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30 加護の能力

 オーティスが月の宮にやって来てから、嫌がらせの赤い花に気がついてしまったので、三人はまだソファーに座ることなく立ったままだった。


 そんな状況の中、クララが身体を左に傾けると、銀ネズミの視線も左側に、右側に動けば、クララの頭を追いかけるように銀ネズミの視線も右に向いていた。


 今まで見た精霊たちからは敵意を感じることがあっても、これほどわかりやすい、クララへの反応はなかった。


(日精霊が私に何かを訴えかけているように見えるんだけど、どうしたらいいんだろう)


 何が言いたいのか把握するには、銀ネズミを泉の女神のところに連れて行き、通訳をしてもらえばいい。

 そう思っても、それをクララがやったことで、オーティスの加護に何か重大な問題が発生したらまずい。


(精霊と加護主はどのくらい離れても大丈夫なんだろう。加護が切れたり弱ったりしないかな。それ以前に銀ネズミさんを誘ったとしても私についてきてくれるかわからないし、困ったな……)


 意識が完全に銀ネズミへと向かっていたクララは、身体をふらふらと左右に揺らし、その瞳は何もないところを見つめている。

 誰もが沈黙している静寂の月の宮で、クララが動くことによりドレスの飾りが揺れて衣擦れの音がかすかに聞こえていた。そんな状況を見守っていたイルサはヒヤヒヤし、シェリルはイライラしていた。


 オーティスは、奇行を続けるクララのことがとても不思議だったようだ。クララを凝視するその目には力がこもっていた。

 クララの行動がオーティスへのアピールだとしたら奇妙な動きをしていて、何かがおかしい。と。

 昨夜のあられもない姿もそうだが、予想ができないようなことをしでかすクララ。普通の令嬢ではありえないようなことをする。


 その不可解な何かを探るようにオーティスは何も言わずにじっと見続けているのだが、その表情に変化がないため、クララにはオーティスが何を考えているのかまったくわからなかった。

 怒っているのか、呆れているのか、軽蔑しているのか、どんな感情をもって見ているのか。

 

「申し訳ございません。少し考え事をしていたので……」


 すぐに謝罪をしたのだが、その言葉を聞いたシェリルの目つきが、とてつもなく悪くなる。

 その顔には『あれほど粗相がないようにと言っておいたのに』そんなことが書かれているかのようであった。


「何をやってるの、クララ!」

「ごめんなさい」


 何を言っても言い訳にしかならない。

 クララにしか見えない精霊たち。それを、どうしても目で追ってしまうので、周りからはとても落ち着きがないように思われてしまう。

 実際にもう何度となく失態を繰り返しているため、シェリルから注意を受けたのは今回が初めてではない。


(またやってしまった。でも、今後も同じようなことが起きる可能性はあるのよね。だったら)


 クララは表情を引き締めてから、オーティスと視線を合わせた。これから、誰にも証明することができない話をしなければならない。信じてもらうために、緊張もあってか全身にも力が入っていた。


「恐れ入りますが、オーティス様のお話をおうかがいする前に、加護で授かった私の能力の話をさせてもらってもよろしいでしょうか」

「必要とあれば私はかまわないが」


 オーティスは、クララが握りしめている両手のこぶしを見逃すことはなく、その真剣な様子も相まって、この、斜め上の行動をする娘が何を言わんとしているのか興味があった。


「ありがとうございます。私はお伝えしておいたほうがいよいことだと思っておりますので」


 オーティスが快諾したので、とりあえず三人はソファーに座ることにして、お茶の用意ができる間に、まずはクララの話を聞くことになった。


 三人掛けの椅子へクララと、そのとなりにシェリルが座る。


「それで話とは?」


 テーブルを挟んで二人の目の前にいるオーティスが促してきた。


「はい。先ほどから私は、おかしなことばかりしているのではないでしょうか」

「そうだな」


 うなずくオーティスとシェリル。


「信じられないかもしれませんが、私には精霊の姿が見えるからなんです」

「精霊が見えるだと」

「そんなこと、あるの!?」


 シェリルが大きな声を出す。


 正直に話しておいたほうがよいと考えたクララは、泉の女神から授かった能力の一部を二人にだけは伝えることにした。


「ええ。そのため視線がどうしても精霊に向かってしまうので、先ほどのような何をしているのか、どこを見ているのかわからない。そのようなことが起きてしまうんです。すべては精霊に興味を惹かれてしまう私が悪いのですが」

「それを証明することは可能か?」

「いえ、私にしか見えませんし、精霊は人に伝わるような行動を起こすこともないようなので、私の言葉を信じていただくしかございません」

「それが本当だったとして、精霊とはどのような姿をしているのだ? 私の日精霊もクララには見えているのだろう?」


 オーティスは確かめるすべのない話を信じているわけではない。しかし、クララがどんな返事をするのか試すために質問をする。


「オーティス様の日精霊は美しい銀色のネズミの姿をしております。その精霊がずっと頭の上に乗っているので、思わずくぎ付けになってしまいました」

「銀色のネズミが頭の上に? 精霊とはそれくらいの大きさなのか」


 オーティスが自分の頭の上に手をやったが、クララ以外は精霊にふれることができないので、もちろんそこには空気以外何もない。


「精霊によってさまざまで、シェリル様の精霊はもっと大きいです」

「私の精霊ってやっぱり茶色いの」


 となりに座っているシェリルがクララのほうへと身体を近づけて、目をキラキラさせている。

 純粋に土精霊のことを知りたがっているようだ。


「そうですね。そして私の精霊は髪の色と同じ黒い色をしております」

「精霊はすべて、ネズミの姿をしているのか」

「それは違うようです。私が目にした精霊たちはそれぞれ別の姿をしておりました。鳥だったり、蝶々だったり、そのすべてがとても美しかったです」


(ミリーア様の真っ赤な鳥。ブルーナ様の青い蝶。キンバリー様のエメラルドグリーンのトカゲ。ナナリー様の金色の子犬。ぜんぶ可愛かった)


「そうか」

「ねえ、だったら私の精霊はどんな姿をしているの」


 待ちきれないようにシェリルが聞く。


「シェリル様の精霊は、蜘蛛ですよ」

「え?」


 シェリルが口を半開きにしたまま固まった。しかしすぐにクララの腕を掴んで揺さぶる。


「ちゃんと聞こえなかったみたいなの。もう一度お願い」

「ですから茶色い大型な蜘蛛です。タランチュラって言えばわかりやすいですか」

「は?」


 再びシェリルが固まった。


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