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03 準備をしましょう

 話が終わったクララはハイパー伯爵の書斎を後にする。ドアをしめて廊下には出たものの、クララはこの家で自分一人では何もできない。


「準備をしろって言われたけど、何をすればいいのかしら?」


 困ってしまい、つい声に出てしまった。


「荷造りの準備はすべてできておりますので、あとはクララ様のお仕度だけでございます」

「え?」


 クララの困惑に応えたのはエリザベートの専属侍女であるアイリーンだ。

 彼女はハイパー家の使用人の中で唯一クララに対して普通に接してくれる侍女。とは言ってもあくまでも仕事として。


「あまり日にちもございませんので、これからすぐに、お肌を磨き上げ、御髪のお手入れをさせていただく予定ですがよろしいでしょうか」

「私は大丈夫ですけど、それは必要なことなんですか?」

「はい。七妃として見目はとても重要かと」


 父親に似て、巷でも美しいと評判のエリザベートとは違って、クララは母親似で瞳ばかりが大きく馬鹿っぽい顔(マリアンヌ談)なので、磨いたとしても数日程度でそれほど変わるとは思えない。


「恐れながら申し上げますが、わかりやすい欠点は、あら探しをしている他のご令嬢に、攻撃する口実を与えることになってしまうと思います」


 弱気な性格以外は完璧であるエリザベートでさえ病むくらいだ。肌の手入れなど、対処できることはあらかじめ改善しておいた方が良いらしい。


 今まで、ほとんど手入れをしたことがないくすんだ肌。洗いざらしのごわごわした黒髪に目をやってから、クララはすぐに返事をした。


「でしたらよろしくお願いします」

「お任せください」


 ハイパー伯爵たちはぎりぎりまでエリザベートの回復を待っていた。しかし、結局どうしても無理だということになって諦めるしかなかったようだ。

 そのため、エリザベートのために必要なものはすべて用意されていて、ドレスや日用品は伯爵家の令嬢として遜色ないそれなりの品をそろえてあるとアイリーンがクララに告げる。


 そのおかげで精霊宮に入ってから、恥ずかしい思いをしなくてもすみそうだ。


(私のためだったら、ちゃんと準備してもらえるとは思えないものね)


 準備していた荷物がなかったら、伯爵家の名誉よりも、クララを貶めることに力を入れているマリアンヌは、本当に必要最低限な物しか持たさなかっただろう。


 さすがに王宮に併設されている精霊宮で、今着ているような、シミだらけのドレスとはいえないようなワンピースを着用していたら、別の意味で王太子の目に留まってしまうかもしれない。

 静かに暮らすことを望んでいるのに、みすぼらしいせいで目立ってしまうなんて本当に困る。なので、用意されていた人並以上の道具を持たしてもらえることだけは助かった。そうクララは安堵する。


(でもなぜアイリーンさんは書斎の前で私を待っていたのかしら。いつもエリザベートお姉様のそばについているはずなのに)


「もしかして、王宮にはアイリーンさんが付き添ってくれる……とか?」


 さすがに、右も左もわからないクララを、ひとりで王宮に向かわせるわけにはいかない。とはいえ、マリアンヌの目もあって、ハイパー伯爵がクララのエスコートをちゃんとしてくれるはずもない。だから、いろいろと心得ている彼女が任されたのだろうか。


(アイリーンさんが一緒なら私も心強いのだけど)


「はい。伯爵様も奥様も明後日はご予定があって付き添えないそうですので、私が代わりに王宮までお送りするようにと申しつけられました。よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

「いいえ」


 エリザベートの専属侍女であるアイリーンは、ハイパー伯爵からクララの世話を命じられたことで、マリアンヌに睨まれてしまうかもしれない。本当に申し訳ないとクララは恐縮する。


「ごめんなさい。出来るだけ迷惑を掛けないようにしますから」

「数日のことですし仕事ですから、クララ様はお気になさらないでください」


 謝ったクララに事務的な態度で返事をしたアイリーン。クララに仕えたがる侍女も侍従もここにはいない。


 幸せのハードルが低いクララは誰かと普通に会話ができるだけでも満足してしまう。


「精霊宮にはエリザベート様でさえお心が折れてしまわれるような御相手が六人もいらっしゃいます。私の立場で言うもの恐れおおいのですがお気をつけくださいませ」

「え? あ、ありがとうございます」


 突然のアイリーンの気遣いの言葉。


(アイリーンさんて、やっぱりいい人よね)


 驚きながらも嬉しさから思わず顔がほころぶクララ。


「それはわかっているから大丈夫です。精霊宮行きの話を聞いた時から覚悟はできてますから」


 文句を言われるくらいなら、クララはマリアンヌで免疫ができている。たぶん人より打たれ強い。


「そうでしたか。差し出がましいことを、申し訳ございません」

「謝らないでください。私はアイリーンさんに心配してもらえてすごく嬉しいんですから。そうだ、精霊宮にいくまでに、アイリーンさんが気がついたことや思ったことがあったら今みたいに教えてください。私はいろんなことに慣れていないので」

「そうおっしゃるのでしたら、承知いたしました」


(こんな状況になってしまったけど、面倒をみてくれる人がアイリーンさんでよかった)


 仕事と割り切って、私情をはさまないところも、仕事に対する態度にも好感が持てる。エリザベートの部屋ではクララにもお茶を用意してくれたし、ワンピースの染み抜きをしてくれたこともある。

 他の侍女たちみたいにクララの陰口を言っていたこともない。


 実はハイパー家にはエリザベートの他にクララにとっては従弟にあたる弟が二人存在している。しかし、今までほとんど面識がない。


 それはマリアンヌが弟たちをクララに近づけないからで、彼らの将来のために、数年のうちに汚点であるクララを追い出しておきたかったようだ。


 それを耳にしてから、いつ、政略結婚で後妻とか訳あり貴族のもとへ嫁ぐことになるのかと気になっていた。だから、クララにとって精霊宮へ行く話は、この上なく条件がいいので、とても都合がよかったのである。


 これから先、精霊宮で衣食住の面倒みてもらえるなら、クララの境遇から考えて悪い話ではない。

 七妃になると、お役目のために一度家を出てしまえば、二度と戻ることはできず、一生涯王宮か離宮で暮らすことになる。クララにとっては逆に喜ばしいことであった。


 今回みたいに総入れ替えのために精霊宮からでる元七妃たちも、別の場所の離宮で継続して役目を担うそうだ。それでも万が一ということもある。


(王太子殿下に嫌われて放り出されたら、私はこの家に戻ってくることはできないと思う。きっと帰る場所がない。だから、精霊宮の隅っこで暮らす権利だけは死守しよう)


「こうなってしまった以上は頑張るしかありませんね」

「何かおっしゃいましたか、クララ様?」

「ごめんなさい、独り言です。精霊宮に行ったら、とりあえず私なりの小さな幸せを目指すことにしようと思ったので」

「そうですか」


 そんな目標を掲げながら、アイリーンの手を借りてクララは家を出る準備を始めた。

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