魔王と霊園について
アリス達も、ユージーンからの報告を待っている間は、ギルドで依頼を受けることにした。
ランク査定はまだ来ていないため、彼らは最低ランクだ。
故に与えられる依頼は限られている。今回スタッフから渡された依頼は、個人からの簡単な薬草採集の依頼だ。
冒険者にとって簡単とはいえ、一般市民からしたらそうではない。森には危険がたくさんあるのだ。戦う備えや知識、技術がない人間が不用意に近づけばどうなるかなんて見えている。
だからこそ、そんな仕事は低ランク冒険者に回ってくる。
ギルドの人間に言われた通りの場所へ向かい、アリスは魔術で探し当てて必要分回収する。
あとは適当に初心者が掛かっていそうな時間だけ、暇を潰す。
夕暮れ頃にギルドに戻って、提出をすれば完了だ。
簡単な依頼ということもあって、渡されるのは〝はした金〟。金が欲しくてやっているわけではないため、支障はない。
もちろん、今後この世界に留まるのであれば金銭は必要なのは変わりない。
「――ありがとうございます。これで十分です。報酬をまとめますね」
「あのー」
「はい?」
「魔王や霊園に詳しい人はいますか?」
話題を出すと、受付スタッフはジトリとアリスを睨む。
敗北したことは屈辱であり、なおかつまだその恐怖に怯えねばならない。だからその話題に触れないように、暗黙のルールがあった。
ピリついた空気感に、アリスも何となく理解する。普段は無神経に物を言える立場であるがゆえに、こうして明白な怒りをぶつけられるのは慣れていない。
冒険者の立場もあるため、受付スタッフとの関係は壊したくない。どうにか取り繕うため、言葉を探した。
「あ、えーと……田舎から来たものですから、注意するべき場所や物事を把握しておきたいのです。熟練の冒険者のお話とかが聞ければいいかなー、と……」
「あっ、すみません。そういうことですか。帰還者も何名かおりますが、先日救出されたネルソン様とヘア様もその一人ですよ」
(そういえばそうだったな……)
「ですが折角ですので、上ランクの冒険者様にも掛け合ってみますね。お時間はいただきますが……」
「問題ありません、お願いします」
頼んではみたものの、返答が遅くなりそうなのはスタッフの雰囲気から察した。
魔王が現存しているこの世界では、冒険者という存在は重宝されている。ランクの高い魔獣の多いのならば、より駆り出されているだろう。
ギルドには期待せず、手元の二人に話を聞く方向で動くことにした。
「二人を待とうか」
「ええ」
ネルとロッティを待って数時間。夜になって暫くした頃に二人は現れた。
ユージーンは予定を取り付けるのに奔走しているのか、彼女達とは一緒ではないようだ。
ロッティはアリスを発見すると、頭を下げる。笑顔を作っているようだが、どうにも表情筋は引きつっている。
「今いい?」
「もちろんです」
「えっと、秘密の話……です? だったら、ギルドの会議室、借りる」
「いや、それは必要ないかな。外に出よう」
「分かった、です」
ロッティとネルは、アリスに連れられて薄暗い路地へとやってきていた。人通りのない、人気もない場所だ。
普段ならば気にならない静けさも、目の前にいる魔王により不気味さが増す。敵意を見せない限りは安全のはずだが、それでも気が変わってしまうのではと恐ろしい。
アリスはそんな胃を痛めていそうな二人にも構わず、〈亜空間完全掌握〉を発動した。
「入って」
「な、な、なにこれ……!?」
「……」
「さあさあ」
アリスに急かされて、二人は亜空間へと足を踏み入れる。恐怖に飲まれそうになりながらも入ったその場所は、彼女達が想像していた空間とは違っていた。
陽光が優しく差し込む客間。一介の冒険者たる二人から見ても、豪華絢爛だと分かる家具。程よく漂う上品な香り。
仕事で何度か貴族の屋敷へと訪れたことがあるが、ちょうどそれと似たような雰囲気だ。
そして目の前には、複数名のメイドが待機している。メイド達は一礼すると、〝来客〟たるロッティ達へと近づく。
「皆様方、よくいらっしゃいました。お荷物がございましたら、お預かり致します」
「ひぇっ……。は、は、はいっ」
「どうぞ、おかけください。ただいまお食事をお持ちします」
「しょくじ!?」
「あ、ごめん。夕食時でしょ? お腹すいてない?」
「い、いえっ、いただきます! ねぇっ、ネル!?」
