砂嵐
アリスは、いつもの姿から旅用の人間的な見た目へと変えていた。
滅多にその姿を見ない三人は、まじまじとその姿を脳裏に焼き付けている。
「珍しいものでもないでしょ」
「新鮮っすよ」
「ご主人様、お綺麗です♡」
「あっそ」
「アリス様。見た目はカバー出来たとして……移動方法は? 茜様は兎も角、私とフィリベルトはアリス様の移動に耐え切れるかどうか……」
「大丈夫。イザークから現地情報を抜いてあるから、〈転移門〉は開けるよ」
そう言ってアリスは〈転移門〉を生成した。
扉の奥にはジョルネイダの砂丘が見えている。
イザークからは幾つかのポイントを抜き取ってあったが、町中に突如として人が現れたら、それはそれは話題になる。
いい意味であっても、悪い意味であっても、注目をあびるのは面倒を引き起こす。
だからこそ転移に選ぶのは、砂漠だ。
「街中じゃ怪しまれるからね。幸いにもあっちには砂漠が沢山ある。さ、行こうか」
アリスが先陣を切って、門の中へと飛び込んだ。
砂漠はカンカン照りで、そこに来た瞬間から汗がにじむ。――人間であれば。
アリスは温度差なんて問題ないうえに、茜もフィリベルトたちも魔人となっているため、多少の温度変化にはついていける。
つまるところ、この程度の暑さであれば支障はないのだ。
とは言え問題なのは、人目を避けたことで集落が遠くにあるということ。
「特に目印もなく、行くのは迷うかもしれないって言われたんだよね」
「な……」
アリスが言うと、ヨナーシュが明らかに衝撃を受けている。
環境についていけるといっても、あてもなく歩きづらい砂漠をウロウロするのは嫌なのだろう。
フィリベルトならばまだしも、ヨナーシュは比較的インドアだ。知識人として呼ばれたこともあって、あまり体力に自信があるとはいえない。
人間に比べればマシかもしれないが、それでも今回のパーティーでは最も劣る存在なのは、確かである。
「あぁ、心配しないで。歩きながら探知するから方向はあってるよ」
「それは良かったです……」
アリスの案内のもと、砂漠を歩き続けて一時間ほど。
蜃気楼のなか、ぼんやりと集落らしきものが目に映る。
アリスの探知を疑っていたわけではないが、実際に目に見える範囲に街が見えたことで、ヨナーシュはほっとした。
「あれが最寄りの街だ。砂漠前の、国の最果てとも言える」
「流石に勇者の情報はなさそうですが……」
「まあ行ってみよう」
サクサクと砂の上を歩き続け、四人は無事に集落へとたどり着いた。
砂に適応した家の作りは、地味ではあるもののしっかりとしていた。
特殊な加工で、ジョルネイダ特有の技術なのだと分かる。
河川を渡って砂嵐の影響を受けているウレタも、この技術があれば、普段から降り注ぐ砂を気にせずに済んだのかもしれない。
今となっては無意味なことだが。
しばらく街を散策して、ふと気づいた。
あまりにも閑散としているのだ。人っ子一人いない街は、異様とも言える。
「? なんだ――」
「アンタら! なにしてんだい、早く入りな!」
「え?」
「いいから!」
突然声をかけられ、腕をぐいっと引っ張られる。
あれよあれよと、アリスはどこか知らない家の中へと押し込められた。
アリスは驚いていたが、視界の端に入った茜が殺意に満ちていたのが見えた。あの殺意をアリスは知っている。
エンプティがアリスを過保護のように心配するときの、そんな目だった。
アリスの手をいきなりつかんだ、この一般市民に対して殺意を放っている。
「バカかい!? こんな時間に出歩くなんて!」
「は? 何様な――」
「――どういうことですか?」
アリスはニコニコと笑いながら、その市民へと疑問を投げる。
片手でそっと茜を制止して、「勝手をするな」と圧をかけた。茜はそれに気づいて、怒られた犬のようにシュンとしている。
「もうそろそろ、砂嵐が来るんだよ」
「それは大変ですね」
「大変なんてもんじゃないよ! あれに巻き込まれちまったら、死体すら残らない。命拾いしたね」
「へー」
先程気になっていた建物。それらはそんな――暴風と形容するだけでは足りない、恐ろしい砂嵐すら耐えられるようになっている。
先人の知恵であり、ジョルネイダが培ってきた魔術の力の結晶だった。
それに、その砂嵐は毎年観光客などの命を奪っている。
警告を出していても、それを無視して命を落とすケースが多発しているのだ。
たかが砂嵐――その程度の考えで、人生を終わらせてしまう旅人が後を絶たないという。
そしてそれだけ強い砂嵐だからこそ、だだっ広い河川を渡ってウレタなどに砂が飛来するのだ。
「にしても、こんな辺鄙な街に何用だい?」
「ジョルネイダを隅から隅まで観光したくて」
「変な子だねぇ。ま、今回のは二時間くらいで終わるから、うちでゆっくりしてきな」
「でも申し訳ないです」
「いいんだよ。こっちに来てみな」
女性はアリスたちを別室へと案内する。
そこにあったのは、食堂だった。食堂といっても、さほど大きなものじゃない。
個人が経営している街の隠れ家のような、知る人ぞ知る穴場のようなものだ。地元民には好かれていそうな雰囲気が漂っている。
アリスが入ってきた入口は正面玄関ではなく、食堂の裏口であった。
「アンタらが入ってきたのはうちの裏口さ。仕込み中で何も出せないけど、座る場所くらいはある」
「ありがとうございます」
そう言うと、女性は再び裏へと戻っていった。
砂嵐が終われば、店を開いて仕事となる。人命を救ったといえども、その後の世話をしてやれるわけでもないのだ。
アリスは厚意に甘えようと、適当な場所に腰を下ろす。長いこと愛されている店なのか、使い込まれた椅子だった。
ヨナーシュとフィリベルトは座ろうともせず、立ったまま待機している。
そんなとき、茜がスススとアリスのそばへ寄ってきた。表情は不安そうで、もごもごとなにか言いたげである。
アリスはアリスで、「さっき止めたのに文句があるのかな?」などと、呑気に考えていた。
「あのぉ、ご主人さま。本当に隅から隅まで……?」
「そんなわけないでしょ。勇者の情報を集めるために飛び回るかもしれないけど」
「とりあえずこの街で聞き込みでしょうか」
「そうだね。砂嵐が晴れたら」
窓からチラリと外を見る。
外は風がごうごうと音を鳴らし始めた。飛び交う砂も伴って、音は激しさを増している。
これがまだ序盤なのであれば、一番激しい時間帯は相当なものだろう。
女性が言う通り二時間も砂嵐が続くとしたら、この食堂に二時間拘束されることになる。それは随分とした時間のロスだ。
アリスはふと思いついた。
椅子から立ち上がると、体を動かして準備運動のようなことをする。コキコキと節々の骨を鳴らして、体の調子を整えている。
「アリス様?」
「〈スライム生成〉」
アリスがスキルを唱えると、その場にアリスの姿をしたスライムが生成される。誰がどう見ても瓜二つだ。
スキルはレベルの上限が設けられているため、戦闘においては苦労をするだろう。
だが今アリスが使いたい方法は、戦闘ではなく――影武者だ。
「ちょっと遊んでくる」
「え!? わ、私も行きます!」
「いらなーい」
「そんなぁ」
アリスはスライムと、茜たちを食堂に残す。
そしてアリス自身は、瞬間移動で消えてしまった。




