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27 シェリルとイルサ

「ただいま戻りまし……た?」


 イルサが諸用をすませて月の宮に戻ると、客間のソファーに誰かが座っていることに気がついた。

 入口からは顔が見えない位置ではあったが、髪の色でそれがシェリルであることを確信する。


「おかえりなさい、イルサさん」


 これはどのような状況なのか。

 無言のままではあるがイルサの目の動きで考えていることを読み取ったクララはすぐに説明を始める。


「シェリル様がいらっしゃって、情報交換とか、お互いの境遇についてお話をしていたところなんです」


 嬉しそうに屈託なく話をするクララの姿を見て、自分が留守にしている間に、何も起こっていなかったことを安堵するイルサ。

 逆にシェリルのほうが、イルサがふと見せたその態度を見て表情をしかめる。


「私がクララに何かするとでも思っているわけ?」

「いえ、滅相もございません」


 嫌悪を隠しもしないあからさまなシェリルに対して、イルサはクララと話している時のように優しい声色で返事をした。

 いくら警戒をしていたとしても、月の宮の侍女が土の宮の主人を拒絶することはできない。そんなことをしたらクララの立場も悪くする恐れがある。


 土の宮に挨拶回りで訪れた時に、シェリルに横柄な態度をとってしまった自分の言動を、イルサはあのあととても反省していた。


「イルサさん。私はシェリル様とお友達になりたくて、信用してもらいたいんです。そのためにこれからは一緒に過ごすことが多くなると思いますのでよろしくお願いします」

「さようでございますか」


 賛成も反対もできずに、それ以上の言葉を続けることができなかったイルサ。


「シェリル様、イルサさんは私がここで一番信頼している人です。だからシェリル様も安心してくださいね」

「そういうのは自分で決めるから」


 シェリルの返事は素っ気ないものだった。


(それでも、二人には仲良くしてほしいな。言葉使いが伯爵令嬢っぽくないからイルサさんは警戒しているんだと思うけど、一緒に過ごしているうちにイルサさんもシェリル様のことをわかってくれるといいけど。それは誰も信じられなくなってしまったシェリル様もね)


「これからは毒殺を警戒するために、食事も月の宮で一緒にとりたいんだけど、いいわよね」


(私の身体は毒にも強いんだった。毒見を私がしていれば、シェリル様は安全だもの。悪意から守ることができるからちょうどよかった)


「イルサさん、その辺は何か決まりごととかありますか?」

「いえ、シェリル様の分をこちらにご用意すればいいだけです」

「でしたらお手数ですけどお願いします」

「三食ぜんぶね。あとお茶も」

「かしこまりました」


 その日からシェリルは月の宮に入り浸ることが決まった。

 シェリルのどこを気に入ったのか、主人のクララがそうしたいと言うのなら、できる限り希望を叶えるのが精霊宮に仕えている侍女の務め。イルサはクララの居心地がいいように気を配るだけだ。


 そう考えると、シェリルのところにいた土の宮の侍女の態度があまりにも異常だったのである。


 クララ暗殺の黒幕を隠ぺいするため、実行犯として冤罪で捕まってしまったが、シェリルを聖域に案内して、殺人犯としてはめようとした事実がある以上、王妃の手の者であったことは確定している。


 シェリルの排除は初めから決まっていて、すぐに消えさる未来を知っていたから、敬う必要などないと思っていたのか。それはもう確かめるすべがない。


「シェリル様は七妃の中にお知り合いの方はいらっしゃいますか」

「まさか。前にも言ったけど、上流の貴族と面識なんてないから」

「ここに来てからもお話していませんか? ご挨拶は?」

「してない。あいつが……ってあの侍女のことだけど、私はほかの七妃に声をかけるなって。みんな気位が高くて、認めた相手としか話をしないから、嫌な思いをしたくなかったら関わらないほうがいいって言われていたのよ」

「イルサさん。最初の挨拶って決まり事ではないのですか?」

「実は、今回はもともとお知り合いのご令嬢が多かったためか、ブルーナ様以外はご自分からご挨拶回りはされておりません」


 下位が上位の部屋を回るのが普通だという考えがあるため、敵対している者の部屋を訪れることは憚られ、あえて無視をしているようだ。


「だったら、私も別にいいわよね」

「いいえ、シェリル様の今後のことを考えれば、ご挨拶はしておいた方がよろしいかと」

「どういうこと?」

「挨拶をしないということは、自分より下に見ている。そうとられてしまう可能性がございます。後々、言いがかりをつけられないために、皆様には敵意がないことをお伝えしておいた方が、精霊宮で過ごしやすいかと思いますが」

「えー、でもどうせ私なんて初めから眼中にないか、嫌われているわよ。媚びる気もないから、もうどうでもいいわ」


 すすんで誰かと仲良くする気がシェリルにはないようだ。話し相手ならクララがいるから十分だと言った。


「シェリル様がそうお考えなのでしたら、これ以上私は何も申しません」


 あくまでもイルサの主人はクララだ。シェリルの意に反する忠告をわざわざしたり、面倒までみる余裕はなかった。

 いずれ後任が決まる。それまではクララの客人として扱うだけでいい。シェリルが認めるか認めないかは別として、侍女なくしてここでの生活は不可能なのだから。


 その後、夕食が運び込まれてくるまで、クララはほかの七妃がどこの家から来た誰なのか、あまり自分の印象を入れずシェリルに教えていた。


 そんな中、給仕を始めていたイルサがほかの侍女から呼び出された。

 すぐに戻ってきたのだが。


「これから、王太子殿下がこちらへお見えになるそうです」


 そう告げたのだった。


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