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第一部 口火

「ねえ、今日もおしっこ我慢するやつ、しよ?」

「ほんますきだねえ、恥ずかしいよ」

 涼花は透明のゴミ袋から2リットルのペットボトルを取ってきて、飲み口から5センチ下をハサミでおもむろに切った。一度飲み口に亀頭を入れて抜けなくなったことがあってから、受け口を広くするようにしている。衛生的にもいい。

「わんこちゃん、今日はどれくらい我慢できるかなあ」

 僕は四つん這いになった。ペットボトルが股間の下でアースされる。室温が変わらないまま、僕の身体だけが熱くなる。目には見えない何かが存在していると信じて疑わないのは、いまみたいに、見えないスイッチが見えない力にぽち、と押される瞬間があるからだ。全身の汗腺から透明な液体が噴き出す。

「もう汗かいてる、どしたの?」

「うるさい、わかってるくせに」

 涼花は、首元の汗をぺろ、と舐めた。ちゅぱ、と唇と肌で音を立てて、僕の興奮を煽る。もう完全に大きくなって、尿意が引いてしまいそうだった。

「出したい?おしっこ」

「出したい」

 僕の営みは、その7割が条件反射から出る嘘で出来ている。

「だめ、ちゃんと我慢して」

「わ、わかりました...」

 大人の男がペットボトルの上で悶々とする姿は、少女の頃の涼花にはどれほど滑稽に映るだろうか。これをいやらしく眼差す今の涼花を大人になったと言えるだろうか。

「まって。出ちゃう」

「だめ。」

 出そうになった瞬間、涼花の右手が僕の陰茎をぎゅっと握った。一瞬だけ、尿道に刺激が走り、うっ、と声が出た。僕のおしりを涼花の右手がぺちん、と叩いた。

「あぁっ」

「ねぇ、だめって言ったでしょ?なんで言うこと聞けないの」

 戻り切らなかった尿が、ぼたぼたぼた、とペットボトルの底に撥ねた。

「ふふん、かわいい。」

 涼花はこれをするのが好きらしく、いつもこのタイミングでご機嫌になる。3回ぐらい繰り返したら、放尿させてくれる。尿道への負荷を僕は少し心配している。

 ぎゅっ。うっ。ぼたぼた。ぎゅっ。うぎゅ。ぼたぼたぼたぼたぼた。

「はは、もう限界だねえ」

「もうだめ...」

「ふふ、女の子みたい」

 涼花が人差し指で亀頭を呼吸と同じリズムでつん、つん、とつつく。陰茎の奥からじわじわと熱いものが迫ってきて、ペットボトルにどばどばと放尿した。尿の蒸気がお腹にあたって気持ち悪い。ああ、ん、んああ、と声が出る。

「ほら、気持ちいねえ。全部出して、ほら」

 我慢させられたあとの放尿は気持ちいい。涼花に見られている羞恥心と混ざって息を荒げながら白目になる。

 落ち着いてイヤホンを外すと、ペットボトルには4分の1くらいの高さまで尿が溜まっている。それを自分で排水溝に流す。実に空虚な時間だ。

 ある日、動画サイトでこの種の音声作品を見つけ、すっかりのめり込んでしまっている。その中でもおしっこを我慢する、いわゆる「おしがま作品」には神作が多く、今日使ったものはもう10回は聞いている。いつも同じ流れなのに、毎度その至高の領域に近い演技力に興奮させられてしまう。友人にはあまり理解されないが、ネット上には多数の理解者がいる。これをわかっているかどうかで世界はまた二つに分かたれている。わからない人たちを僕は、地上波人間と呼んでいる。そして地上波に流れる言葉の集合からはみ出し、その外に広がる世界の言葉を前衛的に取り入れる姿勢を持つ人間を冒険人間と呼んでいる。地上波人間に、音声作品の良さはわからない。地上波彼女を相手におしがまプレイなどできない。

 

