炊き出し
からりと熱い夏の日差し。
絵の具で描いたような青い空に、歯を見せて笑ったように咲く向日葵。
その他にも色とりどりの花が歓迎するように咲き乱れている。
本日のアステラは休日のリリーナを誘って、城下町の芸術庭園に遊びに来ていた。
アステラのコーディネートはつば広帽子と日傘、白いシフォンのカジュアルドレスで決めて、リリーナと夏を満喫するスタイルだ。
そしてリリーナは慎ましいシンプルなカジュアルドレス。
日傘は持っていないといったので、アステラが貸してあげた。
どんなにシンプルなものを着ても可愛いなんてリリーナは反則だ。
そんな事を思いつつ、アステラは冷たくて甘いアイスクリームを片手に、優雅に花を見て回っていた。
「リリーナちゃん、今日も可愛いね。それからアイスクリーム美味しいね」
「はい、とっても美味しかったですね」
しかし案外食べるのが早いリリーナはもうアイスクリームを食べ終わっていて、純粋な笑顔で笑った。
リリーナは庭園に興味津々で、「こんな花は見たことありません」と楽しそうだ。
……はあ、今日も推しが可愛い。
銘家の令嬢としての激務をこなして最近少しお疲れ気味だったが、こうしてリリーナに会えるだけで元気を貰える。
アステラがうっとりとしていると、そういえば、と花を見たまま後ろ姿のリリーナが呟いた。
「アステラちゃん、先日同盟国で反乱軍の鎮圧がありましたよね」
「うん、あったね。リリーナちゃんが鎮圧の援軍に行ったやつでしょ」
「はい。その首謀者は捕まったので処刑される手筈でしたが、どうやら逃げ出したそうです」
「ありゃ」
「その首謀者は仲間からかなり慕われていたらしく、処刑寸前に決起した貧民たちによって救い出されたのだとか」
「……なるほど」
同盟国は相当な圧政を敷いているし差別が酷い国だ。
きっとその首謀者の男は、明日を生きられるかも分からない貧しい人たちの希望だったのだろう。
人から聞いたりしているだけだから正確な状況を知らないし、それらの人たちの顔も知らないが、少しだけ想像できる。
「それにしても、反乱軍か……」
アステラは呟き、天を仰いだ。
ゲームでは、反乱軍の首謀者が処刑を免れて逃走したなんて描写は無かった筈。
……大丈夫かな。
まあぶっちゃけ、同盟国の反逆者が逃走したところでリリーナの無事が保証されているのであれば、アステラは何でも良い。
しかし、楽観視も出来ないのがこの世界だ。
この世界が舞台のゲームは、どろどろの時代に争いばかりの世界観で進む乙女ゲームだったから、反乱だの暗殺だの買収だの裏切りだのが散々出てきた。
そしてそれらにゲオルグの非道さが合わさって、リリーナがしつこいくらいに毎回不幸になる。
……それは絶対絶対、わたしが阻止する。
でも今は、ゲームで言うとどのルートのどのあたりなんだろう。
ゲオルグのリリーナに対する好感度パラメーターがゲームの進捗具合の一つの指針なのだが、今の2人は主人と臣下の関係の域を出ていないと思われるので、あまり参考にならない。
しかもバッドエンドがこれでもかというくらい沢山あって、一つずつ思い出すのも大変なくらいだ。
「あ」
「どうしたのですか、アステラちゃん」
『思い出すのも大変なくらい』というのは本当だけど、一つだけ簡単に思い出せたことがある。
それは広がる向日葵畑と、背の低い家々の街並みの一枚絵。
こんな風に晴れた夏の日の空で、遠くの方にゲオルグの大きな城と城の周りに栄える街が見える。
一見平和で素敵な夏の一場面に見えるが、このエンディングも勿論ハッピーエンドでは無かった。
アステラはリリーナに向き直り、ガシッとその肩を掴んだ。
「リリーナちゃん!来週のリリーナちゃんのお休みの日、炊き出しのボランティアにいこう!」
「え?ぼ、ボランティア…………なるほど、ゲオルグ様を想うアステラちゃんの愛ですね。アステラちゃんが行くなら私もお供します!」
うん。
別にゲオルグの為ではなくリリーナの為なのだが、反乱軍繋がりで思い出した。
冷酷なゲオルグの領地統治の所為でご飯が食べられず、妹を失くしてしまった男の子に逆恨みでリリーナが刺されて、死んでしまうエンディングがあったことを。
とんだとばっちりバッドエンドだが、元凶は全てあの鬼畜王王子だ。
「ぼくの妹はしんだ。ゲオルグさまがわるいんだ!だからぼくもゲオルグさまのだいじなひとをころしてやる!」
ゲオルグが領地の貧しい人々を無視して王位継承権ばかりに気を取られているから、苦しみに我慢が出来なくなった男の子があんなバッドエンドを引き起こしてしまったのだ。
今のゲオルグの統治がどのようなものなのか把握はしきれていないけど、王国の各所には確実に下街と呼ばれる貧しい地域がある。
リリーナがバッドエンドへ進む可能性が少しでもあるなら、全力で潰すのがアステラの使命だ。
……だから今回は貧しい人たちが飢えて凶行に及ぶ前に、炊き出しでそれを阻止しようってわけ!
