課外授業2
当然だが、実力はあっても無鉄砲に突っ込む訳には行かない。
彼らは優秀であれども、それ以前にまだ勉強を始めたばかりの学生だ。獣の拠点を絞り込んで、作戦を立てて、安全を重視して動くのだ。
奥へと進む前に、地図を開いた。
慣れた冒険者であるアンディにとっては、今回の獣の場所は大体把握できている。トントン、と何箇所かを指で示して、説明を始めた。
「おそらく狼はこのあたりにいる」
「すごい、分かるんですね!」
「冒険者だからね」
「なるほど……。近隣の街に被害がないってことは、そんなに入口には近くないってことなんですね」
「そうそう。それじゃ、行ってみようか」
緊張感を忘れず、かつ和やかな会話。
向かう場所が決まった面々は、地図の場所へと行くことにした。
一方で、そんな会話を聞いてすらいないリーベ。彼は隣に浮遊している精霊と会話をしていた。
経験則で会話をする彼らとは違って、Sランク魔術を全て使える大精霊たるエレメアがいれば、この程度の森の索敵など朝飯前だ。
リーベはエレメアに森の索敵を頼んでいた。
(エレメア、どう?)
『目標となる獣は、ざっと七匹くらいじゃろうか。……ただ、一つ。おかしいのもあるぞ』
(おかしい?)
『大型の獣じゃ。レベルも100を超えるはず……』
(めんどくさいな……)
リーベは心の中で舌打ちをする。
レベル30程度で怯えているチームメイトがいるというのに、レベル100を超える魔獣を相手にできるのか? それは答えを聞かずとも、分かりきっている。
リーベであれば問題なく対処できるが、それは目立つこととなる。
それにただ倒すだけならば簡単だ。目立つことも諦めてしまって、力を出し切ればゆうに討伐出来るだろう。
ただ、無事に出来るのか。周りには邪魔な生徒がうじゃうじゃいる。貴族でプライドの高い連中や、無駄に力を誇示したい連中が、リーベの〝戦闘プラン〟を破壊しかねない。
下手をすれば、それによって更に酷い結果を招く。
森を暫く進めば、アンディが地面に痕跡を見つける。このあたりで活動をしている狼の足跡だった。
「見て。狼の足跡だ。ここで活動していたのは間違いないようだね」
「比較的、新しいものに見えますね」
「ミライア、なんでわかったんだ?」
「な、なんかそうじゃないかなぁって……」
「直感か。でも鋭いね。これは新しい足跡だ。土も被っていないし、消えかかってもいない」
「じゃあこの辺にいるってことですか!? こわっ!」
「ストロードの精鋭の君たちなら、きっと倒せるさ」
タイミングよく、草むらから唸り声が聞こえる。グルルと威嚇する、地を這うような低い声は、チームメイトの誰もが聞き逃さなかった。
幸運なことに、そこにいたのはちょうど三匹の魔物だった。チームの課題として出された数とぴったりである。
この三匹を討伐すれば、彼らも自由の身となれるのだ。
「早速お出ましだ」
「アンディさんは下がっててくれ! 俺達で華麗に倒してみせるぜ!」
「あぁ、見せてくれ。危なくなったら加勢するよ」
「ウォリナー! 森で火属性は危ないから使わないでよ!」
「りょーかいっ! オラァア! 〈飛沫の連矢〉!」
ウォリナーが属性に気をつけながら放ったのは、Cランク魔術の〈飛沫の連矢〉だ。冒険者としても十分に渡り合えるCランクは、学生にしては十分すぎるほどに強力だ。
制御も誤ることはなく、動いている狼に対して的確に射撃を成功させた。複数の矢が飛ぶ魔術とは言え、実戦経験の浅い子供が放つ魔術が当たるのは珍しい。
成績上位者であることは、確かであった。
「キャイン!」
「っしゃあ!」
「わ、私も……〈光矢〉!」
ウォリナーに続いて攻撃を繰り出したのは、ミライアだった。怯えながらも〈光矢〉を発動する。
倒す――殺すことに多少の抵抗があるのか、矢は制御しきれずに、木々に当たる。上手く撃ち込めば殺し切れたが、矢は狼をそれた。
狼も避けきれるような速度だったため、何度か攻撃をしても全てかわされてしまった。
「惜しかったね」
「ご、ごめんなさい……」
「次にいこう」
「はい!」
「じゃあ、あたしね! 〈凍てつく槍〉!」
グロリアが繰り出したのは、Bランクの〈凍てつく槍〉だ。魔術矢よりも重く鋭い攻撃力を可能にするものの、制御がより難しくなる。
高度な魔術師であれば、この槍を複数も本出せる。グロリアにはまだ一本が限界だが、その制御は正確なものだった。
なによりも、ただの学生が既にBランクを習得しているということが、この場において称賛に値する。
〈凍てつく槍〉は的確な制御により、狼へと突き刺さった。ズドンという重い音を立てて、魔獣に深々と傷をつける。
冷気も伴う槍の攻撃は絶大だったようで、「キャイン!」という悲鳴を上げて狼は倒れてしまった。
