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33 精霊との交流

 この国では生まれ落ちたたままの白髪ではなく、精霊から加護を授かった有色髪の者が尊ばれる。

 そしてその数は平民より貴族のほうが圧倒的に多い。


 濃色であればたとえ生まれが平民だとしても、貴族家に拾われ養子として迎え入れられることがあるため、何百年もの間に、精霊に好まれる血統が出来上がり、加護が与えられる人間は貴族ばかりに偏っていた。


 クララは近衛騎士に案内されながら、飾り柱や壁画などが目を引く豪奢な装飾を施された王宮の廊下をシェリルやイルサと一緒に歩いていく。


 その途中、王宮で働いている役人や警備兵といったいでたちの者、数名とすれ違った。クララたちに気がついた相手側は、さっと端により道を譲ってから頭を下げたので、彼らはクララたちの身分を知っているようだ。

 かしこまっていて、目を合わせずに、一行が通り過ぎるのを待っている。もちろんクララたちのそばに近づいてきたり話しかけたりはしなかった。


 敬われるという状況になれていないクララは、通常だったらいろいろ考えたかもしれないが、今はそれどころではなかった。その者たちのそばにいる精霊たちの姿に問題があったため驚愕していたからだ。


(痛々しい姿ばかり。なんてひどいことを)


 精霊たちは動物や昆虫など生き物の姿をしているのだが、そこにいる精霊たちはあるはずの羽がなかったり、耳が欠けていたりしていた。


(精霊たちが消滅しない程度を見定めて精霊喰いがかじっているってことなのかしら?)


 その精霊たちを皮切りに、出会う精霊のほとんどが体のどこか一部が欠損している状態が続く。


(でも、どうしてかな。精霊喰いの被害には規則性があるように思えるんだけど)


 精霊宮に出入りしている侍女たちには精霊の存在をまったく感じなかった。みんな髪は何かしらの色をしているのに、精霊たちが近くにいたことはない。


 おそらく誰一人として精霊の加護を授かっている者はいなかった。


 精霊宮に仕えることを許された選ばれし侍女たちだというのに、そんなことがあるのだろうか。


 その理由が、ただ単に精霊が離れてしまったのか、それとも精霊喰いの餌食になってしまったのか。

 精霊である黒ウサギにもその原因の特定はできないらしい。


 そして、精霊宮の侍女たちとは逆に、クララを迎えに来たオーティスの護衛である凛々しく逞しい二人の女性の近衛騎士には、まったく傷つくことなく五体満足の状態である精霊がついていた。


(この差って、いったい何なの)


 王宮内をきょろきょろと観察しながらクララは考える。


 精霊喰いは精霊たちを取り込むことでその加護を得ることができるという。王宮を少し歩いただけの状態でも王宮にいる相当数の精霊が被害にあっていることがわかった。それが王宮全体に広がっているとなればその数は計り知れない。


 近衛騎士のひとりは、シェリルほどではないが、髪は明るめの茶色に染まっていて、もう一人も濃い水色をしている。


(強い精霊ほど、髪が濃い色になるんだとしたら、この人たちや七妃たちの精霊が無傷だったのは、精霊喰いが手を出しにくいからかもしれない)


 そんな推測をしていると、前方を歩いてた茶髪の近衛騎士がある部屋の前で振り返った。


「こちらの執務室で王太子殿下がお待ちになっておりますので、お二人は中へお入りください」


 そう言って頭をさげる。


「わかったわ」

「ここまでありがとうございます」


 借りの住居である客間へ案内される前に、オーティスのもとへ行くことになったクララとシェリル。オーティスはまだ何か話したいことがあるのだろうか。


「失礼いたします」

「おはようございます」


 部屋の中に入ると、正面にとても大きな書斎机があり、そこで書類に目を通してしていたオーティスがこちらを向いた。

 すぐにクララとシェリルは二人そろって挨拶をする。


「二人とも無事で何よりだな。ここに来てもらったのは今日の予定を伝えるためだ。まずはそこへ座ってくれ」

「はい」

「予定?」


 執務室にある応接セットをすすめられたので、クララたちは仕事の手を止めてそばまでやってきたオーティスと同時にソファーに腰を掛けた。


 仕事部屋だけあって机の両側にある壁にはマホガニー材の本棚があり、そこには隙間なく本がぎっしりと並んでいる。革製の背表紙が黒光りするほど古びたものもあり、ここには代々受け継がれている古書などもあるようだ。


