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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
スピンオフ 剣と精霊の章
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探しもの1

 リーベはブライアンを呼び出していた。国の政治に関わっている中心人物であり、アリスを崇拝する貴族のひとりだ。

 当然だがそんな立場の人間は、決して暇ではなく、分単位でスケジュールが刻まれていることもしばしば。

 そんなブライアンであるものの、リーベからの呼び出しには、たったの一時間で応じた。


「リーベ様、お、お待たせしました……」

「早かったね」

「はぁ、たまたま近くに……、ふぅ、おりまして……」


 その割には汗だくで、顔中ビッショリと濡れている。

 一緒に来たであろう秘書や側近は、あからさまに肩で息をしているし、「ヒューヒュー」と苦しそうな呼吸すら届く。

 リーベはその様子を気にかけることなどなく、自分の用事を済ませることにした。

 記録魔術に映し出された人物を指さし、話を切り出した。


「この人、見てくれる?」

「これは……? 似顔絵……にしては荒いですね」

「母上が作った記録魔術」

「記録魔術、ですか?」

「一定の範囲内で起きている内容を、動く絵として保存出来るんだ」

「な、なんと素晴らしい……!」


 ブライアンはアリスの作った魔術に対して、素直に感嘆の言葉を述べた。

 現在では様々な魔術が世界に存在するが、それらは長い年月をかけて開発されたものや、古くから伝わるものの場合が多い。

 魔術を作ることは容易ではなく、発動条件や術式、必要な魔力量や魔力耐性などを考慮して、研究に研究を重ねてやっと発表される。

 もちろん、そんな面倒な研究を重ねずとも、簡単に作ることだってできる。ただしそれには、危険が伴う。術式がひとつでも誤っていれば、爆発を起こしたり、それ以上の悪夢を引き起こす可能性があるのだ。