「えっ、うん」
ロッティは長い間、魔術師として生活してきた。冒険者になってそれを生業にしてきたつもりだった。
時間を見つけては研究もしてきていた。
だがそれらが、全く意味のないことだと実感した。
目の前にいる圧倒的なアリス・ヴェル・トレラントという存在は、ロッティの今までの人生を全て否定するかのよう。
だがそれでロッティは絶望するどころか、混乱した。〝ただの魔術師〟であるロッティにとって、アリスという高みはあまりにも高い場所にありすぎた。
心が折れてしまう以前に、頭が追いつかずパンク寸前なのだ。
「さて。食事はまだ来てないけど、本題に入ろうか。地底霊園について聞きたいんだ」
「……」
ロッティは今まであれだけ動揺していたものの、アリスからの言葉を受けると途端に冷静になった。
地底霊園で起こった魔王戦争は、ロッティとネルにとって生きるか死ぬかの分岐点。ネルのスキルがたまたま成功したおかげで、彼女達は生き延びている。だが恐怖はまだ強い。
目の前にいる魔王はそれ以上に強力であるが、従っていれば話の通じるという点ではまだ安心できる。
もっとも、アリスにも残虐な面はあるのだが、ロッティは知らないことだ。
「ロッティ、わたし、喋るの下手」
「うん。私が話す」
ネルが会話を得意としないのは、この短い時間でアリスもよく分かっている。勉学も十分に受けられなかった彼女は、時々敬語すら崩れている。
決して馬鹿にしていたり、わざとやっている訳では無いとアリスも分かっているため、深く言うことは無かった。
そしてその学のなさは、説明の苦手さにも直結している。
それを補っているのが、友人でありパーティーメンバーであり、仲間であるロッティだ。
「ネルのスキルはもうご存知ですよね」
「ごく稀にステータスを閲覧出来るっていう」
「はい。もう一つ条件があって。死に至る確率が高いと、割合も少しだけ上がるんです。私とネルは魔王戦争に参加して、そのスキルのおかげで逃げられました」
「逃げられたって、地底に行くには魔王の展開した門が必要なんでしょ?」
「あいつ、余裕があるのか知りませんが――戦争中はずっと門が開いていました。いつでも人間軍が増援を呼び込めるように」
ギリ、とロッティの唇を噛み締める音が聞こえるようだった。アリスが見た事のない、ロッティの表情だ。
様々な感情が、ジレンマが彼女の中で渦巻いている。
「……人類は、馬鹿にされてたんですよ。魔王は絶対勝てるからって。悔しくて。でも人間は負けて、白国も黒国も沢山の死者を出しました。あの戦闘狂しかいない黒国ですら、敗北を認めて撤退しました」
「ふぅん……」
「で、どうやったら行ける? 抜け道とかないの?」
「わ、分かりません。霊園へ貢物を贈っている人なら分かるかもしれません……」
「まーたお偉いさんかあ……」
ある種、その世界の最高権力者に会うための旅だ。
一筋縄ではいかないと分かっていたものの、こう何度も偉い人間との謁見を必要とされては、アリスとて疲れてしまうもの。
それこそ最初の頃に話していた、住居へ侵入する案もいいかもしれないなぁ、と考えてしまうほどには。
(不法侵入は最終手段、最終手段……)
「失礼致します。お食事をお持ち致しました」
「わーい、あたしのは?」
「御座いますよ」
「やったぁ、アリス様もありがとうございま~す!」
「いーえ」
メイドが客間に戻り、それぞれの場所へ食事を配膳していく。ベルだけ〝特別に用意された食事〟が配られる。
ロッティはすぐに手を付けなかったが、ネルは相当お腹が空いていたのだろう。眼前に料理がやってくると、すぐに手を付けた。
出自が裕福ではないネルにとって作法などないようなもので、ポロポロとこぼしながらがっつくように食べている。そしてロッティはそれをヒヤヒヤしながら眺めていた。
アリスも特段、マナーに詳しいわけでもない。厳しいわけでもないため、ネルについて言及する理由もない。
どちらかといえば一度、マナーが必須の食事で〝嫌な思い〟をしたことがあるため、口を出すことはめったに無いのである。
「ロッティ、これ、おいしい」
「え!? あ、おほほほ、そうねー! ……はあ……マイペースすぎるわよ……」
「どんどん食べてね~」
「あ、ありがとうございます……」
ロッティは胃を痛めながら、ネルは無邪気に食事を堪能したのであった。




