38 実行犯の行方
「私、今日はここで寝るから」
三人掛けの高級なソファーの座面を叩きながらシェリルが言った。
「かまいませんけど、ソファーではなくて、ベッドを使ってください」
「さすがの私でも、怪我人かもしれないクララのベッドをとったりしないわよ」
刺された傷口は見あたらなくても、直後に、クララが声を出せないほど苦しんでいたのは事実。
「ここで十分。だって広いし、柔らかいし。自分の部屋からちゃんとこれも持ってきているわ」
クララの部屋に戻ってきたシェリルが手にしていたのは毛布だ。初めからこの部屋で寝ることを決めていたのだろう。
「邪魔かもしれないけど、ひとりだと怖いのよ。今日だってあんな事があったし。ここに来てから本当にろくな目にあってないんだもの」
愚痴をこぼさずにはいられないほど事件が続いている。
「それに、私はクララの身体のことも心配してるんだからね。あの事件の、あのナイフのことだけど、絶対にクララの背中に刺さっていると思ったわ。死んじゃうかと思って、怖かったんだから。本当にどこも痛んでない? 大丈夫なの?」
「ご心配をおかけしてすみませんでした。でも私はこの通り元気ですから」
クララは行儀悪く、マカロンをかじりながら返事をする。
「まあ、それだけ食欲があれば問題なさそうね……」
クララたちは生まれて初めてアフタヌーンティーを体験している最中だ。
それはケーキスタンドにタルトやプディングや焼き菓子なんかが所狭しと乗っていて、それを食べながら紅茶を嗜むという、夢のようなひと時。
それを二人で満喫中である。
クララのためにオーティスが用意させたらしい。
「ちゃんと味わってる?」
「味わっていますよ」
いつものように、がつがつと口の中へ放り込んでいくクララ。
「クララの分をとったりしないから、もっとゆっくり食べなさいよ」
「わかってはいるんですけど、ぜんぶ美味しくて手が止まらないんです」
「その意見には同感だわ」
シェリルも甘いものだけでお腹がいっぱいになるという経験はしたことがない。
しかも王宮で出されるデザートだけあって、味も素材も一級品。
何種類かあるタルトはすべて違う果物が使われていて、それが宝石のように輝いている。プディングも色の違いで味も違うのだろう。
「精霊宮に帰りたくないわ。ずっとこっちにいたらだめなのかしら」
「残念ですけど、たぶんすぐに戻されると思いますよ」
「え? どうしてよ」
「容疑者である侍女が特定されたからです。王太子殿下がそう言っていました」
オーティスと二人きりで話をしていた時に、そのことを聞いたクララは再び合流したシェリルにも伝えておくことにした。
「意外と早かったわね。どうして私たちが巻き込まれたのか、それがわかればひと安心だわ」
「それがですね、容疑者である侍女の行方がわからないそうなので、動機についてはまだ不明なんだそうです」
理由を知っているクララは、すべて打ち明けたいと思いながらも、王妃の名前を出す危険性を考えて、シェリルには伝えられない。
それに、その話をシェリルが信じるという確信が今もまだもててはいなかった。
「私が覚えていた靴の侍女は、あの事件が起きてすぐに王宮仕えをやめてしまったらしいんです」
「それって、私に罪をなすりつけることができなかったから逃げたってこと? でも、土の宮の侍女以外で、精霊宮の侍女に恨まれる覚えなんてないんだけど」
自ら逃げ出したのか、王妃から首を切られたのか。理由は定かではないが、突然王宮から姿を消したらしい。
「嘘の証言をしている人が多いので、真実にたどり着くのは難しいと思いますが、狙われたのはたぶん、シェリル様ではなく私ですよ。あれは月精霊の加護もちを狙った犯行で、犯人に仕立て上げるのに都合がよかったシェリル様が巻き込まれただけです」
「なんでそう言い切れるのよ」
「犯人が『恨むなら、月精霊の加護もちである自分を恨みなさい』と言ったからです。今回の被害者は誰でもよかったわけではないんです」
「それって、あくまでもクララの憶測でしょ?」
「それはそうですけど」
(少しでもシェリル様が安心できればいいと思ったけど、王妃様のことを隠しながら事実を伝えるのが難しい。それにきっとまた王妃様が、捕まっている土の宮の侍女に、都合のよい証言をさせるんじゃないかな。そうしたら、私が話す真実と辻褄があわなくなりそう。困ったな)
突き落としの事件は、オーティスが動いている以上、迷宮入りにはできないはず。
土の宮の侍女が実際にどこまで知っていたのか怪しいし、知っていたとしても、どんなことがあっても王妃の名前など出さないだろう。それこそ命とりだ。
「早く安心して過ごせるようになればいいですね」
「本当だわ。あ、そうだ。もう様付けはやめて」
「え?」
「私のことはシェリルって呼び捨てでいいって言っているの。こっちはクララって呼んでいるのに、変でしょ」
「わかりました。では」
そう言って、クララは自分の分のベリーパイをシェリルの取り皿の上に乗せる。
「なんで? いいわよ。私も自分のがあるし」
「私の気持ちです」
いたずらっ子のように笑うクララ。
「太るからいらない」
「そんなこと言わずに」
「だったら、こっちはクララが食べなさいよ」
「いいんですか? シュークリーム大好きなんですよ」
「だったら、やめた」
「えー」
そんなやり取りをしながら、二人はすべてのデザートを腹に収め、完食したのだった。