こうしてアステラが安直に出したアイディアだったが、リリーナは嬉しそうだった。
「アステラちゃん、何を作りますか?私は田舎料理でしたら多少の心得があります」
「リリーナちゃんの田舎料理美味しそう!作ってくれたら、おなかがはちきれても食べられるよ!……でも、今回はわたしにレシピのアイディアがあるんだ」
「そうでしたか。アステラちゃんのレシピ、とてもとても楽しみです!当日はアステラちゃんの手足として働きますので、何なりと指示してくださいね」
そして当日。
アステラはゲオルグが治める彼の領地に赴き、下街でリリーナと合流した。
そして雇った数台の馬車に詰め込んできた荷物を街の広場におろし、そこで炊き出しの準備を始めた。
「鍋は流石に重いねえ。御者さんに手伝ってもらおう。おーい御者さーん……」
「アステラちゃん。大丈夫ですよ、私が持ちます。あそこに置けばいいですか?」
「あ、うん」
重い鉄鍋をひょいっと持ち上げた細身のリリーナを見ながら、アステラは一瞬目を瞬いたが、「あ、そうか。リリーナちゃんが可愛いから鍋が軽くなったんだね」という不明な納得をして、その他のこまごました調理器具を運ぶことにした。
しばらく作業をして、アステラとリリーナは下街の広場に炊き出しの準備を完成させた。
得体の知れない令嬢2人と大きな馬車を遠巻きに見ていた貧民は多くいたが、誰も何も言うことは無く、面白いくらいに出だし好調だ。
「これで調理器具と水の準備はできました。あとは食材と火ですね」
「うん、そうだね」
アステラは馬車の一つから、箱に入った無数の赤い玉をよいしょっと引っ張り出した。
「アステラちゃん、手伝います!……でもこれは何ですか?」
「これが火だよ」
「火?!ですか?」
「そうだよ」
アステラは鍋の下に敷いた炉の中に、箱の中の赤い玉をザラザラと流し入れた。
8つある炉すべてに玉を入れ終わって立ち上がったアステラは、不思議そうな顔をしているリリーナに振り返った。
「リリーナちゃん。これ、錬金術」
「もしかして、アステラちゃんが14歳の時に青年学術大会で賞をもらっていた?!」
「え、良く知ってるね。その通りだよ。火を玉に濃縮してるんだ。油を注ぐと熱くなるよ」
これは大量の火を濃縮しているので、少量の油で火力が出る。
大なべ一杯の水でも数分で沸くから普通の火を使うよりも時短になるし、煤も灰も出ない。
しかも燃え広がらないので結構安全なのである。
濃縮の錬金術が大得意のアステラの十八番の一つだ。
「やっぱりアステラちゃんはすごいですね……!」
「ふふ」
リリーナが驚いて笑ってくれると、アステラも嬉しい。
でも錬金術だけでなく、純粋で可愛いリリーナを驚かせるとっておきのものをもう一つ用意している。
アステラは早くもグツグツ沸騰し始めた鍋に骨付き肉や香草を入れながら、目を輝かせているリリーナに微笑みかけた。
「それでね、今日作ろうと思ってるのはラーメンっていう食べ物なんだ」
「え?」
「うん、ラーメン」
「らー、めん、ですか?」




