湖の大樹
『ハァイ、オータ。元気かしら? たまには遺跡から出た方が、健康にいいわよ』
オータはアリスの亜空間にいるのにも関わらず、イヴはその気配を感じ取っていた。同じ精霊の仲間だから出来たことだ。
それにレベル199というのも、伊達ではないということだ。
オータよりもイヴのほうが能力的に勝っている、というのも理由の一つだが。
『今。まさに。出てます!』
『引っぱり出されたの間違いでしょう? ――さて、この子が問題の子ね?』
イヴはアリスをじっと見つめた。その余裕そうな瞳は、異質であるアリスだけを見ている。
一瞬だけ、イヴの顔がピシリと固まった。それを皮切りに、彼女の顔色はみるみるうちに変わっていく。余裕に微笑んだ表情は、どんどん青くなっていった。
これは、イヴがアリスについて〝視た〟からだ。こんな場所にズケズケとやって来て、オータをも懐柔し、自然を踏み荒らすような真似事をしている。ずっと謎の島として守り抜いてきた自宅が荒らされようとしているのだ。
だから、そんな不届き者のステータスを見てやろうと思ったのだ。自分には敵わないはずの弱者を。
しかし相手は愚かで弱い人間や魔族ではない、固定概念から外れた異常者たるアリスだ。
『は……? じょ、冗談でしょう!? 君、ここにいていい存在じゃないわよ!』
「それはどうも〜」
『神への冒涜よ! レベル200ですって……!?』
「はあ」
そこまで読めたんだなぁ、とアリスは感心する。
この世界で存在可能なレベルを超えているアリスは、ある程度のステータス閲覧を阻止できる。ある種のバフともいえるそれは、彼女を強者たらしめる理由のひとつだ。
一部、精霊や高度な魔術やスキルを得ているもの達には見えるようだが、見えたところでアリスには勝てっこないのだ。
『フルスは何を考えているの!? この世界のバランスが――』
「ありゃ、フルスさんを知ってるの?」
『え?』
「え?」
二人とも、目が点になった。
アリスもこの地に住んでいる存在から、フルスの名前を聞くとは思わなかったため驚いている。アリス自身の部下にすら名前を教えた覚えがなく、自分しか知らない存在だと思っていた。
アリスはイヴに、今までの経緯をざっくりと説明する。この会話を聞いているのは精霊たちのみだ。だから麻子だった時代があったことも、簡単に話した。
間違って別世界で死んだことと、神によってこの世界の悪役を頼まれたこと、などなど。
様々なことがあったため、簡単な説明ではイヴがなかなか理解を示さなかったが、それでも一通り話し終えた。
『じゃあ君は、フルスに喚ばれてここにいるのね……?』
「ええ、まあ」
『はあ、ならいいわ。あの神が考えたことですもの。だったら敵対する必要も無いわね。私は君に従うわ』
「あら、すんなりだね」
『ただまあ、大精霊――エレメアの説得は、めんどくさいわよ?』
あの子。大精霊、エレメア。今までも何度か名前が上がってきた存在だ。
四精霊を統べる存在であり、風の精霊ウィアーズも、土の精霊エアラも彼女にしか従わないと言っている。その力は強大らしい。
今までアリスに惨敗してきた精霊たちだが、イヴにまでこう言われてしまうと、アリスもそろそろ気になり始めた。
イヴは今までの精霊と違って、話が早い。フルスの話題も出してきたこともあり、アリスの中での信頼度は上がっていた。
『ま、とりあえず森をぬけましょ。どうせ追手はここで足止めですもの』
「あぁ、大丈夫。後ろの奴らはほとんど死んでるから」
『え?』
「邪魔だったからね、殺すよう部下に命じた」
『もう滅茶苦茶ね……』
イヴは嘆息した。アリスには常識や倫理が通用しないのだと痛感していたのだった。