「ちょ、しょーちゃんこれ買った?」

 ネッ友から写真付きでDMが来た。涼花をやっている同人声優が1週間前に新しく作品を出したらしい。僕は最新をチェックするというよりは今の手持ちに満足できなくなった時に買うようにしているから、知らない作品だった。ちなみに「しょー」というのは僕のネット上の名前で、「(えっち)しょー」という意味だ。もちろん、ネタである。インターネットは自由だ。フォロワーにいる女の子たちはきっと9割の中身が男である。

「へーこんなん出したんや。みみっちは買ったの?」

 みみっちは、僕と似たような趣味垢をやってる男だ。耳舐めが好きだからみみっちにしたらしい。ちょうどいいきもさを持っているところがネット民の魅力だ。

「いや買ったんだけどさ、妙なことに気づいちゃったのさ、ちょい今電話できる?」

「おけ」

ぷる。ぷるるる。ぷるるる。

「よすよーす」

「よー、そんでなによ、妙なことって」

「いやーそれがさ、まずLLsiteのレビュー欄みてくんね?」

「えーと、作品名なんだっけ」

「『禁断!ドSなJK涼花の淫語で朝陽が昇るまでガチ調教でわからせられる野外プレイ♡』」

 一言一句噛まずにエロタイトルを言い切るという特技を最初に披露されたときは腹と頭を抱えたが、今はもう無表情で乗り切るようになっている。

「すご、涼花さんもついに野外ですか。部屋かお風呂ばっかりやったしそろそろかなって思っててん。はよ聞きたくなってきた」

「まあ待てって。レビュー欄はよ。」

「ああそっか、ごめ。」

キーボードに「禁断!ドSなJK涼花の」と打ち込みLLサイトのページを開いた。

「開いたでー。あれ、あんまレビューないな」

同人作品の購入数は多いもので5桁を超えるが、コメントは3桁台に収まる。涼花の声優である水無瀬つくしは同人ボイス界でも屈指の人気を誇り、その『禁断!』も既に1万1189の購入数を叩き出していた。なのにコメントは68件しかなく、異様な少なさだと感じた。

「やろ?しかもコメント読んでいってみ」

ー今作も初日買いしましたー。いっぱい使わせてもらうね、いつもありがとう!

ー涼花ちゃんは声がいいのでどれも絶対当たり作。即買いです

ー購入。今からさっそく聞きます!

ー買いましたー!もうムラムラしてきた!

ー野外プレイ好きなのでワクワク。裏山があるんでそこでしてみようかなあ

「裏山おじさんやば(笑)」

「裏山あるの、羨ましいな」

「よいしょー」

「ええて。ほんでわかる?違和感。」

「わかるわかる。事後コメントないな。買いましたコメントは確かに多いとこではそれが半数以上占めてたりするけど、最高でした!とか、これから何度も聞きます!とかはどこにでもあるもん。それがないってことやろ」

「さすがしょーちゃん。話がはやいわ。俺が思うに、これ二つの解釈ができてさ、一つは運営がそういうコメントを消してるパターン、もう一つは聞いた人に何かしらの異常が起きてるパターン」

「後の方やとやばくね、聞けへんやん。せっかくよさげな作品やのにさ。さすがにないやろ、ドラマでも聞いたことないぞ、運営が消してるんちゃう?水無瀬さんの人気低迷を装って引退をほのめかす感じというかさあ、それも嫌やけど」

「うん、俺もさすがに聞く人の身に何か起こるってのは信じられん。てゆーか、そんなんフツーにありえへんと思うし。」

「聞いてみる?」

「あほ。絶対やめて、俺ビビりやし絶対無理」

「一緒に聞こうよみみっち~」

「ほんまに嫌やって。こわいねん」

「じゃあどうすんのさ」

「しばらく様子見よ」

「同人作品でこんな慎重になってんのおもろいな」

「いや、同人作品やからこそや、なんていうか地上波と違って規制とかゆるいからな、何が起こってもほんまはおかしくない。自由と不安はセットなんやで」

「そんな慎重なんのみみっちぐらいやで」

 電話を切ると、やはり聞こうかという気になったが、みみっちの不安そうな声を思い出すと勃つものも勃たなかった。



 三日後、今は離れて暮らしている父が、自殺で亡くなった。桜が落ち始める頃のことだった。


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