 他にも机が並んでいるので、オーティスの部下や秘書などを兼ねた職員がこの部屋で仕事をしているはずなのだが、時間が早いからか今朝はまだその者たちの姿はなかった。


「二人は今まで王宮に来たことは?」


 オーティスがまず口にしたのはそんな質問である。


「私は先日七妃のお役目を承るために訪れた時が初めてです」

「私も同じです」

「やはりな。そうだろうと思っていた」


 七妃の中で、月の宮と土の宮の人選は確定日ぎりぎり、実は最終日まで決まらなかった。


 それは、七妃として問題がないとされている貴族家の中に相応しいと思われる令嬢がいなかったため、血統の濃さを尊重するのか、それとも加護の強さにするのか、選定委員の中で意見が真っ二つに割れていたからである。


 結局は加護が一番重要だということになり髪の色を基準にして、もと男爵家の令嬢ではあったがシェリルは七妃として選ばれ、ハイパー家で秘匿されていたクララは、伯父である公爵が推薦したことによって伝令が下ってしまった。


 そんな経緯があったし、立場上これまで二人は舞踏会や夜会はおろか、王宮に招かれることもなく足を運んだことすらなかったのだ。


「何も知らず、二人はいきなり精霊宮で暮らすことになったのだから、今日は私が王宮内を案内しようと思っている」

「オーティス様がですか?」

「どうして? 殿下はお忙しいのではありませんか?」

「今日はそのために時間を空けてある。だから大丈夫だ。二人は七妃であるのだから、少しは王宮内のことも把握しておいた方がよいと思ってな」


 ほかの七妃たちは王宮に出入りを許されていた。幼いころからオーティスと顔見知りの者もいる。

 クララとシェリルはその者たちとあまりにも差がありすぎるので、今回の件はオーティスなりの気づかいなのかもしれない。


「それに、本日はイルサが外出届けを出していて、その間は二人に仕える侍女がいない。代わりを用意しても犯人が侍女である可能性が高い以上、安心はできないだろう。だから私と一緒にいるのが一番安全だと思わないか?」


(そうだった。私がイルサさんにお使いを頼んでいたのに、すっかり忘れていた)


 心を許せる者がまったくいない王宮内で過ごすとしたら、きっと部屋の外には一歩も出ることができない。初対面の侍女が入れた紅茶を口にするのも躊躇するだろうとオーティスはそこまで考えている。

 しかしそんな心配をよそにクララは自由勝手に王宮内を出歩くつもりでいた。


(ひとりでこそこそ見回るよりは案内してもらったほうが迷うこともないかな)


「お言葉に甘えてよろしいのでしたら、ぜひお願いします」

「でも、本当にいいの……」


 王太子であるオーティスにそんなことをさせたりしたら、偉い人たちに咎められないだろうかとシェリルが悩んでいる。


「シェリル様は王宮の中を見てみたいと思いませんか?」

「それは思うけど」

「誰よりの詳しいオーティス様にご案内していただけるんです。こんな機会は二度とないと思いますよ。それにオーティス様がせっかくおっしゃっているのですし」

「そ、そうね」


 シェリルも断ることが不敬になるのだと思い返して踏ん切りがついたらしい。


「よろしくお願いいたします」


 オーティスの案内で、クララとシェリルは王宮内を見学することが決まった。


「朝食は?」

「まだです。近衛騎士様がいらっしゃるまで、イルサさん以外は誰も部屋にいれておりませんので」

「私もそうです」

「では、まず食事からだな。となりの部屋に用意をさせるので二人で済ませくれ。私は急ぎの仕事を終わらせてから声をかける。それまではゆっくり過ごすといい」

「承知いたしました」


 クララたちは執務室から続いている、オーティスが専用で使用している食堂室へと移動して、そこで朝食をとることになった。ここにはオーティスの信頼している者しか出入りできないという。


