそり鼻をチーンとかんで、アステラの為に言い争ってくれているリリーナの姿を頼もしく見つめていた。



最終的に、リリーナとレーデルの言い合いは「もういい。いくぞ」と言ったゲオルグの一言でお終いになった。

アステラとリリーナはこれで一応許可は出たものとみなして、ラーメンが尽きるまで炊き出しに勤しんだ。




------




丁度孤児院の改修で下街に来ていたゲオルグとレーデルは、領民から綺麗な女性が二人広場で料理をしていると報告を受けた。

広場に来てみれば、そこではアステラとリリーナが炊き出しをしていて驚いた。

そして小一時間の問答の末にリリーナに押し負けるようにして帰路に着いた2人は今、馬に乗って城に向かっているところだ。



「あのレイユースの令嬢、本当に第一王子の差し金で動いてるんですかね?」


次の予定が詰まっている訳でもないので馬をゆっくり走らせていると、レーデルがふと呟いた。

ゲオルグはちらりと隣のレーデルを見る。


「や、ほら。あの令嬢、リリーナも仲良くしてるし、なんかいい奴そうじゃないですか。らーめん美味かったし、綺麗だし」

「顔か」

「実際美人じゃないすか」

「馬鹿だな。お前が俺の立場だったら、すでに彼女に嵌められて死んでいたところだろうな」

「……そんなウジ虫見るような目で見ないでくださいよ」


ハアと大きなため息をついたゲオルグの冷たい視線が刺さったのか、レーデルは少ししょんぼりとしたようだった。

だが追い打ちをかけるように、ゲオルグは続けた。


「彼女は第一王子の為に動いているとしか考えられない。それにレイユース侯爵家と言えば第一王子派筆頭だぞ。俺はあの家の刺客に何度か暗殺されかかってる」

「過激なのは侯爵とか次期侯爵でしょ。でも流石にそいつらだって雑に大事な令嬢を敵地に送り込んだりしませんって」

「いや、貴族というものは自らの地位を求めてなんでもする。令嬢はその為の駒のようなものだ。それに令嬢は演技も嘘も叩き込まれている。奴らは信用ならない」


馬に乗りながら器用にその背に寝転がったレーデルは空を見上げ、ゲオルグの意見を聞いていた。

どうやら反論は諦めたようだった。


「ま……そーか。殿下が簡単に殺されてくれないから、次は色仕掛けで来たって感じか」

「無駄なことだ」

「でもあんな綺麗な令嬢に好きって言われても、殿下はやっぱり何にも感じないんです?」

「感じる訳が無い」

「本当ですか?」

「本当に決まっている。何度も言わせるな」

「でも彼女、この前の反乱軍鎮圧の出兵の時も、殿下の無事を毎日健気に祈ってたらしいですよ。ここまでされたら『嘘じゃなくて本気で好きって言ってくれてるのかも』って心揺れたりしません?」

「そんなことになればすぐに付け込まれる」

「でも今日だって結局、殿下の役に立ちたいって純粋な気持ちで炊き出ししてたみたいですよ」

「そう見せるのが彼女の策略だ」


一貫して冷ややかなゲオルグを横目で見ながら、レーデルは「うーん」と唸った。


「殿下はほんと徹底してますねえ。だから冷酷って噂されるんですよ」

「……何か言ったか」

「いーえ、なんでもありませんよ」


レーデルは諦めたように馬の上で体を起こし、ゆるゆると首を振った。





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