28 友達
クララの体調を心配しているオーティスから、部屋を訪れるという前触れがあった。回復をしているのなら昨日伝えることができなかった話もしておきたいそうだ。
「クララって王太子と仲がいいの?」
食事の最後に運ばれてきた濃厚なフロマージュを食べていたシェリルは、スプーンを持っているその手をとめて質問をする。
「いいえ、昨日初めてお会いしたばかりです」
「なのに心配とか言って部屋まで来るんだ? 私なんて冤罪で捕まりそうになったのに、謝りもせずに放っておかれているのに」
クララが被害者なら、シェリルも同じく被害を被った当事者。実際には土の宮に閉じ込められていただけだが、精神的にはかなりダメージを受けている。
「シェリル様のところへ王太子殿下がいらっしゃらなかったのは、シェリル様がすべてを拒絶されていたからです。身の回りのお世話を誰にもさせていただけませんので、王太子殿下は会える状態になるまで待つつもりだったようです」
クララが土の宮を訪れた時のシェリルは、とてもひどい身なりをしていた。あの状況でオーティスに見舞われてもかえって心を閉ざす可能性が高いと思われていて、侍女を受け入れて普通の生活ができるまで様子をみるつもりだったのだ。
「そう」
イルサに説明されてシェリルも納得はしたようだ。
「たしかに、いきなり来ても会う気なんてなれなかったわ……」
「シェリル様は精霊宮に来てからオーティス様とお話はされていないんですか?」
「そうよ」
その顔すら式典の際に遠くから見たことがあるだけだった。
「だったら、最初に言っておきたいことがあるんですけど」
今まで朗らかな態度であったクララが、姿勢を正して真剣な表情をシェリルに向けた。
「なに? あらたまって?」
「もしシェリル様が正妃を望まれたとしても、私は応援することができません。それを先にお伝えしておきます」
「なによそれ、もしかしてクララが王太子を好きだからってこと?」
「そういうわけでは……」
「だったら気にしなくても大丈夫よ。正妃っていずれ王妃になるのよね。そんな面倒なことこっちから願い下げだもの」
まったくそんな気はないと言ったシェリルに、クララは安堵の表情を見せる。
「王太子ってそんなにいい男なんだ? それとも王妃になりたいの?」
「違います。私も正妃になりたいなんて思っていません。ただ、ほかの宮の方たちと敵対したくなくて、平等に接するため誰か一人の応援はしないことに決めているので……」
精霊宮で一番もめそうな事案が正妃の座だからだ。
「はあ?」
シェリルはいつも強い口調なのだが、クララの言葉に反応したその声にはあきらかに怒気がこもっていた。
(え? シェリル様?)
「クララは私と友達になりたいって言っていたけど、結局仲良くしてくれる相手がいれば誰でもいいんじゃない」
「誰でもいいわけでは……」
突然、怒り始めたシェリルにクララはわけがわからず、おろおろしてしまう。
「そういう八方美人な態度でいて私に信用してもらおうと思っているなら、絶対無理だから。帰る!」
憤り、大きな音をたてながらダイニングのイスから立ち上がって、部屋を出て行こうとするシェリル。クララはすぐに追いかけ、無我夢中でその腕を掴んだ。
「待って。ごめんなさい。私、今まで友達ができたことがなかったから、何がいけなかったのかわからなくて。応援しないと言ったことが気に障ったのでしたら、本当にごめんなさい」
悲壮な表情ですがりつくクララを見て、シェリルはその足を止める。
「何がって……」
シェリルは自分の気持ちがささくれ立っている理由が、実は思いのほかクララのことを気に入っているからだと気づく。それなのに、『あの子たちに嫌われたくないから、貴女との付き合い方には線を引く』そう言われて腹が立ったのだ。
自分のほうはお試し期間を設けて、まだクララのことを友達とは認めていないというのに。
「誠実でいたいのかもしれないけど、馬鹿正直に自分の気持ちを、なんでも話せばいいってもんじゃないのよ」
「すみません……」
シェリルの胸の内を知ることなどできないクララ。
オーティスに会ったこともないと言ったのに、シェリルが『応援をしない』と言ったことで、ここまで怒りをあらわにしている。その原因がわからない。
どうしたらいいのかわからず、困惑をしているクララは言葉が出てこない。
「シェリル様。そのような説明では、クララ様にお気持ちは伝わらないと思います」
意地っ張りなシェリルと、人との接し方が不慣れなクララ。
イルサはそれまで二人のやり取りを、ずっとそばで見守っていたが、見るに見かねて仲裁に入ることにした。
「シェリル様はクララ様にとって一番信頼できる友人になりたかったのでしょう。ですが、他の七妃と同列に扱うとおっしゃったので、残念に思われたのだと思いますよ」
不貞腐れているシェリルに代わって、激怒した理由を告げる。
「私の一番に?」
「シェリル様はほかの方に嫉妬されていらっしゃるのですよ。クララ様にだけは心を開き始めた証拠ではないでしょうか」
イルサが図星をついたために、シェリルの顔色は怒りではなく、恥ずかしさで赤く染まる。
「本当に?」
「だったらなんなのよ」
「友達だと思ってもかまわないのでしたら嬉しいです。すごく嬉しいです」
「そこまで言うなら、友達になってあげてもいいけど、これからは発言に気をつけなさいよ。さっきの言い方だときっと誰が聞いてもいい気持ちしないはずだから」
「わかりました。気をつけます。ごめんなさい」
それは、クララと友達になりたいと思っているからこそで、どうでもよければそこまで怒ったりはしない。
シェリルを観察していたイルサは、クララと親しくするなら、その短気なところを直してほしいと思っていた。
「あ、こんなことしていたら王太子が来ちゃう。私は自分の部屋にもどるわ。だから腕を放してくれない?」
シェリルの腕を掴んだままだったクララだったが、帰ると言われて、尚いっそうその手に力が入る。
「放してって言っているんだけど」
「ごめんなさい。あの」
クララは一度息を飲む。
「シェリル様にお願いがあるのですが、このままここにいて、月の宮で私と一緒に王太子殿下とお会いしてもらえませんか?」
「私が? どうして?」
「オーティス様と何度も二人きりでお会いするのはちょっと……シェリル様もご一緒だと安心できるのですが。だめですか?」
すでに昨夜のことをキンバリーから咎められている。誰の耳に入るかわからないので、オーティスと二人っきりでは会いたくなかったのだ。
「緊張するとかじゃなくて、正妃を狙っている七妃たちに睨まれちゃうからってこと?」
「そうです」
「ここで揉め事に巻き込まれたくないクララの気持ちがわからないわけじゃないし、一緒にいるだけならかまわないけど。私もそばで王太子の顔を見てみたいし」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ひと悶着ありながらも、クララはシェリルと一緒にオーティスの訪問を待つことになった。