 食堂室はテーブルと十脚のイス以外はマグノリアの花が描かれた絵画が一枚壁にかかっているだけで、ほとんど何もない部屋だ。

 場合によってはオーティスの部下たちも使うこともあるらしく、居心地の悪そうなシェリルに、控え室や休憩室としても使用している場所だから気兼ねはいらないと告げてオーティスは部屋から出て行った。


 それを見届けてからシェリルは大きなため息をつく。


「大丈夫ですか?」

「思いがけず鳥籠から出ることができたから、羽を伸ばそうと思っていたのに。殿下とずっと一緒なんて緊張しっぱなしだわ」

「そうかもしれませんね。でしたらシェリル様は部屋に残ってもいいんですよ。どうしますか?」

「それもいやよ」


 やはり知らない場所で一人きりは怖いと言う。


 それからすぐに料理が運ばれてきたのだが、ふたりがくつろげるように配慮されたらしく、給仕が何度も出入りしなくてもよいようにと、一度にデザートまで運ばれた。

 おかげで二人の目の前の広いテーブルにはそのすべてが並べらている。


「すごいわね。朝からこんなに贅沢をできるなんて、生家では考えられないわ」


 カリカリのトーストやサクサクしたクロワッサン。ふわふわのバターロール。スコーンにはジャムとクリームが添えてある。パンだけでもたくさんの種類が並んでいて、希望すれば、フレンチトーストやパンケーキのようなものまで用意してもらえるらしい。


「私も。ここに来て一番嬉しかったのは美味しいものが食べられるようになったことです」

「でも食べ過ぎないように気をつけなさいよ」


 シェリルが釘をさしたのは、食事を始めてからクララがテーブルの料理に次々と手を伸ばし、パン、サラダ、オムレツ、どんどん腹に収めているから。


「そうですね」


 食べられるものがある時には食べられるだけ食べる。そんな食い溜め生活をしていたおかげで貧乏性な性格になってしまったことが恥ずかしくなって、クララは照れながら返事をした。


(でも、もうひとつくらい食べられそう)


 そう思ってパンを取ろうとしたところ、その手が止まった。

 それはシェリルの忠告が理由ではない。


「銀ネズミさん」


 パンが入った籠の横に、いつの間にかオーティスの精霊である銀色のネズミが二本足で立って、クララを見ていたのだ。

 オーティスの頭から降りて、隣の部屋からやってきたらしい。


「会いにきてくれたの? 私に話があるのよね?」


 見えない何かに向かって独り言を言い始めたクララ。


 シェリルは呆れながらも何も言わずに、不可思議な行動をとるクララの様子を観察することにしたようだ。


「だけど、あなたと言葉が通じないの。どうしたらいいのかな」


 クララがそう言うと、銀ネズミは黒ウサギのところに近づいた。そう思うと、黒ウサギに向かって思いっきり体当たりをする。


「え、何をしてるの!?」


 クララが椅子から立ち上がり、突き飛ばされた黒ウサギを急いで抱きあげる。

 その横で、銀ネズミは両手を合わせてから、その手を上下に開いたり閉じたりして動かし、それから自分の身体を抱きしめてブルブルと震える。


「それは精霊喰いが噛みつこうとしているから怖いってことなの?」


 ジェスチャーから想像したことを聞いてみると、銀ネズミは一度首を傾げて考えてから、悩んで、悩んで、悩んでから最後に頷いた。


「あっているような、ないような。やっぱり言葉が通じないのは困るよね。ねえ、あなたは女神様のいる聖域までは行くことができる? 私と一緒に行ってくれると嬉しいんだけど」


 すると銀ネズミは何度も首を横に振った。


「それは絶対に無理ってことね。オーティス様から離れられないからかな? そうだとすると本当に困っちゃった。何か意思疎通のできる方法があるといいのに」


 うーん。と悩みながらクララは銀ネズミを見つめていた。


『あいつも精霊喰いに狙われているのさ』


「え?」


 突然発せられたその声は、クララが抱きかかえている黒ウサギから発せられていた。


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