炎に包まれた森を抜けると、そこには先程とは打って変わって――湖が現れた。
あの程度の炎ではたいして苦しさも感じないといえど、暑いものは暑い。そんななか清涼感のある湖が現れれば、アリスもその涼しさに少しだけ気分を良くする。
自然の涼しさを目の当たりにして、少しだけ口角を上げた。
湖の真ん中には、巨大な木が一本生えている。樹齢数百年ではきかないほどの大木は、まるでこの島の主とも言えるほどだ。
太い木の幹から、これまた太い枝がわかれ、そこに括り付けてあるのはハンギングチェアだ。ゆらゆらと揺れるゆりかごのようなハンギングチェアに、誰かがいるのが見えた。
いかんせん、湖なだけあって距離がある。普通の人間であれば、そこに何がいるのかは見えないだろう。
アリスの身体能力は尋常ではないため、そこで眠るなにかが的確に見えていた。
どうみてもハンギングチェアにいるのは、小さな子供だ。
『あれが大精霊、エレメアよ』
「え? 子供じゃん」
『あれでも年齢は、この世界と同じくらいはあるわよ』
「へー」
アリスはイヴの説明を聞きながら、亜空間に収納していた者たちを出した。最終目的地に辿り着いたからか、ずっと引きこもっていたオータも一緒に現れる。
ハインツやダニー達は歩いていたのにも関わらず、オータは最初の遺跡で収納してからずっと出てくることはなかった。
引きこもりだからこそ、だろう。
「森の炎は消せるの?」
『出来るけど、あまりやりたくないわ。燃やしておくほうが楽なのよ……』
「あらそう。上は大丈夫?」
『上空? まあ少しは熱いけど、燃えてはいないわ。でも飛べる人なんているの? 浮遊魔術?』
「大丈夫、大丈夫」
アリスはくるりと後ろを向くと、待機していたハインツを見やる。
ハインツは命令が下ることを察していたのか、普段から姿勢の良い背筋を更に伸ばす。
「ハインツ、ベルたちの様子を見てきて。仕事が完了しているようなら回収」
「ハッッ!!! この人間どもの護衛はどうされますかッッ!?」
「オータ」
アリスが名前を言うと、オータが首肯する。人を守るくらいの力はある。
レベル199という数字は、無駄なものではないのだ。
それにこの領域まで、脅威がやってくるのは滅多にない。ルーシーとベルが後方の邪魔者を排除しているし、炎の死の森も存在する。
基本的にはオータはいつも通り、何もしないでいるだけ。引きこもりでもそれくらいは出来るはずなのだ。
『はいはーい、見てますよう』
「よろしく」
「では行ってまいりますッッッッ!!!」
ハインツの体がミシミシと音を立てて、再びドラゴンへと変化する。
バサバサと両翼を羽ばたかせて空へ飛び立ったものの、先程のような暴風は吹き荒れなかった。ルーシーからのバフ効果が解けていたからだろう。
炎の森の効果に触れないように、ハインツは上空を飛んで飛び去っていった。
イヴはその様子を見ながら、驚いていた。雰囲気から人ではない何かだとは感じ取っていたが、まさかドラゴンとは。イヴですら見抜けなかった正体に目を丸くしていた。
『……驚いた。すごいわね、ドラゴンだったなんて。竜人ってやつかしら?』
「そうだよ。ありがとう、可愛い部下なんだ」
『ふふ、そう』
アリスが心底嬉しそうに言うと、イヴはアリスから滲み出る愛情を感じ取った。アリスの言う〝可愛い〟が本当なのだと実感する。
強大な力を持っている魔王であれども、部下に対する愛はあるのだと知って微笑ましくなったのだ。
『待ってて、先に私が起こしてくるわ。あの子は数百年、精霊以外のものと会話してないの』
「お願い」
そう言うとイヴは、ふわりと浮いた。湖の上を飛び、大樹の下で眠る大精霊とやらのもとまで飛んでいった。