 だからこそブライアンは驚いたのだ。なんの犠牲もなく、ここまで完成された物を生み出したことに。

 最も、アリスの場合は爆発しようと腕がちぎれようと、死に至らない為危険を冒せるという理由もあるのだが――それは彼女の名誉のために、ブライアンには伏せておこう。


「というか、まだ聞かされてなかったんだ。パルドウィン内の母上の店で使ってるから、知っているものかと」

「アリス魔王陛下のやることでしたら、何をしようと口を挟まないと言いましたので」

「へー、いい心がけだね」

「あ、ありがとうございます……! おい、聞いたか。坊っちゃまが私をお褒めになったぞ!」

「ええ、聞きました! ブライアン様!」

「…………はあ」


 アリスの創作魔術はさておき、ブライアンは魔王派閥というより、狂信者である。

 死者をも蘇らせられるアリスと、息子を返してくれた事実。絶対に勝てないという現実で絶望したことも合間って、ブライアンの信仰心は歪んでしまった。

 アリスを筆頭に、彼女の部下には心を捧げている。もちろん、アリスの子供のリーベにも。

 普段のリーベは基本的に冷たい対応なので、たまに褒めるとこうなってしまう。さながら、干ばつの地に降り注ぐ恵みの雨だ。

 ブライアンがその度に大袈裟に反応するため、リーベは都度頭が痛くなるほど嫌気がさす。恥ずかしい、と言ってしまっても同義だろう。


「で、話を戻すけど。これは誰?」

「はっ。少々分かりづらいですが、おそらく反勇者団体の幹部かと」

「はあ? 反勇者〜?」

「はい。最近は大人しいのですが、オリヴァー達が存命の頃は口うるさく、演説などもしておりまして……。兵士が止めに入ったこともあります」


 反勇者団体に加盟している人間の理由は様々だが、彼らの共通項として〝勇者への憎悪〟が確かにある。

 戦争で家族を失ったのにも関わらず、魔王を見逃してやったこと。元から勇者という存在には反対していた者。

 当然だが、ただ単純に〝オリヴァー・ラストルグエフが気に入らない〟というだけで加盟している人間もいる。

 団体に入っていれば、理由をかこつけて暴れられるというのもある。


「反勇者なら、魔王派ってことか」

「いえ、そうではないのです。主に、勇者の存在が危険だと訴えています。かといって魔王を支援するわけではありません。我儘な団体なのは確かです」

「じゃあ潰してもいいわけだよね?」

「まあ、そうな――えっ、潰されるのですか?」

「うん。邪魔でしょ。僕の平和な学校生活をぶち壊すつもりなら、とっとと排除した方がいい」

「……」


 まるで散歩に行くかのような雰囲気で、リーベは言う。

 ブライアンとしては、長い間手を焼いてきた組織であるため、苦笑いしか漏れない。「やはり、親が親なら子も子なのだろうか」と心のなかで小さく思う。


「大丈夫。負けないから」

「そういう心配では……。コホン、まあいいでしょう。何かありましたら、後始末は全て私が引き受けます」

「そう、助かるよ」

「――すまない、そこの君。地図はあるか」

「わっ、はっ、はい!」


 突然声をかけられたロージーは驚きつつも、わたわたと事務所内を動き回った。街の地図を持ってくると、ブライアンに渡す。

 ブライアンは受け取った地図をテーブルに広げると、ポケットからペンを取り出して各所に印をつけていく。


「とりあえず国が見つけている――ここから最寄りの拠点にマークをします。他にも近くに怪しい点は幾つかありますので、そちらも」

「ありがとう」

「いいえ。どの拠点も国のメリットにはならないのは確かです。潰して頂いて構いません。それと、魔王陛下によろしくお伝えください」

「言っておくよ」


 拠点の情報を手に入れたリーベは、カフェをあとにした。ブライアンは急いで城へと帰り、ロージーもカフェの仕事に戻っていった。

 リーベはもらった地図を確認しながら、早速拠点へと向かっている。


「でも良かったよ」

『何がじゃ? 命を狙われておるのに、呑気じゃのう』

「母上が理由じゃなくて。僕のせいで迷惑は掛けられないでしょ?」

『そういうもんかのぉ?』

「グータラ老人には理解できないか」

『なぁんじゃとぉ〜!?』

「あっ! あの裏じゃない?」

『聞けーい!』


 リーベが地図と道と交互に見て、路地を指差す。小さな道から入っていく先には、スラム街が広がっている。

 その入り口が目の前にあった。ブライアンが記した場所は、スラム街の中に存在する。

 治安も悪く、一般人であれば入らない場所だ。特にリーベのような貴族だと分かるような少年は、もっと近付かないだろう。


『隠れるにはもってこいじゃのう』

「いち、にー……あの家だ」

『うむ』


 路地裏に入り、地図を確認しながら目的の建物を探せば、すぐに辿り着けた。

 ボロボロの建物に、躊躇うことなく正面から入る。ノックなどもせずドアを開けて中に入れば、武器を持った巨大な男が立っていた。様子からして、守衛か何かなのだろう。

 男はジロリとリーベを睨みつけると、小さく鼻で笑った。リーベを迷子と勘違いしたのだろう。その目線は、完全にリーベを小馬鹿にしていた。


「おいおい。学院のオボッチャンが来るとこじゃないぜ」

「んん? あぁ、制服のまま出てきたんだっけ」

『学院の札を下げて歩いているようなものじゃな……。まあ子の服の性能は良いからのう、戦闘面では問題あるまい』

「確かにそうだね。あの時に恥をかいたぶん、働いて貰わないと」

「おい、聞いてんのかガキ。ここはお前が来る場所じゃねぇんだぞ」


 語気が強くなった男に対して、リーベは剣を抜くことで応じた。リーベが剣を抜けば、男も流石に警戒をする。

 子供であろうが攻撃を仕掛けてくるようならば、男としても〝仕事〟をせざるを得ない。


「うるさいなぁ。これから死ぬのに……」

「なっ、てめえ! 舐めてんのか!」

「こっちのセリフ」


 ヒュ、という風を切る音が聞こえたと思えば、男の目の前からリーベが消えた。行き先を捉えようとした時にはもう既に、リーベは男の背後に立っていた。

 ヒタリとした剣身の冷たい感触が、喉に当たる。そこでようやく、男はリーベの移動先を理解した。

 脳みそがリーベの移動を理解するよりも先に、死を覚悟した。武器を構える瞬間など与えられず、背後に存在する死神に怯えている。


「組織で僕の命を狙う割には、構成員の認知度が低くないか?」

「ヒ、ヒイィ……!」

「じゃあね」


 男の太い首が、心地の良い音によって刎ねられた。〝中身がない〟割には質量のある頭部が、ゴトリと床に落ちる。

 頭部を失った体はグラグラと動き、そのまま頭と一緒に床へと倒れた。

 リーベは男の腹を何度か蹴って、完全に死んだことを確認する。無事に死亡確認が取れると、建物の奥へと進むことにした。


「歩き回りたくないし、当たりだといいね」

『うむ。そうじゃな』

自分で書いといてあれですが……ブライアン、見る影もないですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブライアン褒められただけであれだからリーベも言葉選ばないと大変だなw 見てる側は面白いけど笑
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