「すごいじゃないか。もうBランクを?」
「えっへへ。これでも魔術成績は一番なんですっ」
そしてミライアが取りこぼした一匹。仲間を殺されて怒りが募っていた狼は、グロリアが戦っているうちに移動をしていた。
森の中を駆ける魔獣は、つまらなそうに戦闘を眺めていたリーベのもとへと走る。
冒険者もチームメイトも、気付いたときには遅かった。狼はリーベを殺さんと襲いかかっていたのである。
鋭い牙と爪は、容赦なくリーベに向かっている。
「あ、あぶない!」
「……」
仲間の心配をよそに、リーベは全く動揺していなかった。彼らには高速に見えた狼の動きも、リーベにとっては酷く遅く感じていた。
それもそのはずだ。ヴァジムからの訓練だけではなく、幹部からの訓練も受けている。速さにおいてはアリスを除いてトップであるベル・フェゴールや、リーレイ。
バランスタイプのディオン。パワー型でもあるハインツ。
もちろん、人間であるリーベに対しての訓練では、手加減をしてある。だがその手加減ですら、〝普通の人間〟には既に到達できない範囲だ。
リーベは既に、人間とは呼べない領域まで達していた。
そんな彼にとって、魔獣化した程度の狼の速度というのは、散歩も同然。
ひらりと優雅に攻撃を交わしながら、剣を取る。いつか買い替えてやろうと思っているこの剣は、ヴァジムからもらったものだ。
薄く青く光る剣身に、漆黒のグリップ。まるで肉体的な両親をモチーフにしたようなデザインだ。それがどうしても気に入らなくて、嫌悪をしている。
早々に捨てないのは、その機能自体は気に入っていることである。軽く、スピードに特化したリーベにとっては扱いやすい。しかしながら攻撃力も劣るわけではない。
きっと、アリスに頼めばもっといいものを用意してくれるだろう。だが少しだけ反抗期であるリーベにとって、頼み事というのはハードルが高い。
リーベはその剣を抜くと、狼の首を目掛けて振り下ろす。
まるで溶けたバターを切るかのように、なめらかに優しく、胴体と首が分離した。
ゴトリと地面に落ちたとき、やっとミライアやアンディが〝リーベが倒した〟と気付いたのだ。
「え……」
「すごい……」
驚きと感心をリーベに寄せているメンバー。
リーベはそんなこと気に留めず、剣を振って血を落とす。そして鞘に収めて、何事もなかったかのように佇んでいる。
「噂には聞いていたが、流石だ」
「……僕をご存知で?」
「ラストルグエフ様が教育している子供がいると聞いてね」
「なるほど」
ラストルグエフ邸は様々な人間が出入りする。この間の仕立て屋もそうだし、野菜などを仕入れる人間や、両腕のないヴァジムに代わってリーベに剣を教える騎士団も。
リーベの存在が漏れるのは当たり前のことで、冒険者のような情報が早そうな者はより知っている人口も多いだろう。
「ところで君もラストルグエフらしいが、勇者とは――」
「きゃあああぁあ!」
「!」
その悲鳴は、森の奥から聞こえた。明らかに若い女子生徒の声で、この短期旅行で聞くような悲鳴ではない。
そしてその悲鳴が確実に〝危険に遭遇した〟と教えるように、森の奥から地鳴りが聞こえる。森が揺れて、木々が葉を落とす。
戦闘音が聞こえたと思えば、魔術を発動する光などが木々の隙間から漏れてくる。
明らかに課題をこなしている様子では無いのは、誰もがわかった。
「な、なんだ!?」
「まさか……! 君たちはここに――いや、先生を呼んできて! 他の生徒にも避難するように言ってくれるか!」
「わ、分かりました」
「立ち向かおうだなんて思わないこと! 頼んだよ!」
アンディはそれだけ言い残すと、悲鳴の方向へと走っていった。走りながら戦闘の準備をする様子は、幾度も戦ってきた凄腕の冒険者に見える。
残されたチームは、アンディの指示に従う――のではなく、その場から動けずにいた。
「ど、どうしよう……」
「そりゃアンディさんの言う通り、先生に……」
「助けに行くしかないだろ!」
「ちょ、ウォリナー!? 馬鹿なの!?」
「ミライアはテントの方に。俺とグロリア、リーベで助けに行こう。成績はトップだし、絶対負けねぇ」
「は? なんで僕――」
「分かった。ミライア、頼んだよ」
「う、うんっ」
「ちょ……」
リーベの意見など、誰も聞きやしない。というより、〝助けに行かない〟という選択肢を取るなどと考えないのだろう。
オリヴァーたる勇者を生み出した国である。基本的には正義の心を持った人間で溢れかえっているのだ。
魔王に育てられたリーベからすれば、理解しがたいことだった。
「行くぞ!」
「もちろん!」
(はあ、たく……。未来のため、将来の駒……)
『行くのか? 明日は槍が降るのう』
(黙ってて)
リーベはウォリナーとグロリアの後を追った。




